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人物紹介メモ
デリック・ドビンス 主人公 初恋拗らせ中
ベアトリス・ブラックモア 婚約者 愛称はトリス
『あなた』 主人公 編入生として入ってきた純真無垢な美少女
アルベルト 攻略対象1 王子様系王子様
エイドリアン 攻略対象2 知性派クール眼鏡
バクスター 攻略対象3 兄貴系騎士様
まともに名前が出るのは後一人位です。
朝靄が辺りを覆っている。
雄鶏はとっくに鳴き終わっているだろうし、使用人や世話役の人々は仕事を始めている時間帯。それでも学生の俺達からすると、まだ寝台の上で微睡める時間帯。
そんな朝早くに、俺は学園の運動場を走り込んでいた。
もともと用事がない日は早朝に起き出して体を動かさないと、逆に調子が悪くなってしまう。トリス曰く根っからのカントリーボーイよね。なんて言われてしまったが、家族全員こんな感じだからもう仕方ないのだ。
今日は用事もないので、いつものように学園の外を走り込もうとしたら、何でも上級生の授業で使う教材が────いわく歴史的に貴重な品物────が運び込まれていて、周囲をうろつかないように言われてしまったのだ。
それゆえこっちに来たのだが、この運動場も別に使うことに制限はない。ないのだが、なんとなくここは騎士や軍の家系の中でも、有力な方々が中心となって使っている慣習がある。
それはつまり、書いてないけど守るべきルールというわけではなく。
もっと単純に、朝早くから体を動かす習慣を叩き込まれている家柄の中で、実家の目が無くても自発的に訓練をする人と。監視の目をつける余裕があるほどの名家の方々位しか利用しないのである。
乗馬クラブ等の団体系は自身の場所を持っているので、朝方のここは実質的にそういった家々の縄張りなのである。
なので、自分のようなそういった家の出身でもないけど、朝体を動かす奴らは中庭とかに行く。ただそこは狭いしストレッチ程度や半分散歩のジョギング勢が多いので除外した。
俺の周りに学園の外周を走るのに付き合ってくれるやつはいないので、俺はいつも一人だった。
適当に体をほぐしてなんてことは、毎朝着替えると同時に終わっているので、到着してすぐに周りの流れに合わせて走り始めていたのだが、平坦でよく整備されたこの場所は非常に走り易すぎる。
流すような速さで走っている先客の方々を外側から丁寧に追い越しつつ、ペースをあげていく。いつもは静かな街を一人で走り、起き始めた街の様子を片目に自由にやっていたので、本当に窮屈に感じる。
景色も変わらないような、小石1つ落ちていない場所を走っても何ら楽しくないが。走らないのはもっと気持ち悪いからと。少しずつ短くなっていく自分の影と、晴れていく靄をぼーっと見ながら加速して周回をしていると、急に日陰に入ったように景色の明るさが変わる。
何事かと思い視線を少し上げれば、そこにいたのは
「断りもなく追い抜いていく人物がいると騒がれているから来てみれば、見ない顔ですね」
「小せぇし、1年じゃねーの?」
左を見れば十分以上に鍛えげられた肉体を持つ、まるで猛禽類のような鋭い眼光の大男がいた。騎士団長の次男にあたる彼は、この学園の中心メンバーの一人である。
右を向けばそんな左の彼が仕える、金色の髪と涼しげな目という、力を感じる瞳を持ったスラリと高い背を姿勢良く維持しながら走っている人物。彼は学園1の有名人であり、学園1位の家柄の王子様。
「あ、アルベルト殿下に、バクスター先輩……」
双方とも学園の中心人物にして、『あの編入生の先輩』に夢中な人達の中核で。なによりもトリスの話に上がる頻度No1の殿下と、ベスト5に入る騎士様である。
「アルのことは殿下だってよ、さすが有名人」
「バックスの名前も覚えてますし、一概にそうは言えませんよ?」
