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はい、彼女達は花壇の側にいました

『女性に好かれていても、こんなに苦労しそうならいいや』


『不思議と嫉妬が湧いてこないんだよね、あいつを見ているとさ』


いつかの過去の俺が何かの本で読んだのか、それとも何処かの芝居で聞いたのか。

全く覚えていない言葉だが、まあよくある主役の複雑な異性関係は保留したままに進めるための常套句というやつだ。


いや、そんな難しい言葉を使わなくともいいか。それに対する俺の感想はもっとシンプルなのだから。


そんなわけないだろう、常識的に考えて。


だって、人間は真の意味で自分に置き換えてみて考えるなんて簡単にできない。

他人のものほど魅力的に見えるものはないわけだ。


何が言いたいかというと、異性に黄色い声をあげられている奴を見て、苦笑いや無反応でいられるほど、俺はまだ大人に成れていないということだ。


────それが自分の婚約者ならなおのことだ。



「見ました!? アルベルト様の御髪を書き上げる姿! もう言葉が出ませんわ」


「ええ、本当にお顔が良いの。この学園であのご勇姿を拝見できる幸運だけで神に感謝いたしますわ」


「エイドリアン様と歓談しているだけでまるで絵画のようですもの!! 」



学園の中庭の小道。そこを歩くだけで黄色い声が上がる奴は学園の有名人。

家柄も、容姿も、成績も『A』評価な彼は、最近一人の少女に夢中ともっぱら噂。


最近そんな彼がよく一緒にいるのは妾の子と後ろ指を刺されながらも、持ち前の明るさと庶民かぶれした所作の少女だ。


「おや、奇遇ですね」


「アルベルト様! どうしてこちらに?」


だが、彼女は彼以外にも多くの人気な男子学生ともよく一緒にいる姿を見る。しかも全てが家柄や顔立ち、学問などでトップカーストの集団なのだから恐れ入る。



「あの小娘! アルベルト様にあんなにも気安く話しかけるなんて!!」


「許せませんわ!! アルベルト様にお似合いなのはあんな妾の娘なわけがありませんわ!」


それが気に入らないから、嫌がらせをしている有力なお家のご令嬢方々。それなり以上の家柄の彼女達は横の伝手がとにかく広く、色々と快くない行為をしているとは暗に囁かれている。


「こんな子供騙しな嫌がらせ、だが見過ごせないな」


「真に立場を弁えるべきは誰なのかを、その身に刻みこませよう」


そしてそれを庇う件の人物や、他のモテる学園の中心人物的なメンバー方々。



まあ、この学園はみんな恋愛ごとが大好きだ。

それは俺達がティーンエイジャーだからというのもあるが、この全寮制の学園で成立した関係は、家同士の婚約よりも優先されるべきという。規則とまでは行かないが、慣習程度のものがあるのだから。


だから同学年の先輩方は、アルベルト殿下ではなくアルベルト様と皆呼んでいる。それほどのルールなのだ。


唯一救いがあるのだとすれば、今年やっと追いついた俺の婚約者はまだ、恋人もおらず。

件の少女に嫌がらせをすることもなく────



「はぁ、額に入れて飾りたいわ……でもこれ夕陽が逆光になるわね」



遠巻きに騒動を眺めて満足している彼女、ベアトリス・ブラックモア子爵令嬢なのだから。










「ベアトリス様、それではごきげんよう」


「ええ、ごきげんよう、また明日」



友人と別れてこちらに来る彼女。

夕日に照らされているからか、いや先程興奮するほどよいものを見たからなのか、頬は紅いままだ。

未婚の令嬢にしては珍しく短く襟足辺りで切りそろえられた栗色の髪も、いつもより軽やかに歩みと共に揺れている。

平均よりは少しばかり高い背丈に。健康的とも言える、女性にしてはしっかりと肉がついているが、特有の柔らかさが見て取れる四肢を、品位を崩さない程度に早く動かして、こちらに向かってくる。


俺はその姿を見るだけで、いつも心が歓喜を上げる。あぁ今日も彼女は魅力的だった。

多分、流石に初めて会った時からは、今の燃えるような心のざわつきではないはずだが、それでも大分幼い頃から、俺の胸の中心に彼女はいたのだから。


でも、彼女は校舎の門で待っている婚約者である俺の元へと駆け寄ってきているのではない。


「はぁ、早くこの興奮を何かしらの形にして残さなきゃね! 絵? 詩? 塑像もいいわね」


「前を見て歩かないと危ないですよ、トリス先輩」


「ん? ああ……デリック。アンタもいたのね……って、あっ……」


「その様子ですと、やはりお忘れでしたか?」


俺の言葉で自分の世界から戻ってきたが、楽しそうだった顔がすぐに曇っていく。

これは、別に俺が嫌われているからでは……さすがにない。よなぁ。


明日は学園が休みであり、この街に居を構える彼女の家族と婚約者の俺のちょっとした食事会なのだ。顔合わせみたいな大事な話ではなく、お世話になっている俺が挨拶に行くという形に近い。定例的なもので今更かしこまるイベントでもないとも言えるが。

