あのキラキラな元婚約者は、私の王子様です。
この話の一部分から、本作は書き始めました。
一番やべー奴の登場です。
「ベアトリスさん、俺は貴方が、ずっと好きでした」
心が、空気がざわついた。空も、星も、風も全て周囲が皆こちらを見ている。そんな錯覚を覚えてしまう程に俺の平衡感覚はない。
周りには誰もいないはずなのに。だから、きっと俺は緊張をしているのだろう。
けれども、口出した言葉は戻らない。身を隠す木々も、匂いを消してくれる草花もここにはない。開けた場所で獲物の前に身を乗り出したのだ。
何かしらの決着がこの場では必要だった。
「……デリック、やめなさい」
「この学園生活が楽しいのは、多分友達が多いからだ」
ベアトリス。彼女の名前。愛称はトリス。たまに彼女はビービーなんて言うけれど。俺の世界で一番好きな言葉だ。
その名前を持つ彼女が、俺の言葉の続きを促して『いない』。
俺が何を言おうとしているかを、彼女はもう、最初からわかっているはずだ。
だって、彼女の鳶色の瞳は、何時の俺に向かって王子様達の話をする時の様に輝いている。
彼女は、俺の事を一番理解しているはずだから、きっとわかっていて言っている。
「アイツらと馬鹿なことやって、テストの成績に一喜一憂して、運動場で誰かと競ってさ。気が向いたときに誰かと会えるのは、すごい楽しいんだ」
「今なら、聞かなかったことにできるわ。ねぇ、だから、そこでやめて頂戴? 」
だからこそ俺は口に出す。逃げ出したのならば組み伏せても最後まで聞かせるつもりで。
彼女の好みを俺は知っていた。優雅で知的、クールで情熱的な顔も要領も良い王子様。
俺はそんな格好良い姿形じゃないけど。不器用で洗練されてない田舎者だけど。
今日だってトリスが踵のない靴を履いてやっと少しだけ俺が背の高い位だけど。
でも、彼女を欲しいのは俺だけだから。俺はずっと優しい王子様を演じてたけど、多分俺はもっと我儘だから。
「トリスと昔会った時から、ずっと思ってたんだ。俺は楽しいのが好きだって」
遊んで、笑って、たまに勉強して、怒られて。ただただ一人で家で家族の手伝いをするか、野山を走るかしかしてなかった俺は、そんな今の退屈しない生活が、最高に好きだ。
トリスと会えない時はすることがなかった、そんな子供の時に向けていた彼女への感情と。
今の学園生の俺の心のあり方は。きっと、それはもう全く違う程になった。
俺はこの学園で沢山の事を学べた。
「だからさ、もっと楽しく過ごしたいんだ」
友達とバカやって、クラスメートと学んで、皆で騒ぐ。そんな生活の中で楽しく暮らしたい。
「……ねぇ、聞いて? デリック、いぢわるしないで? おねがいよぉ」
トリスは、震えていた。目には涙が浮かんで、輝いて綺麗で。
思わず謝ってしまいそうになるのは、ずっと一緒にいたからだ。俺は今トリスに酷いことをしているんだ。そう思えば思わず膝をつきたくなる。
でも、それだけじゃだめだって。俺はもう知っているんだ。
俺にはもう、トリスしかいないわけじゃないのだ。
彼女の額に汗がじんわり浮かんでいるのが見える。
────短い髪なのにこめかみの辺りに二筋程、髪が張り付いているからだ。
初めて会った時は、絵本の中のお姫様に思えたトリス。
────話してみれば優しいお姉さんだった。
栗色の髪の毛は確かに良く手入れされているけれど。
────同じ学年でよく顔を合わせる女子の中には、腰まで届く髪が輝くほどにまで磨かれた子もいる。
会う度に色々な彼女を知れて、面倒くさがりな所や、少しズボラな所が有ることを知った。
少し着慣れた感じの、あえて言うのならば簡素なドレスは、階下の会場の御令嬢の物に比べれば見劣りしてしまう作りだし。身を包まれている彼女は、全体的に緩めなドレスなのにサイズが少しばかり小さいのではないかと思う肉付きだ。
そして、最近は他の男の事ばかりを見ている。そんな女性だ。
俺が誘っても他の先約を優先する女性だ。
ハンカチを沢山作って嬉しそうに配る女性だ。
雑用や荷物持ちを押し付けてきて、趣味に没頭する女性だ。
学園で、多くを学んだ。アレラーノや他の女子達とも話しをするようになって。
普通の女子の良いところは何かを、俺は知った。
女性の魅力を話す友人共から、評価するべきポイントを聞いた。
それならば、もう。答えは定まった。
「だから、トリスは俺の隣にいて欲しい」
うるさいっ!! 俺が好きなんだからそれで良いんだよ!!
