ミス・ブラックモアの華麗なる計略、またはトリスパイセンの劣情
私『馬場 紅子』! 永遠の19歳!!
あ、酒飲みたいしやっぱ20歳で!
社会人キャリアも10年超えの美少女!!
みたいに自分に酔える様な年ではなく、代わり映えしない生活を送る、ただの独身女性。でも別に自分の人生を悲観したことはない。私は健康な体で生まれて、人よりも少しだけ根気強くて器用だった。
全国の馬場さん共通の理由からか、小さい頃から男子にはババァって言われてからかわれて色々嫌になった。だから高校からは女子校で、所属グループは影の者の陣営で。うっかり自費制作本なんか出しちゃったりして。
それでも、最低限の体裁は取り繕えるから、社会人になって程々に働きながらも創作趣味は続けられた。よく同人は儲かると言われるが、とんでもない。投資と経費として色々買っていれば、プラマイ0と自分に言い聞かせる事ができるギリギリ位の収支だ。
まぁ、そんな事はどうでもよくて。
アタシはある日ぽっくりと死んでしまったようだ。徹夜明けに駅のホームに落ちたとか、トラックに引かれたとかじゃなくて、死因すらあやふや。
そして気がつけばお嬢様! なんちゃって中世ファンタジーの世界! まぁ素敵ねっ。
幸いだったのは、所謂思い出す感じでの前世継承だったからことかしら? 乳児プレイは自分でする物ではないのよ。
でも、前世から引き続いて末っ子という、よくわからない業を引き継いでいるので、周囲からはそれはもう子供扱い。正直しんどかった。
ともかく、物心ついて、お稽古が始まったあたりに前世がふわっと湧いた私は、いざ知識を利用してバリバリ成り上がりを……なんて考えもしないで、適当にやる気なく過ごしてた。
いやぁ、国の名前とか聞いてもいまいちピンとこなかったからね。そう、この世界がソシャゲ化までしたあの乙女ゲーだって気がついたのは実は、結構後なのよ。
なにせ、ブラックモアなんて名前も聞いたことなかったし? 創作活動に勤しんであんまり噂とか集めてなかったし?
そんな若干不真面目だけど文才と絵才はある、そこそこな生まれのお嬢様をしてた、6歳の春。
私、運命に出会いましてよ。
「はじめまして」
父の旧知の仲で元同級生という、代官の治める小さな領地。そこにお前の婚約者がいるから会いに行くと言われたときの私のテンションは、雨の前日の燕もかくやという所。
なんでそんな田舎くんだりまでと思いましたが、所詮私食わせてもらっている子供。文句は言えず尻尾振るしかねぇ。
「ご紹介に預かりました、私はブラックモア家のベアトリスと申します」
子ども用のドレスの裾を軽くつまんでお辞儀をして、ニコリ。可愛くておしゃまなお嬢様よ、オホホ。なんて思いながら、妙に背の低い割に筋肉質なオジサマへとご挨拶。
微笑ましく見てくださるけれど、正直私の意識はその後ろの黒い髪の毛へと向けられていた。
「デリック……です」
彼の父親譲りの黒い髪、母親譲りのブラウンの瞳。恥ずがしがっているけれど、興味津々で父親の背後に隠れつつこちらを見つめてくる姿。
あぁ!! なにこのかわいい子!!