なので、彼女は今まさに自分の思うがままに衝動的に感情を発露しようとしていたのに、水をかけられたことになる。不機嫌な態度はそれが理由とそう思いたい。


「あー面倒、マジ無理。今日こそは、創作意欲の面倒を見てあげるつもりだったのよ!?」


多才な彼女は絵や詩、小説等を幼い頃から自在に作り上げていた。

誰に習っていたようにも思えないのに、それは見事なもので男性の俺まで聞こえてくるほどに。一方で塑像はここ数年で始めたためか、それほどの称賛は聞かないが楽しんでいる様子だ。


「予定は以前から入っていました故に、ご容赦ください」


「はぁ……はいはい、わかってますよ」


昔から大人びていた彼女は、先約をかなり大事にしてくれる。だから諦めたように大きくため息を吐くとこちらを見ることなく、行き先を変えてくれる。

肩を落として歩き始める彼女の横を、馬車へと誘導しながら歩く。婚約者に会って20秒の令嬢の態度ではない。校門なんて人通りのある場所で、婚約者と合流してすぐのため息など褒められるものではないのだが。それでも観念して付いてきてはくれる。


いつも彼女はこうなのだ。我儘だけれど、本当に人へ迷惑をかけるようなことはしない。だから自身の突発的な気分を優先せずに先約通り、婚約者と一緒に実家に帰省する。

だけども取り繕うことをしないから、他所行きのご令嬢モードでも、王子様方を前にした興奮モードでもなく。

素のままの面倒くさがりの彼女だ。それが見れるのは俺だけなんだと自分に言い聞かせれば、少しだけ気分も上向くものだ。そう言わなきゃやってられないとも言えるのだが、


俺が馬車の扉を開けると、彼女はこっちを一瞥して、ひょいと段差を飛び上がり、そのまま乗り込む。手を差し出そうとすることはもうない。しっかりとしたイブニングドレスでも着ている時でないと、ここのリードはやらせてくれない。なにせ彼女はとにかく、必要のないエスコートは嫌いなのだそうだから。


「ん、ありがと」


「いえ」


彼女の好みは、俺の頭のメモ帳にたくさん詰まっている。かなり多岐に渡る範囲で好きなものは有るのだが、その中で最も多く出てくる要素を抽出すればわかる、


王子様のような柔らかい物腰と、均整の取れた靭やかですらりとした体躯。優しげにはにかむような笑顔が似合う整った容姿。それでいて恋愛では結構強かで、外堀を埋めてきたりしながらジリジリと距離を詰められたいという。


俺の小さいサイズの制服ですら少し余る丈や、女性のそれと変わらない背丈。そのくせ太い首や太腿周りを思いながら、それでもせめて所作だけでもと縋らずにはいられない。

容姿に関しては全て自分にはないものだから、せめて言葉と態度だけでも、俺は好きでもない奴の言動を真似る。そうすればほんの少しでも彼女に嫌われないで済むかもしれないから。


「あーやだやだ、なんで折角の日に帰ってご飯なのよ」


「自分は楽しみですけどね、トリス先輩のご両親とお話できるのは」


「あっそ」


素っ気のない返事。学校では1年先輩の彼女といられる時間はあと2年もない。こういった用事がない限り近寄らせてくれない彼女。

動き出した馬車で、早速憂鬱げに窓へと目を向け景色を見つめている彼女の後ろ髪を眺めながら、俺は何時までこんな風にいられるのかを考えてしまうのだ。








俺と彼女の関係を説明するのならば、二言で済む。

『親に決められた』『まぁまぁ不釣り合いな婚約者』

これだけである。




険しい山々の合間にポツポツとある程度の街々の代官をしている、貴種という枠になんとか手をかけている我がドビンス家は、弱小もいいところだ。加えて自分はなんと三男である。まぁ、家名に表札に書く文字以上の価値はないからどうでもいいわけだが。


普通ならば、こんな生まれの男に婚約者なんてものは望むべきではない。先にも言ったとおり学園で相手を見つけられるか、就職したあとに上役に世話してもらい見合いでもするか、開き直って市井の方と懇ろになるか。その何れかになればよくて、下手したら結婚できず割り切った『恋人』だったり、どこかの貴婦人の『遊び相手』なんかになるのも現実的な範囲だ。