「いけないわ、だめよ、デリック」
「友達がいて、遊び相手がいて楽しい。でも、トリスがいたら俺はもっと楽しい」
簡単だ。学園は楽しくて、同じ学年の人と遊ぶのが好き。でも、どっちかを選ばなきゃいけないわけでもない。トリスも俺の側にいて欲しい。
これは、我儘だとは思うけれど、駄目だなんて誰にも言われてない。
トリス以外には。
「トリスが、俺の事を『遠く』にしたいのは知ってる、なんでだか知らないけど。でも」
「嫌っ!! 聞かない!!」
大声で叫んで、耳を塞ぐトリス。まるで我儘な子供みたいだ。彼女のほうが今までずっとお姉さんだったから、少しだけ可笑しかった。
癇癪を起こしたみたいに大声で嫌がられたけれど、それももう知らない。
だって、トリス俺から逃げようとしないんだから、逃げても逃がすつもりはないけど。
「俺はトリスとずっと一緒に居たい」
「~~~~~ッ!!」
彼女の手を掴んで持ち上げる。非力なトリスが思い切り耳を塞いでも、俺なら簡単に外せる。そのまま手を引いて体を近づけて、よく聞こえるように、彼女の右の耳に俺は顔を寄せる。形の整った彼女の耳たぶに向かって
「これで、聞こえるでしょ? 無視しちゃやだよ、トリスちゃん」
そう言うと余計に手を振りほどこうとする。
とっさにちゃん付けしてしまったのは、自分でもなぜだかわからないけれど。
彼女の動きが一瞬ピクッとして遅くなった。でももう掴んだままだ。だから俺は放さない。トリスが良いって言うまで絶対に離さない。
「し、知らない!! 知らないわよ!!」
「トリス……ねぇってば?」
しばらくじたばたしてたトリスも疲れたのか、だんだんと落ち着いて肩で息をしながら呼吸を整えていく。本当に体力ないよなぁ、なんて。
トリスは前に階段で5階までかけ上がるだけで、休憩したがっていたのだから。
そんな事を思い出していると、俺も何か笑えてきた。
「本気、で。そう、なのね。わた、アタシと」
「うん、そうだよ」
やっと口を開いたトリスは何か、すごく難しい顔をして考え始めた。もう逃げる体力もないだろうと思って、握る力を緩める。でも放しはしない。だってトリスは時々訳わからない事を言って、訳わからないで逃げるから。
じっと、顔を覗き込んでいると、苦い顔に辛い顔、甘いものを食べたときの顔みたいに、コロコロと表情が変わっていく。どの顔もとても可愛い。
見ていると心がドキドキして、ぽかぽかする。俺がこんな風に思えるのはトリスだけなんだ。
しばらくすると、大きく息を吐いた。まるでそう、この前見た『出陣前の将軍』役の役者の様に、勇ましい表情でやっと、トリスは口を開いた。
「冬まで、あなたの次の誕生日まで待って」
「え?」
それは、以外な言葉だったから、思わず聞き返してしまう。
なんでここで誕生日が出てくるのだろうか?
「あなたが16になったら、考えてあげる、本当に、考えるだけよ」
頬を赤く染めながら、潤んだ目で、少しだけ斜めから覗き込むように、そう言ってくる。
これは多分、妥協か、仕方ないなぁって思っている時の表情だと、思う。なんでそんな顔をしてるのか、なんで年齢が出てくるのか、俺にはわからない。
「……トリス?」
「せ、せいぜい? それまでの束の間の、独り身を楽しんでおきなさい? ほ、本当に考えるだけだけど、そういうこともあるかも知れないからね!?」
トリスは何を言っているんだろう?
俺はただ、トリスと学園でもっと仲良くしたい。恋人みたいなことがしたいなって。そう言ってるのに、なんで誕生日まで待たなきゃいけないんだろう?
