第3話 湧き上がる情動
迎賓館を飛び出したアリア一行は、本日グレン達が見廻るという、工房区を訪れていた。
その名の通り、見渡す限り工房だらけの工房区は、全方位から溢れ出る鉄の臭いと熱気に満ち満ちている。
レガルタは大陸でも南部の方で、一年通して温暖な気候だ。
気候と街の熱気が合わさった体感気温は、中々に高い。
だが、アリアはそんな空気など物ともせずに、興味深そうに周囲の工房を眺めている。
騎士達に混ざり、炎天下で土に塗れての訓練も熟すアリアにとって、臭いや蒸し暑さへの耐性は、平民上がりのメロネとそう大差はないのである。
男性騎士であるディオンも、まったく気にすることは無い。
結果、令嬢気分が抜けていないミーアが、護衛という立場でありながら、いの一番に根を上げることとなった。
主人を差し置いて『暑い』、『臭い』、『足が痛い』と泣き言を口にし、その度にメロネの叱責を受ける。
流石に気の毒になり、アリアは自分が疲れたと言うことにして、休憩を申し出ることになった。
今回延々と工房区を練り歩くことになったのは、完全にアリアの我儘である。
この程度の我儘は許されるべき立場ではあるのだが、そこで開き直れるほど、アリアは厚顔無恥ではない。
「ほらっ、アリア様だってこう言ってるじゃないですか! 私はそれを察して、あえて『休みたい』と言っていたんです!」
からの厚顔無恥な発言に、その場の空気が凍りつく。
世の中、自分勝手に振る舞いながらも、憎めない性格の者はそこそこいるが、残念ながらミーアは、単純にイラッとくるタイプだった。
メロネは密かに、ミーアの『持ち点』を引いた。
最寄りの広場のベンチに腰を下ろし、飲み物に口を付ける。
工房区には飲食店はおろか露店すらないため、飲み物も自前で用意したものだ。
アリアも魔導瓶で冷やした、少し甘めの紅茶で喉を潤し――
「ふぅ……ん…………っ!?」
ようやく、下腹部を襲う重たい感覚に気が付いた。
アリアにとっては、珍しいものではない……だが決して慣れることのない、この上なく不快で、焦燥を誘う感覚。
(……どうしよう、トイレに行きたい……)
いつの間にかアリアは、決して無視できないレベルの尿意を催してしまっていた。
(迎賓館で行った筈なのに……っ)
ギルドで想定外の暴飲をした自覚はある。
実際、商談の終盤には、膨れ上がる尿意に平静を装うので精一杯になり、部屋に着くなりトイレに飛び込むハメになった。
だがその後は、高揚感も手伝ってか下腹に意識が向くことは無く、迎賓館を出た後は1時間歩き通しだ。
その間、一度もトイレには行っていない。
そして今、忘れ去られていた膀胱は、確かな重みを持って存在を主張し始めた。
(ここって、トイレあるわよね? まだ、我慢できないほどじゃないけど……っ)
工房区は、外に旅行者が長居することが想定されていない。
公衆トイレが設置されているかは怪しいところだ。
6杯分の紅茶に含まれる水分と利尿作用は、まだ体の中に残っているかもしれない。
しかも不味いことに、商談中の我慢で、アリアの尿道括約筋にも疲労が溜まっている。
先ほどと同程度の水圧に襲われたら、長く我慢することはできないだろう。
「そ、そろそろ行くわよ! 日が暮れる前までには、帰らないといけないし!」
ここに留まっていても、状況は悪くなる一方だ。
幸い、膀胱にはまだ余裕がある。
人探しの傍ら、今からトイレを探し始めれば、間に合わなくなる前に一つくらい見つかる筈だ。
(大丈夫……もう、子供じゃないんだから……)
アリアは3人を急かし、再び散策を開始した。
――下腹部の重みは、先ほどよりも大きくなっていた。