だからこそ、学園で親友になり、年の近い子供ができたら婚約させようなんて話で盛り上がっていた両親同士でも、我が家の方は社交辞令みたいに思っていたらしい。


ブラックモア子爵のご令嬢。殆ど同い年だけど向こうは第四子で次女。

双方合わせて7人目の子供にしてやっと、相続や政略や性別や年齢やらの条件ともろもろの制約が解決したとの事である。


今でも昨日のように思い出せる。というのは流石に言い過ぎだが、可愛い女の子と会って嬉しかったというのは鮮烈に覚えている。



「ご紹介に預かりました、私はブラックモア家のベアトリスと申します」


「デリック……です」


「まぁ、素敵なお名前。お呼びしても宜しいでしょうか? 」


「……すきにして」


「ありがとうございます。ではどうか、私はトリスとお呼び下さい、デリック様」



確か初対面の会話はこんな感じだったはずだ。

細かいところは正直あまり覚えていない。10年も前の子供の頃の俺は、初めて会った1つ上の女の子に恥ずかしがってたはず。

そんな彼女は俺よりもずっと大人で、まさに深窓の御令嬢をしていた。町で見かけるきゃいきゃいと騒がしい女の子なんかとは全然違ったのだから。


俺は日が昇れば毎日のように、家────屋敷とかろうじて呼べる程度のもの────から野山をかけて隣の街に行ってはチャンバラして、日が暮れるギリギリに戻り。あくる日は逆の街へと走り騎士ごっこをしているような、絵に描いた腕白少年だったと思う。

そんな腕白坊主の俺とは、まさに住む世界が違ったお姫様だったから。


彼女と出会ってからは、年に何度か主に避暑などの目的で滞在に来るのが楽しみで仕方なくて。来たら来たでずっと後ろをついて回り、そんな俺を嫌な顔せずに優しく面倒を見てもらっていた。


どこまでも優しいお姉さんのようで、大好きな初恋の女の子だった。









まぁ、彼女のそれは殆どが演技だったけどさ。恐ろしいことに。




「本当にアルベルト様の輝く相貌はどの角度から見ても絵になるのよ。それでいて外面は良い王子様然してて、あれで十中八九家柄とかじゃなくて能力で他人を下に見ているのよ、こういうやつはおもしれー女に弱いのよね、自分の価値観と経験則で読めない行動をする女が気になって仕方なくて目で追ってしまうの。陳腐でありきたりであるけれど古典から有る王道とも言えるわ。これだけで食べていけるし、酒が飲めるのよね。いるだけで美しい顔がいいやつがベッタベタのテンプレみたいなムーブをしているのよ!?」


こんなに早口で話す彼女は、実のところもう慣れてしまっている。昔からこうなるときは彼女が好きなものを語る時の特徴だからだ。


「御付きのあの人も陰気な眼鏡な雰囲気なのに、あれ絶対仲良くなったらめちゃくちゃ甘やかしてくるタイプよ。いかにも軟派なやつは嫌いと言いながら、その実裏表のない女性の好意を示す行動にころっと騙されちゃうやつ、やった側がこいつチョロ! ってなるまでが様式美なのよね!」


今日は、何時にもまして情熱的にまくしたてる彼女。その対象は先程のこの学園の中心人物達だ。正直話半分に聞き流したい位なのだが、彼女の好みを少しでも把握するために耳を傾けている。よくわからない表現や語彙も多いので集中は切らせない。

日によっては、他にも用務員の壮年の男性から、他所の家の連れ込んでいる幼い従僕までよくわからない方向に派生することがある。いつも思うのだが、彼女は年齢から何まで本当になんでも良いのでは? と思えてくる数の人物の良いところと傾向をあげている。


当然のように、俺の名前は出たことがない。

踵の高い靴を履かれると身長が逆転してしまう、この小柄な体躯のためかと言い訳できないほどに彼女の興味の幅は多様なのにだ。


「それで本当に……あー……何? 何か文句ある?」


顔を爛々と輝かせながら熱弁を振るう彼女を見つめながら、情報を抜き出しつつ過去から今までを思い出してたら、ようやっとだが気づかれてしまったようだ。

火が消えたように落ち着いていく彼女。時々暴走した後は、少しだけバツが悪そうにこちらに軽く当たるのだ。


「いえ、今日もトリス先輩はお綺麗ですねと、感じ入っておりました」


「……はぁ? なにそれアンタ違うんだけど、デリック」


あの少女が今はこうだからなぁ。胡乱な目でこちらを見てくる彼女は、俺は軽く口説いているつもりなのに、身構えすらしてくれない。こっちを探るようでいて、若干の苛立ちが有るような視線で見てくるだけだ。

そんな態度にこっちから幻滅できたらきっと楽なのに。なんてたまに思ってしまう。

先程の姿ですら楽しそうな彼女というだけで魅力的に見えてしまうのに。


「それは失礼いたしました」


彼女の事を諦める事ができないのは、自分が一番良くわかっている。

冷たい視線ですら、俺のことを見てくれると思うだけで喜べてしまうくらい、浅ましいのだから。

馬車で二人きりの今のこの場所で、目線が合うだけでこんな形でも酩酊程の喜びが湧き出てくるから。


「てか、いい加減『それ』やめてほしいんだけど」


「やめられませんよ」


貴方が俺を少しでも見てくれるのならば、王子様の真似事だってする。

それが、俺。デリック・ドビンスの初恋なんだから仕方がない。


貴方が俺を本気で拒むまでは。


「……ふぅん、本当それ解釈違いよ」


また意味がわからないことを言って、そのままもうこっちを見ることもなく窓を眺めている彼女を見つめながら、俺も馬車の揺れに身を任すのだった。


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