なんちゃって中世ファンタジーの世界なのに、どことなく故郷のような、それでいて少しだけ違うような。とにかく、黒髪黒目の少年だ。それが、なにやら私の婚約者だというのだ。
天才か? やば、まるで死後の世界に来たみたいだぁ(直喩)
「まぁ、素敵なお名前。お呼びしても宜しいでしょうか? 」
「……すきにして」
少しだけはにかんだように笑顔を浮かべて、可愛いお顔を覗き込んで見ると、ぷいっとそっぽを向いて言ってくる。あらあら、照れてるのね。Araaraしたくなってくるじゃない。
「ありがとうございます。ではどうか、私はトリスとお呼び下さい、デリック様」
「とりす、トリスちゃん、はじめまして」
「はいっ、はじめましてデリック様」
それでも、彼の興味は充分以上に引けたようで。ああ、素晴らしい。
私は昔からずっと弟がほしかったのだ。私を慕って甘えてきて、時々生意気な弟。考えるだけで甘美な響き。
婚約者だなんて、身構えたけれども、親同士の口約束。貴族の令嬢令息達の婚約は学園に通えば、半分以上空中分解するというこのぶっ壊れた世界観。
それでもこの出会いには感謝するしかない。ただ、流石に前世の死んだときの同期の子供と同い年だなんて考えると、こう。なんていうの、湧き上がってくる気持ちは、そう母性本能。庇護欲的な物になっていく。
さすがに一桁の少年やプレティーンにハァハァ言うやばい女ではない。十代なんてまだ殻のついたひよっこ。男の魅力は20代を折り返してからよ。
私、これでも理性を知る現代日本人。HENTAI文化には一家言ありましてよ。YESロリショタNoタッチ。
リアルに手を出したらいけません。しかし、観測されなければそれは触ったことにならないかもしれないとか考えないニャー。
黒髪には黒猫耳だし、猫耳パーカーを発注して貴人向けに売り出しましょう。また一つビジネスチャンスを掴んでしまいましたわ。
かわいいかわいいデリックくん。学園に通う頃まで、立派に育って欲しい。貴族としてはかなり貧しいご家庭のはずだし、少し心配。放任主義みたいになっているかも知れない。でも、他の家の教育方針に口をだすのはあまりにも差し出がましい。私ベアトリス、ペンネームはB・B、恥を知る女。衣食足りてるので。
でも、婚約者だし養育対象じゃないから、無責任に甘やかしたいと思います!!
まずは、仲良くなりましょう!! あっちのお部屋でおままごとしましょ? お医者さんごっこでもいいわよ?
こうして、私はデリック・ドビンスの婚約者に、厳密にはベアトリス・ブラックモア子爵令嬢の婚約者がデリック・ドビンスになった。
可愛くて仕方がない、息子のような弟のような婚約者がいて、私は幸せだった。
幾年か経って、私の学園への入学が見えてきた頃
「なぁ、トリス。いくらお兄ちゃん達が家を出たからと言って、部屋を3つも使うのはどうかと思うぞ」
ある日の午後、今日も今日とで、部屋で書き物。そんなふうにしていたら。お父様より苦言が入る。
勘弁して欲しい、本業の執筆業はご婦人たちに続きはまだなのかしらと迫られているのだ。今の時間は色々惜しい。
「空き部屋でしょ、良いじゃない」
「それは……そうなんだが……」
私は私室を元々2つ持っている。寝室と書斎兼グッツ部屋だ。2つ目の書斎は仕事部屋でも有るので、この生業が軌道に乗ってからは好意的に頂戴できた。しかしこの度、兄が王城勤務で寮生活となったので、嬉々としてもう一つ占拠させてもらったのだ。
実直的な兄の部屋の家具は最低限であり、私の長年の夢が叶えられる良い場所だったから。
父の視線の先を追うとそこには、絨毯の敷かれた部屋で一段不自然に高くなった場所がある。底は私にとっての聖域。土足なんてもってのほかで、入る時は当然靴を脱ぐ。
勘の良い人には、なるほど和室でも作ったのかなんて思ってくれるかも知れないが、そんなちゃちな物じゃ断じてない。
「だって、これを作るには私の部屋だと、ちょっと光の入り具合が微妙なのよ」
「いや、よくできているとは思うが……」
この兄の部屋の片隅には、わが子爵家には少々ではなく、幾分もランク劣る家具が並べられている。やや粗末な寝台に、勉強机と本棚。非常に簡素だが、置き場所は可能な限り記憶に従って、窓から入る光まで拘った。
「この、1/1デリックルームは、この部屋が一番雰囲気に合うのよ」
私は、デリックの部屋の家具を毎年こっそり新調している。そして回収した家具だが流石に使うわけにも行かなかった。だからこの部屋に展示して、デリックの部屋を再現した。