でも、誕生日が来て、俺が16歳になれば、OKという事なんだろう。そう考えると嫌いな寒い季節の、その先の終わりが楽しみになってくる。
「うん、約束だね」
「そうね、本当、それまでは頑張るから、本当に頑張るけど。もうちょっと……」
一息をつけたなぁと思っていたら。明るく、アップテンポな音楽が聞こえる。
ふと前を見ると、いつの間にか、目の前の踊り場の騒ぎは解散していたようだ。
それにしても、この後どうしようかなと、少しだけ悩ましい。トリスからの返事はこれは、保留というやつなのだろう。でも、今までみたいになるべく会いに行かないとかそういう事もしなくて良いだろうと、そうも思う。
当のトリスに確認しようと、目線をまたトリスの方に戻すと、聞き覚えのある足音が聞こえてくる。小さい歩幅でカツカツと素早く足を動かしているのが聞こえるこの足音は────
「リッキー!! なんで!? どうして先輩なの!?」
「アレラーノ? なんで此処に」
走ってきたのか、少しだけ息を乱しているアレラーノの姿だった。
彼女がこの二人きりだったテラスに急に現れたのだ。
「アリスはさっき、王子様達と一緒にバイバイしてきたの! メガネに! そしたら、此処でリッキーが先輩にキスを、ってそれはもうどうでも良くて! ねぇリッキー考え直そ?」
「えっと、何のこと?」
アレラーノは基本的に何を考えているかわからないが、何時も余裕というかふわふわと掴み所がない。それなのに今日の今夜の彼女は違った。
バッチリと決まった黒を基調としたレースで飾られたドレスに、長い桃色の髪をハチドリの描かれた大きなバレッタで高い所で留めている。この場でも有数に見事な格好だろう。
「おかしいでしょ! アリスがやっと見つけた特別な人なのに! この人はずるいし、おかしいよぉ!」
魔法を使ったのか、少しだけ薄暗い中でもはっきり見える彼女の顔は、今まで見た何よりも必死で。何時もよりも大人びて見える。格好も有るだろうけれど、俺は確かにそう感じた。でもなぜか同時にすごく迷子のこどもを見ているような、そうとも思ったけど、直ぐにそんな感覚は立ち消えていった。
「アリス・アレラーノ……事情は、わかる、とは……言わないわ、でも────」
「好きでもないのに、なんで誰かの特別になれるの!! ずるいよ! アリスわかんないよぉ!」
いつの間にかトリスが、俺の前に出て、アレラーノと俺の間に立つ。トリスの栗色の髪が風に揺れているのはよく見えるけれど、表情が見えなくなってしまった。
今のアレラーノがなんで怒ってるのか、俺にはわからない。何か俺が悪いことをしてしまったかも知れない。
でも、アレラーノが俺でよく遊ぼうとしている時とはぜんぜん違う、そんな風に見える。
「ブラックモア先輩はリッキーの事『特別』に好きじゃないのに、なんで簡単にリッキーの『特別』を雑に扱えるの!? おかしいよ!」
ただ、彼女の特別というのは、何かすごい大切な言葉な気がした。
それが、何かわからないけれど、トリスか俺の何かが許せなかったのだろう。
それを俺は知らなかったけれど、知るべきではなかったような、そんな気がした。
「……違うわよ」
「違くない! リッキーがあんなに悲しそうな顔してるのにっ! 放っておくなんて、本当に好きなの!? アリスはそう思えない! だから特別に見てくれないメガネとバイバイしてきたの、リッキーはもうちょっとで、きっとアリスの特別に、本物の特別になってくれるから……」
「訂正しなさい、好きじゃないわけ、ないじゃないのっ……」
アレラーノは俺の方を見ながらそう言う。だけれど目の前のトリスからいつか感じたような、寒い感じがしてくる。これは、なんだろう?