何れは何かしらの形で会ってみたいとは思っていたが、実のところ話をするのは初めてなのである。彼ら『有名人達』は何をせずとも俺の所まで噂話は聞こえてくるし。トリスなんかは積極的に集めてご友人と共有している。
だが、まさかこんな場所でこんな形で会うことになるとは思っても見なかったが。考えてみれば納得だ。長子ではないため、王位を継げないであろう第三王子である殿下は、バクスター先輩の家と仲がよく、そのまま軍か騎士団に入るであろうというのは有名だ。
要するに、ここは彼らのテリトリーなのだ。そこに一方的に意識している俺が入ってきた形になる。
「あの、えっと……」
「おいおい、殿下がいたいけな下級生をいびっていらっしゃるぞ、これは王家に連なる者としてのあり方を疑わざるを得ませんな」
「バックスの顔とかが怖いから萎縮してるだけでしょう、ほらこの野人のような男に乱暴される前に私の後ろに」
「……御冗談を、『先輩方』」
が、どうやら軽口を叩いているだけでなにか俺に対して敵意を持ってきたのではなさそうだ。どちらかというと単純に気になって近づいてきただけだろう。並走している走り方が、追い越す時でも追い抜くときでも、ましてや仕掛ける時の脚の運び方ではない。
「申し遅れました。私は一年のドビンス家の者です。いつもは外周を走っておりますが、今日は禁止された故にこちらにお邪魔しました、ご迷惑をおかけしてしまっておりましたら、直ぐに改めさせていただきます」
彼らが知りたいであろう話を言えば、二人は顔を見合わせた後、すぐにこちらに向き直る。王子だけあって顔に殆ど出ていないが、慣れているので察せられる。たぶん、聞いたことのない家名だと首をかしげたいのであろう。
一応建前上、この学園では家格は考慮を控えるようになっているため、1年生で初回であれば多少のお目溢しも有るであろうから問題はないはず。
「いや、そんな固くなんな。オレらは単純にアイツらが無茶苦茶早い小さい奴に抜かれたって騒いでたから、ただ見に来ただけだ。現に今話しながらオレらを抜かそうとしてるだろ、お前?」
「私とバックスについてくる方はいませんからね、ドビンスでしたか……たしか狩猟場の管理をしている家でしたか? 昔は国境に面した武門の名家でしたが、内地になってからは衰退気味のところでしたね」
殿下と先輩のその一言で自分の不利を自覚する。確かに会話をする前までは、俺のほうが情報をたくさん持っていたが、たった一言二言話して隣を走っただけでかなり見透かされてしまっている。
「小さい山間の家の、跡継ぎですらない自分には、お二人の慧眼に驚くばかりです」
「ハハッ! そう拗ねんじゃねぇよ。そんなちっこいのに、オレたちが速度上げてるのに平然と付いてきてんだ。それに絡んだのは俺らだ、そんな気にするな」
「バックスを責めないで下さい、新入生が期待以下だったようで鬱憤が溜まっている所に、明らかに余力を残して走っている見慣れない子を見つけたので、ついいじわるをしちゃったんでしょう」
「おいアル! オレ一人のせいにしてんじゃねぇよ!!」
俺を挟んで楽しそうに騒ぎ始める二人を見て、追い抜きたいけど気が済むまで並走しなきゃだめだなと、諦めながら朝食の時間になるまで彼らに付き合うのであった。
────という事がございました」
そんな風に今朝のことを彼女に話す。
放課後の校舎。先日の創作意欲の暴走とやらで、結局作った俺の腰程までの大きさの塑像を送るのを手伝うように言われて、なんとか木箱に入れて運び終えた後、教室に戻り後片付けをしながら。
この後彼女へと話したいことの前フリとして使えそうだったのと。癪ではあるが、彼女の興味を引けそうだと話してみたのだが、段々と彼女の表情が険しいものになっていった。
「デリック!!」
そして、久方ぶりに見るような剣幕で俺の名前を読んでまくし立ててきたのだ。
「な、何でしょうか?」
