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第8話 悲劇は終わらない

※この話は、本編となる『グレン中尉』の第五章9話『危機一髪! 聖水皇女アリアちゃん』に加筆修正して湿り気を増やしたものとなっております

「ああぁぁあぁぁっっっ!!! うわああぁぁはああぁあぁぁぁああぁっっっっ!!!!」


 アリアの瞳から涙が止めどなく流れ、水溜りに落ちて小さな飛沫が舞う。

 跳ね上がる金色の水滴は、アリアに自分が漏らしたことを自覚させ、惨めさを更に助長させた。



――だが、アリアの悲劇はまだ終わっていなかった。



「これは……困りましたねぇ」

「はっ!?」


 その存在を、アリアは忘れていた。

 顔色の悪いアンデッドの様な職員。


 『お人好しの笑み』を浮かべようとしたのだろう。

 だが、その表情に張り付いていたのは全く別の感情。


 それは侮蔑や軽蔑ではなく、同情や憐れみなどでもない。

 劣情に近いが、それとも違う。



――人が人に向けるものとは、全く別種の欲求。



「ひっ!?」


 水溜りと、壊れた水門と、顔を舐め回すような視線。

 だがアリアは、その視線に羞恥ではなく、恐怖を感じた。


 思えばおかしかったのだ。


 アリアの排泄に関する羞恥心は、人並み外れて強い。

 それこそ、漏れる寸前であっても、我慢を悟られることを忌避する程に。


 失禁を見られるなど、考えることすら耐えられない。

 なのにアリアは、いざその最悪の事態にあって、完全にこの男のことを意識から外していた。



 『人間』に……見られている気がしなかったのだ。



「こんなものを見せられては……私も我慢が出来なクナッてしまイまスヨ……!」



 向けられた感情は、人のものに照らし合わせれば――




――『食欲』に、近い気がした。



「あっ……そんなっ……あぁっ……あぁぁっっ!!?」



 アリアの目の前で、男の顔が不気味に歪む。


 『気味の悪い』という意味ではない。

 人の表情筋や骨格まで無視した、本当の歪みだ。


 そして、まるでタチの悪い冗談のように、男の頭部が8つに弾けた。


「あ……あ…………あ……あ……」


 それはまるで、人間の首の上から触手が生えたような光景。


 8分割された頭部は、それ1本が1つの生命体のよう。

 ウネウネと蠢きながら、長く、太くサイズを増していく。


 その内1本の先端に、ぶくっと塊ができ、そこに人の顔が浮き出てきた。

 それは、さっきまでアリアの前を歩いていた、あの職員のものだ。


 その首の部分だけが、ぬぅっとアリアの顔に近づく。


「い、嫌っ、来ないでっ! 来ないでぇぇぇっっ!!」


 腰が抜けてしまったのだろう、後ずさろうとしたが下半身が全く動かない。


 アリアはただの小娘ではない。

 戦闘に関しても、学生としては、周囲を圧倒するだけの実力は備えている。


 だがそれでも、あまりの恐怖に足腰は立たず、歯がガチガチと不快な音を立てる。


 異様に対する生理的な恐怖だけではない。

 この生物が、自分が死力を尽くしても、指先一つかからない程の上位存在だと理解してしまっているのだ。



「本当ハ、個室マでお連レスるツもりダッたんデスヨ? デスが……アァ……イイですネ、ソノ表情……ではコンナノはドウでョウう」





――ストン



 その言葉に合わせて、突如男の顔が消え、同時に下の方から軽い音が響いた。

 恐る恐る視線を下ろすと、グッショリと濡れた太腿の間、ホットパンツの表面だけを掠らせて、1本の触手が深々と突き刺さっていた。


「ひぃっ!? ……あっ」

 ジョロロロロロロロロロロロ……。



 恐怖で弛緩した括約筋が、再びアリアの意思とは無関係に、小水を垂れ流す。


「あっ……ああぁあぁ……いやぁぁぁ……っ」


 触手を濡らす小水に何を感じたのか、異形の顔が更に歪んでいく。


「アァッ、イイッ! ソノ表情! そノ涙! ソノ『恐怖の証』ッッ!! ヤハり貴女ハ素晴ラシイッ!」

「ぎるどデゴ案内シタ時カラ、ズッッッットコウシしタイと思っテオリマシタ!」

「本当ハモット追い詰メテ、モット色々ナ顔ガ見タイ!」


 顔が増えていく。


 増えた顔は一つの意思の元に、口々にアリアを賛美する。

 だが、そこに敬意や温かみはない。


 それは、捧げられた供物に涎を垂らす、悪魔の言葉だ。


「デモコレ以上ハ、貴女ヲ壊シテシマウヨウデス。私ハ、恐怖ニアッテモ心ヲ保ツ貴女ガイイッ!」

「アァッ、ダカラッ! 貴女ノ目ニ私ガ映ッテイルウチニ! 貴女ノ脳ニ私ヘノ恐怖ガアルウチニッ!」


 触手の1つが口を開く。

 その中には何重にも並んだ剣山ような牙。

 噛みちぎるのではない、獲物を削り取るための、残酷で悍ましい器官だ。


 アリアの脳裏に、明確な『死』のイメージが宿る。


(私……死ぬの……? こんなところで……誰にも見つけてもらえずに……おしっこ漏らしたまま……死ぬの……?)


 ジョロロッ、ジョロッ、ジョロロロロッ。


 極限の恐怖で、尿道は開きっぱなしだ。

 震えることしかできない足の間から、またしても小水が溢れる。


 それが化け物の最後の『タガ』を外した。


 8本の首は、一斉にアリアに向けて口を開く。

 絶望に見開かれるアリアの瞳。


「嫌ああああああぁああああぁぁぁぁああああぁあぁぁあああぁあぁぁっっっっっ!!!!!」


「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」


 それは、我先にと自身に迫る異形の首を映し――





――視界の端に銀色の光を捉えた。


「ゲロボァッッ!!?!?」



 巨大な光の槍――アリアには、そうとしか見えなかった。

 光は、アリアに迫る触手の間を駆け抜け、異形の腹に突き刺さる。



 一瞬遅れて響き渡る轟音。


 そして、悍ましい顎門が消え去ったアリアの視界に、1つの人影が降り立った。




「ギリギリになっちまった……『ワクワク都市伝説シリーズ』を披露する暇もねえじゃねえか……」


 手には、ランドハウゼンの宝剣『アルマデウス』

 全身に銀の光を纏った彼は、その背にアリアを守るように、異形との間に立ち塞がる。



「今回は『メアリーちゃん』だったんだぞ? 『俺、魔人くん。君の後ろにいるよ』ってな」



 夢にまで見た『銀色の英雄(ヒーロー)』が、そこに立っていた

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