一般的なオタクなら、誰しも推しの部屋や、好きな作品のよく出るシーンの見取り図を作ったり部屋を再現する。私はそれがちょっと場所を取っているだけだ。
「この部屋を作っても、この家具は使わないだろう?」
「鑑賞は何よりも得難き使用方法よ。取材でもあるの」
私の万能の言い訳、取材。これを口に出せばよほどの迷惑をかけない限り許してくれるのだ。
今日も何かを諦めたかのように出ていく父を尻目に、デリックのお部屋に私はお泊りするのだ。寝かしつけだってするのである。
だが、この部屋は本当に私の創作意欲を刺激して、デリックに会えない時期を慰めてくれる、我ながら悪魔的な発想、やはり天才だった。
さて、癒やされたところで、来年から入る学園の対策を考える。
流石のわたしも7,8年生きていれば王家のメンバーの名前は覚えるし、その御蔭で色々わかった。
私は《主人公》と同い年、つまり彼女は2年時に編入してくる。
そして私以外に前世持ってる人いないかなーって少し探してみたけど、割と派手にオタク文化の植え付けしてる私に接触がないし、特にいないとおもう。
《主人公》ちゃんは、まだどっかの田舎町で暮らしているだろうし、今わかる範囲で情報をまとめていく。
王子様に騎士様、魔法使い。先生に用務員まで。乙女ゲー原作でソシャゲ化してモブ男子増えたせいで途方も無いなぁなんて。
目立つ動きといえば、アレラーノ家が3年前に養女を迎えたことだろうか? 魔法適正が凄まじい孤児を領内から召し上げて、主君筋の跡取りの婚約者にしたそうだ。
つまりは、エイドリアン様ルートのライバル令嬢、アリスの件だなぁこれ。
こんなに覚えているのは、彼女の話が好きだったからだ。あのルートは陰気眼鏡ことエイドリアンと、それを攻略する主人公がくっつく過程が醍醐味で。可愛くて人気者で才能あふれるけど、生まれが傷という。主人公と被る部分があるライバル、そんなアリスに自分を重ねて劣等感を持っていく。
エイドリアンなんて毛ほども興味のない、自分で特別を勝ち取りたいアリス。乙女ゲーなのにヒロイン力で負けてる主人公。主人公好きなのに女性不信気味で素直になれないエイドリアンの3人が、それぞれ血筋と才能という継承してきたものに折り合いをつけて、自分の大切なものを掴むという話だ。
まぁ、実際に始まってみないことにはわからない。そもそもなんとなくの流れ、大きなイベントのある日くらいは覚えていても選択肢なんて全くなんだし。
適当に外から眺めるのが良いだろうなぁ。
ああ、対策会議なんて言ってみたけどやる気が出ない。
デリックと創作のことだけ考えてたい。
そんな午後の一時だった。
ようやっと始まったかれこれ20年ぶりくらいの学園生活。
始まってみれば意外と楽しかった。元が日本のゲームだからか、設備も豪華なのに妙な所日本的だし。世界観さん仕事サボりがちだし。
この学園に入学前に会ったデリックの色気が正直だいぶクラクラくるほどになっていたから
────少し距離を取れて安心した。
年々自分の中で抑えが効かなくなってきている。もう思春期かなんて笑っていられなくなってきた。言動の端々から、男性を感じるようになってきてしまっていて、正直危うかった。
すぐに友人もできた。私の作品のファンという繋がりや、元々の顔見知りなど。お嬢様方の中でもやはり影の者が集う。やはり、私は闇タイプ。キラキラ光る光源の王子様の周りを引き立てる。
集まって専らやることは、他の令嬢と同じお嬢様ムーブ。魅力的な男性の噂や恋の話で盛り上がるだけ。
「はぁ、アルベルト様は今日も顔が良いですね」
「エイドリアン様はあの険しい表情でも絵になりますわ」
「バクスター様のあの、永遠の二番手感たまりませんわ!!」
のだが、だんだん私に影響されてきたのか、それとも素質は有ったのか。最初は自分が気になるちょっといい感じの殿方。っていうのがメインのトピックだったのが、自信の推しができて来て。箱推しみたいな娘が増えてしまった。その先は地獄だぞ。
まぁ、些細な問題だ。私も久々に童心に帰って彼らを愛でている。
事実、顔が良くて見ているだけですごく心が洗われる感じがある。活力ももらえるし似合う衣装なんかを考えていれば、止まらなくなる。そそるシチュエーションを語り合えば夜まで、関係性を語れば朝まで余裕。