「なに、先輩は、リッキーのこと好きなの? 今まであんな風にしてるたのに、それウケるんだけど」
ちっとも笑ってない顔でアレラーノはそう言い放った。
その言葉にトリスは、まるで高い建物から飛び降りる様に、最後の段差を乗り越えたように。ふわりと前に出て。アレラーノの肩を両手で掴んだ。
さっき俺がやったみたいに、アレラーノの顔に、顔を近づけて、大きく息を吸い込んだ。
そして、トリスは口を開いて語り始めた。
とても、とても────
────いままでに聞いたことのない位の早口で
「そうよ! 好きよ!! 大好きよ!! 目に入れても痛くないくらいに大切なのよ! でもそれって普通のコトでしょ? 自分の婚約者なのよ!! 世間一般的に何も問題もないわ。確かにアタシの家の家格のほうが上だけど、二人とも家を継ぐわけじゃないじゃない。年齢だって一個しか離れていないことになっているの。 仮にアタシが実はもうすぐ四捨五入したら50に行くような年齢だったとしても、それが何の問題なのよ!? これでもアタシずっとずっとずっと我慢もしたのよ!? せめて16歳になるまでは我慢するつもりだったのよ! 最初は18までだったけどそれはもうなんか無理だって直感で3年くらい前にわかったから16の誕生日まではちょっといじわるで優しいお姉さんでいようって頑張ってたのよ!! 恋愛が上手く行けないから大好きなオタ趣味に逃げて何が悪いの!? だって彼はまだ15歳よ!! 無茶苦茶好みのお年頃よ! じゃなくて学年的には1年生だけどアタシの体感だと彼の15歳はDC3なのよ!? それをアタシが手を出したらだめだってずっと思ってたのよ!? こんな刷り込みみたいにやばい女に捕まるとか、アタシの最推しがそんなやばい女に捕まるっていうのがね、本当に最大の解釈違いなのよ!? わかるアタシのこの辛さ。理想の好みの子を育て上げたら、その完璧なお相手の子を作ってあげられる機能が最低限ないとだめでしょ!? それはそれで、無茶苦茶キツイ気がするけど! 基本的にアタシは推しの同担はいけるけど、最推しはNGっていうタイプの女なの! 面倒な自覚は有るけど、そういうものなのよ!? でも、もし本当にデリックが好きな娘ができて『お姉ちゃんごめんね』なんて言ったら笑顔で送り出してあげるつもりだったのよ!? 嘘じゃないわよ! 仮に好きでしたなんて告白されて、好きな人ができたんだとか言われてもアタシなら笑って許してたと思うわ。その後はもう大泣きも大泣きよ。子爵の次女として一人で生きていくどころか、デリックも養える分のお金は稼ぐプランが十分あるのよ!? でも学校に通わせないで囲うようんな女に捕まるのは本当に、本っ当にぃ! 解釈が違うの!? わかるアタシのこの苦しみ! わからないでしょ!? シミュレーションゲームで理想の相手を作ってそれがこんな気持ち悪い女に捕まるのよ!? そんなのもう脳みそ壊れるわよ!! デリックの相手は、可愛くて優しくて情熱的で変な思想がなくてしっかりとした理念があって頭脳明晰で気品にあふれてて優雅さをいつだって忘れないで勤勉に暮らして彼を妻として子は母として支えられるのが最低条件なのよ!? 知ってる? デリックの最初に話した言葉はトリスちゃんってことにアタシの頭の中ではなってるのよ!? このゲームの最推しも出てきてないけどデリックだったはずなのよ!?デリックはね、アタシが遊びに行きますって描いたお手紙を全部アタシがあげた箱の中に保管してるの。デリックの部屋にある家具は全部アタシがあげたものなの。椅子も机もベッドも枕もクッションも全部アタシがデリックにあう用に大きさを計算して毎年採寸して送ってるの。デザインは全く同じものをデリックの家に遊びに行ったときに、二人ででかけているときに搬入させてるから気付かれてないだろうけどね。勿論傷の位置まで覚えてるの、どうやって使ってつけたんだろうって考えるだけで楽しいの。12歳になるまでアタシが遊びに行っているときは、次の日のデリックの洋服はアタシが決めて、事前にお義母様にお渡しして着るようにしてもらってたの、半ズボンより七分丈が好きなの、それと長めのソックス+袖あまり気味パーカーとかリクエストしてたし、下着の色もお揃いにしてたの! アタシの家に来たときに口に運ぶものは可能な限りアタシが選んでたの。