いつもは基本的に俺の前であまり笑わないけれど、よく変わる表情とは打って変わって、まるで試験で難問を解いているかのような、そんな顔だ。
「あんた、ねぇ……いやもう、あー!」
大声をあげて、額に手をあててそのまま机に突伏してしまう。
「……大丈夫?」
「ええ、平気よ。良いのそう。あの二人の絡みの間に入るなんてアンタ何をやってるなことも思ったけど、お二人にはただ気が置けない仲であって。昔なじみで身分は近いけど明確な差があって、軽口を叩きあうような関係でしかないの。双方の間に友情以上の何かしらの感情が有るわけではないの。でもその間に入りに行くっていうのは美学的にありえないでしょ? いや確かにアンタは男であって、そこに別段何かしらの意図が発生するわけではないけれど、それを私が観測した時点で意味が生まれてしまうのよ!? そしてアンタがおもしれー奴ムーブしてどうするのよ!? 何よりもこの感情の行き場のなさを私はどう吐き出せばいいのよ!」
何時にもまして意味不明な彼女の叫びは、全く理解ができない。
ただ、どうやら怒りは俺に対してのものじゃないようだ。
「ト、トリス? あの、その本当に、平気?」
「平気じゃないのよ!! あーもうっ!!」
その後もしばらく意味不明な言葉を叫び続けたが、結局疲れてしまったみたいで、椅子に座り込んでしまった。全体的に令嬢としてどうなんだという言動だけど、いまさらだし言っても意味ないからおいておく。
「……それで、他になんか話したの?」
「え、あ、うん……いえ、色々簡単に話しました。家のこととか普段の生活の事とか」
「そう……まぁそんなものなのかしらね……」
水をかけられた炎のように、一気に勢いが落ちてしまう。まぁ時々このように一気に盛り上がって、一気に落ち着くので、そういうときもある。今回のは規模が大きかったが。しかしながら、本当になんか思ったように話が進まない。完全に話す話題を間違えてしまった感じがある。しかし日数的にも余裕がないので、切り出すことにする。
「話は変わりますが、トリス先輩は、その。週末の安息日ってご予定はございますか?」
「なによ、藪から棒に」
「いえ、トリス先輩が以前観劇して、とても良かったと私に話してくださった劇が、リバイバル公演をするとのことですので、よかったらご一緒に行きませんか?」
これを知れたのは本当に偶然だった。そう思えば多少の苦労をした甲斐は有るというものだ。
「その日は、朝アンタが割って入ってたアルベルト様のコンサートにイツメンで行くのよ。前から言っていたでしょ?」
「……そうでしたね。あと割って入ったわけではないです」
が、どうやら先約があったようだ。誘うことに頭が一杯で失念してしまっていた。やはり突発的な計画は上手く行かないか。
そう、前もそうだったが、彼女は先約をかなり大事にしている。だから予定があれば断られるのは当たり前である。
なにせ彼女は結構休日は活動的にご友人方と観劇やら、買い物やらお茶会などに参加する。なので事前にある程度の理由がないと予定を聞きづらいし、聞くならば余裕を持たなければならない。だから今まで自分からこうして誘うというのは、学園に入ってからは全くなかった。
まぁ今日は色々とタイミングが悪かった。そう思うしかない。彼女と付き合う際は気長に行くしかないから。
そう言い聞かせる。断られる理由以外は、ああ。昔からあることだ。気にしてはいけないのだと。
「では、またの機会に。では、失礼しますね」
「あ、うん。またね……ん?」
俺は、少しばかり落ち込んだ気分を見ないようにしながら、教室を後にする。
笑顔で彼女をエスコートできる気分じゃないから、そんな子供っぽい自分にますます嫌気がさすのだが。
俺の子供っぽいこの気持ちは昔から変えられないから。
その日の帰り道は、朝の運動場よりずっとキツイものだった。
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