それでも私にとっては、どうしても彼らと恋愛したいという欲は湧いてこない。自分を主人公にして恋愛をしたいっていう、若々しい気持ちが衰えてきているのかも知れない。
もっとこう、デリックのお臍がちらっと見えた時にバッキバキに割れてた腹筋を見たときの、私の胸にドロッとしたリビドーがたまる感覚。そういったものもないのだ。
そんな自分を見て見ぬ振りをして、今日も私は推しに溺れる。
自分でもこれがきっと、代償行為なんだというのは、薄々感じていたのだけれど。そうでもしないと不味いのは身に沁みてわかっていたから。
「ベアトリス様の婚約者さん、聞いてた話と少し違いますわね?」
あっという間に1年過ぎて、デリックが入学してきた。此処1年は勉強やらなにやらをしつつ、ヒーローを愛でているだけだった。自分のなかのデリックへの対応も正直決めきれていなかった。
先輩として屹然とした態度で接して、なんとか距離をとってもらおうかくらいだ。
私の、私だけの婚約者。私好みに育ててきた、可愛い弟。もはや息子。目に入れても痛くないし、彼のためなら秒で臓器を差し出せる。
周囲からは、お似合いだって言われたことも有る。中堅どころの令嬢が、背伸びしている少年を優しくリードしている図は絵になるのだろう。
私はそんなんじゃない。
無駄に長く生きて、自分を晒す勇気もなくて、なんとなくで人間関係を築いて。テーマと概念を決めないと本気で人と話せなくて。自分に素直になれない。
でも、人からの評価が気になるから、中途半端に自分をセーブしてしまう。そんな面倒な女が、デリックのことを幸せにできるはずはない。
うだうだとまとまらない頭でいたけれど、入学してから会いに来たデリックは、去年の夏に出会ったときに比べて大きく態度が変わっていた。
粗野な少年ぽさは、ものすごく違和感のある王子様ムーブに。
無邪気な微笑みは、少しだけ影のある微笑みに。
飾らない所作は、気障ったらしく。
「本当にね、子供の成長早いわ」
「また、母親ムーブされてますね、トリスさん」
学園でもあんな感じで甘えられたらどうしようか本気で悩んでいた私が馬鹿みたいだ。決してしょうがないなー なんて思いつつ、周囲の影の者にマウントを取っちゃって人間関係が悪くなったらどうしようなんて思ってない。残念だなんて思ってない、それはデリックの為にならない。
「変わった理由はわかりましたの?」
「それが、食事会のあとになし崩し的に泊めて聞こうとしたら、帰られてしまって」
「トリスさんの捕食から逃げたのでは?」
「ちがうわよ、ええ、きっと」
そんなはずはない。私は今彼から見たら。学園に入って変わってしまった年上のお姉さんに見えているはずだ。多分。
本当は友達を作って、楽しく学園生活を送ってほしい。でも私の事もかまって欲しい。でも私なんかに時間を使うくらいならば、クラスメイトと青春を謳歌して欲しい。
デリックはそんなにモテるタイプではないけれど、真面目で、何より脱いだら物凄いから、きっとニッチ受けはする。いや私のデリックがニッチとかなんだよ喧嘩売ってるのか? はぁ? ふざけんなよ。
「あんなに一生懸命アピールしているのに、トリスはなんで意地はってるのよ?」
「そうですわ、家格も年齢も容姿だって完璧とまでは言いませんが、順当な釣り合いで、お似合いでしてよ」
「初めてもらったお花、栞にしてまだ持ってるのは、ちょっと重いわよ?」
「そ、そんな事ないし!? 私とデリックは親の決めた婚約者。弟みたいな感じで、私はノータッチの淑女ですし!? それに物持ちが良いだけよ」
きゃいきゃいと騒いでいると、遠くの廊下でエイドリアン様が、苛立たしそうに1年生に声をかけているのが見える。私の視線に釣られたのか、周りの皆もそちらを注視する。
「あら、また怒っていらっしゃるわね、エイドリアン様」
「まぁ、アレラーノさんのお噂を考えれば……」
新入生のアリス・アレラーノ。
彼女は入学早々にその抜群の容姿につられて秋波を送った何人もの男子へ、色良い返事を返してはひっくり返しとハチャメチャな事を繰り返している。婚約者の彼からすれば自身の評判が下がりうる行為に良い顔はできないだろう。
そんな荒れている彼の心の隙間を主人公が埋めるのだけど。きっと言っても理解されないし。
「奔放な婚約者を持つと大変よね」
そう、周囲にあわせて言っておく。
なんだその、お前が言うなって目は。
その後、平穏とは少し言い難いほどの日々が続いた。
ダンスに誘われた時は、自分の理性を限界までつかってなんとか耐え抜いた。