そうすれば体の全てが私が作ったみたいに感じられるから。デリックはね、歩くときは右足から踏み出すけど、走ろうとするときは左足を先に出すの。動物は基本的に好きだけど、子犬とか子猫はか弱すぎてで少し怖がるの。デリックが好きなアタシの服装は水色のワンピースに麦わら帽子なの。そうなるようにその格好の時は身体的接触を小さい頃から増やしてたの。デリックが朝自分で自分の下着を洗ったことを密告してもらった時は、わざわざ取り寄せてお赤飯を炊いたの。でもデリックでアタシはしたことないの、可愛すぎてデリックではしたくならないの。いえ、本当はすっごくアリなんだけど、此処数年それをしたら翌日には本物を取りに行くだろうから我慢してるの。デリックの着られなくなった洋服は全部アタシの2番目の私室の隠し部屋に年齢ごとに保存してるの。その部屋の存在を当然デリックは知らないわ、アタシの家族は知ってるけどね。その部屋にはデリックが沢山いてね? デリックを描いた絵は三部だけ製本してもらった物が今7冊目なの。選び抜いてるからまだ少ないのよ? だから、デリックがもし好きになる女の子は、最低限アタシよりデリックのことを好きになっているはずなの。だってデリックが選ぶ娘なのよ? きっと素晴らしい娘なはずでしょ? そう考えてずっと生きてきたの。きっとデリックが相手をしっかり見つけて、アタシなんかとはただの親が勝手に決めた婚約者だっていう風に気づいてくれる方が幸せだって、頭ではわかってるの。でも、もし、本当に万が一でもデリックがアタシのことを選んでくれたら、アタシがそれを受け入れられたら、何でもするの、何でもしてあげるの。デリックは無邪気系寂しがりや野生児であって、優男系王子様ではないの。背伸びは可愛くなかったといえば嘘になるけど! でもその所作の違和感のおかげで、学園で毎日のように顔を見れる場所にいるのにアタシは自制できて少しだけ安心できた。普通の婚約者でいられた。でもでも、さっき告白されたときに、一瞬でバームクーヘンを食べるまでを幻視したわよ。自分の妄想力にはびっくりよ! でもね、やっぱダメなの。デリックが私の関係にしっかりとした形を求めてきたら、もう私は同意するしかないの。好きだから、愛しているから、愛おしいから。私はデリックを不幸せにしない自信はあるけど、世界一幸せにしてあげられる自信がないの。だから、それができる娘なら、デリックのことを一番に考えるのならば、きっと良かったの。そう思って生きてきたの。デリックに会えない時間はデリックがいないって考えたらストレスがすごいから、もう私は趣味に没頭するの。ソレがいい感じにデリックがまた成長するきっかけになるんだって自分に言い聞かせながらずっとずっとずっとずっとずっと我慢してたの。人として、最後の一線だけは超えないように、私は今日さっきまで耐えてたの。もう限界なのよ? 私最近朝起きたら何時もデリックが隣りにいるのよ? 授業中は膝の上にいるのよ? 休日はずっと私の上にいるのよ? そんな幻覚をずっと見てるの。だから、最近夜には本当に会うのが辛いの。かなり強く意識を保ってないと何時送り狼をするか、させるように誘導するかわからないから。休み時間の度に会いに来られたら夏休み明けにアタシ退学してたと思うわよ? パパと子供の誕生日を揃えられるかもね? 会うたびに触りたかったの、可愛がりたかったの、触ってほしかったの、求めてほしかったの。だから、もう、アタシは諦めちゃうわ。正直ね、本当の本当の妥協点の16歳まで、待てるかもわからないんだもの。だからもし、アタシのこれが特別な思いじゃないっていうのなら、人生を2つ分くらいかけて挑んできなさいよ、アリス。アタシはもう、自重も我慢もしないの。本気の本気でデリックの事を愛するからね。後ろ指刺したいなら好きにすればいいわ。どう? 貴女はその覚悟有る?『特別』っていうのは、これくらいの思いがあっても手に入るかわからないものなのよ」
「え、え? なに、それ、わかんない、アリス、そんなの知らない」
正直、俺も半分も何を言っているかわからなかった。アレラーノの肩をつかんで、耳に向かってものすごく早口で何かを言ってきたのだから、
でも、トリスが早口で何かを語ってるのはいつものことで。
何かよくわからないのだけど、きっとあの調子で俺の良いところを言ってくれていたのだろう。