本当はデリックの全身をコーディネートしたかったけど、男の子には見栄もあるし、そこまでやるとその過程かその後で私の理性が負ける。デリック負けする。しかし、デリックしか勝たん。
とにかく、デリックに酔いそうになれば、その分ヒーロー成分で中和をする、本当顔がいいからなんとかなる。
徐々に、少しずつ私の心の重心がずれて来ていることは目をつぶる。デリックが最近グイグイくるからだ、かなりギリギリ耐えきった。私は素のまま甘えられて抱きつかれただけで堕ちると思うけど、まだごまかせている。
平穏ではない心のまま迎えた二度目の夏季休暇は地獄だった。
描こうと思った絵も、書こうと思った文も遅々として進まないまま、最低限の課題を終えて、デリックのいないドビンス領へと行く頃には夏バテ気味だった。
ひと夏丸々デリックと会わない。去年なんかは夏しか会ってないのでそれに比べれば大したことはないし、その前にしたって年に顔を合わせているのは2ヶ月位。実のところ私が取り繕える限界の期間とも言える。
でも、学園が始まって。ちょっと脚を運べば会えるようになって。こっちが止めても会いに来るようになって。正直この夏の虚無期間はきつかった。
この辛さは弟離れできない姉の辛さなんだと自分に何度も言い聞かせる。
デリックと一緒にいれば、なにもない森も湖も、美しいスチルの背景の様に感じられたのに。今の私には魅力的に見えなかった。
はやく、どっちでも良いからトドメが欲しい。
そう思えるほどに苦しかった。
だから、夏休み明けのわたしは、かなりはっちゃけてしまった。
後ろ手に隠したのは、元の世界観か商業的な理由からかわからないけれど、魔法でオールシーズン使える商業施設、プールのペアチケット。婚約者という形なのだから、別に二人で出かけてもよいであろうし、これはデートではなく取材なのだ。
かなり冷静ではなかったと思う。ウェスト周りとかを考えれば、よくその選択肢が出てきたななんて思うほどに。
「あれ? 言ってなかった? 実はね、プールに行かないかって」
「あっ! リッキーこんな所に居た!!」
だから、彼を呼び出して誘おうとした時に彼女が入ってきたことに反応が遅れた。
アリス・アレラーノ。可憐で幼い外見と、手慣れた様に男心をくすぐる所作が人気の後輩。彼女と親しげに話すデリックを見て、私は安心とそして後悔と嫌悪感。自分でも言葉にし難いそれを覚えた。
彼女は、色々あったがそれでも最後は真っ直ぐに、BADENDでもNORMALでも彼女らしく生きて行けていた。それを私は知っている。なればこそという思いもある。
だから、少しばかり強引にデリックを追い出した時は、きっと晴れやかな気持ちになれると思っていたのに。
ただただ吐きそうだった。
ああ、もうきっついなぁ、なんて。
私の幸せがほしいけど、そんなものはどうでもいいのに。
私はただ人から後ろ指刺されない程度に幸せになりたいだけなのに。
だから、私はわたしの中の常識が私がデリックと結ばれるのを否定するのに。
デリックが欲しいのに、踏み出せない。
デリックを渡したいのに、差し出せない。
中途半端な私が生まれるのだ。
そんな気持ちで描き上げた絵が、最高のものになるわけもなく。どうやら芸術にパラメータを振ったのか主人公が大賞をとっているのを見ていると、自分が本当に半端なんだと気づく。
わかっている、本当に人として筋を通すのならば、責任をとってデリックと結婚する。
それを反対する人間なんていない。私が美しすぎて王子に見初められるなんてことはないから。
これで私を悪く言うのは、私の中の私だけ。でも、自分に嘘はつけないのだ。
私は、私が納得できないと幸せになれない程、欲深い。
皆に祝福されて、欲しい物は全部手に入れたい。
それはきっと悪いことなんだって、そう思いながら。
私は誘われたパーティーの誘いを断れない。
「今度の降誕祭、婚約者君と行ってあげないの?」
行きたい。推しの鑑賞よりも。デリックと一緒に彼の隣で、彼のエスコートされる方がきっと幸せだ。
「まぁ、年下で少し子供っぽくみえますし。中々そういう相手として見えないのでしょう? 」
そんなことない、倫理観以外全ての私が、デリックを欲している。
今から最低40年間が一番美味しい時期だって心が叫んでいる。
「数年もすれば気にならなくなりますわ、なにより背伸びしてて可愛くありません?」
それは激しく同意する。ずっと見てきているから。大切だから、