たくさん俺の名前を言っていた様子だったし。
ただ、アレラーノは慣れてないのか、顔を青くしている。初めて夫の狩りについてきて、獲物を解体して毛皮を剥いでいるところを見たご婦人のようだ。すると不思議なことにしばらくお肉食べれなくなってしまうのだ。
「トリス、お話今日は長かったね」
それは可哀想だから、トリスを俺の方に呼ぶ。トリスの熱量は聞いていると疲れるときもある。特に俺は他の男の話をされているから特に。でも、今回は俺の話だったみたいだし、アレラーノも何か感じるものがあったのだろう。
「あら? アタシ、いえ私の言葉に耐性ができちゃってたのね、デリック。これは嬉しい誤算ね」
ニッコリと、まるでぐっすりと温かいベッドで思う存分眠った後の朝みたいな。とても晴れやかな顔をして、トリスが戻ってくる。
とても、とっても綺麗で、素敵だった。本当に魅力的だ。俺の、俺だけのトリス。
「お、おかしいよ、二人とも。」
「ええ、そうよ、私、とってもおかしいの。我慢ができない悪い大人なの」
「アレラーノ、トリスは前からこうだから。トリスは俺の特別だから」
ただ、言えるのは、アレラーノにとっての何かの『特別』に、俺はもうなれないなぁって、そう思った事だ。
初めてハチドリの求愛を見た女の子みたいに、アレラーノは信じられない物を見てしまったような目で俺たちの事を見ているから。
そんなことよりも、今日は何よりもトリスだ。
「さぁ、デリックまずは、うちの両親に挨拶に行きましょう? 始発の馬車で、いえ。日が昇ったら一緒に歩いて行出発よ。そして降誕祭休暇中は、ずっとうちで一緒に過ごすの」
「うんトリス、行こう! でもなんで?」
「勿論お父様も、お母様も喜ぶからよ」
それは、俺も嬉しい。いつも親切な子爵も優しい子爵夫人も最近は会えていなかったから。
でも、早く16歳になってトリスと『恋人』になりたいな。
そう俺は考えながら、トリスと手を繋いで会場を後にする。
そういえば、今日はトリスと踊れなかったな。そんな事を少しだけ寂しく感じながら。
まぁ、翌晩俺とトリスは一晩中踊り明かしたけれども。情熱的に、激しいテンポで。
招かれるままにいたら、それはもう流れるように。
そのとてもとても幸せなダンスに、俺はまた不安になってしまった。
ああ、もう絶対に────俺はトリスがいないと生きていけないなって。
でも、それもそんなに悪くない。だって、トリスはこんなにも可愛いのだから。
「愛してたわ、デリック。ずっと昔から」
もう、俺は大人の王子様の振りをしなくて良い。変に斜に構えて悲観しないで良い。
きっと、俺は俺のままでいれば良いんだ。
「貴方が私の王子様。もう離さないわ、絶対に、一生……いえ、なた来世があれば、そこまでは」
「うん、トリス。ずっと一緒にいようね」
何年か振りの彼女の部屋の天蓋のついた大きな寝台の上で、久しぶりに彼女の胸に抱かれ頭を撫でられながら。俺はそう呟きながら眠りに落ちる。もう不安は感じない。他の人より背の低い俺の体が俺は好きになれた。
世界に二人だけしかいないように感じながら、俺は朝が来るまでトリスに溺れてしまおうと。薄れていく意識のなか微かにそう思った気がする。
「おやすみなさい、デリック」
彼女の掛けた布団には、一面にブラックモアの家紋が誂えられており、
その裏側には当然のようにドビンス家の家紋が綺麗な刺繍で描かれていた。
~Fin~
という答え合わせでした。
本編完結です。
彼女と彼の関係は、順番も優先順位も目的も矢印も全部、逆だったというわけです。
感情は本物で、実際素直ではなかったわけなのですが。スタートの方向が反対だったのです。
男性諸兄の方に多いですが、少女を引き取る疑似家族ものの話の結末って
男が手を出す結末なの受け付けない、親子で良い。って人結構いますよね?
トリスはそうだったわけです。
キャラクリ要素のあるゲームで、自分を作ってプレイする人、理想の相手を作ってプレイする人等々いますが。そんなキャラが作中イベントで変なのとフラグが建つのが嫌だったタイプ。というわけです。
それはつまり、彼女がそう思っているからで。
でも、私こういう毒沼みたいな女の人に、少年が良いようにされるの大好きだから書きました。
あとはおまけです。