せめて、あと1年間は彼が16歳になるまでは。
それまでに嫌われたり、愛想を尽かされればきっぱりと諦めよう。
恋人ができれば笑って祝福して、その恋に障害があれば応援のために助力して、結婚式でスピーチなんてしちゃおう。
そう決意したのに。
「俺はトリスとずっと一緒に居たい」
ああ、貴方のその一言だけで、私の全ては揺り動かされる。
いつの間にか男性らしくなった、体つきは小さいけどもう立派に大人のそれだ。顔つきだってそう。
いつからか、私の心の中はずっと二律背反だ。
彼に愛想をつかしてほしかった。
いつも貴方に手折って欲しかった。
彼に叱ってほしかった。
私に欲情して衝動的に求めてほしかった。
彼に幸せを見つけてほしかった。
私の勝手な思わせぶりな行動に怒って、強引に奪ってほしかった。
ああ、本当に私、自分で決められない。
やっと返せたのは、保留の言葉だけ。
なのに、アリス・アレラーノに少し煽られただけで我慢できなくなる。
私は、一度私のものになったら、もう二度と手放せない。彼の吐く息すら、自分のものにしたくなる。
創作で作られた彼女の執着よりは、私の溜め込んだ情念が強かったようだ。
いつだって、そう流されるまま。中途半端に行動して。
目の前の美味しそうな餌を我慢できない。待てができない。
だから、朝の日差しに目が覚めて、半身を起こしたら胸にかかったシーツが、体に沿ってゆっくりと落ちていく────胸は兎も角、腹でも少し止まるのは我ながら悩ましい────そして、隣に何も着ていないデリックが居た時の私が最初に思ったのは。
「死ぬか……」
いやいや、何私負けてるの? 夜に起きだした時は、まだ雰囲気に酔えていたけれど。シーツを掛けて微笑んだりできたけど、
朝の太陽を前に色々暴かれた。
婚前交渉は婚約者だしギリセーフ。
場所も実家の自室で問題なし。
枕元に忍ばせていた物で在学中の退学のリスクもほぼなし。
今日明日は休みなのでスケジュールもOK。
我ながら予防線の貼り方が手慣れていて怖い。
罪悪感と充足感。昨日の夜は0:100万くらいだったのが、加速度的にイーブンに戻っていこうとする。
でも、横で目を瞑っているデリックの顔を見つめて思う。
「絶倫巨根ショタはちょっと……解釈がちがうわね」
口から漏れたのはそんな言葉、笑ってしまう。もっとこう、うじうじした後悔とか罪悪感みたいのが続いてくれないのか。ご両親に顔向けは、喜ばれるなぁ、ありがてぇ。あぁ本当に、デリックの顔を見てしまうと全て吹き飛ぶ。
ああ、なんて浅ましい!!
「トリス」
「あら? おはよう、デリック良い朝ね?」
いきなり肩を掴まれて、ベッドに引き倒される。身長は同じ位なのに筋力差はすごい。
あらなんて強引。なんてドキドキしてると、覆いかぶさられる。
まぁ、彼が寝起きなはずはないだろう。なにせ彼は早起きで毎朝走るし体力おばけだ、昨日嫌というほど知った。
多分、寝た振りをして私が起きるのを待っていたのだ。寝顔とか覗かれていたかも知れない。そのことに思い当たると、ああっ! 背筋に甘い痺れが走る。どうしようもない。
「解釈がなにかわからないけど」
「うん」
男として一皮剥けたからか、昨日よりも自信に溢れた顔で私を覗き込む。ああ、逃げ場がないわ、どうしましょう。
「トリスの中で俺が一番になるようにするから、俺がトリスを俺のものにするから」
耳元で囁かれる。ちょっと痛い程の力で握られて思わず声が漏れる。
「そう、俺で染めるから、俺以外見るな」
そして、耳たぶを甘噛される。ゾワゾワする。息がかかってくすぐったいのに体の奥底が熱くなる、朝なのに我慢ができそうもない。
誰ぇ! 誰がこんなの教えたの!! そうねっ! 私の本にある奴じゃない!!
「わ、我儘俺様系!! これも、いいわねっ!!」
思わず漏れた私の嬌声に、彼が笑顔になるのを感じる。この顔だ。この顔をしてもらえても嬉しい。
ああ、わたしが中途半端だったのはきっと。何でも良かったからなんだなって
デリックであったら、彼が幸せならば。
彼がくれるすべての態度や接し方が、好きで。
私はどんな形でも幸せを感じられるのだから。
彼の手が私の体の下へとなぞるように伸びていくのを感じながら、彼に身を委ねた。
ああ、でもお腹はいじらないで、プニプニするのは本当にやめて────
「やだ、これも俺の」
「ああっ! デリック!」
誰に文句を言われようと、私は彼がいれば幸せなのだった。
おしまい
 




