第2話 鉄の仮面を脱ぎ捨てて
ギルド支部から少し歩いたところにある迎賓館に、アリア達ランドハウゼン一行の部屋は設けられている。
滞在中の部屋の中、学園の男達が一度は夢見た下着姿を晒しながら、クローゼットと睨み合うアリア。
悩んだ末に取り出したのは、今回用意した『お忍び用』の中でも、一番の勝負服だ。
上半身は中央のラインと裾、袖口にレースをあしらった純白のブラウス。
アリアに合わせて作られたオーダー品であり、14歳にしては中々に育った胸と、引き締まった腰のラインが見て取れる。
下は裾にフリルをあしらった、黒革のホットパンツだ。
アリアは普段はショートパンツを好むのだが、今日は思い切ってホットパンツを選択した。
男の無遠慮な視線は嫌悪しているが、ならばこそ、自分の体が男の目を引くことも、客観的事実として把握している。
必要とあらば、武器にもしよう。
黒髪を肩口で揃えた、活発な印象の髪型ともよく合っている。
因みにスカートは、極力避ける方針だ。
アリアの武術は足技が主体な上、足を大きく広げるフェアリアの動きを取り入れているため、
ロングスカートでは足にまとわりつくし、ミニスカートでは下着が丸見えになってしまうのだ。
上下を揃えた後は、白黒ストライプのオーバーニーソックス。
そして、足首までのストラップと、大きなリボンが特徴的なパンプス。
パンプスのヒールは、やはり緊急時のためかなり低く、そして硬く作られている。
可愛らしさと動きやすさ、そして多少の戦闘力を兼ね備えた『お忍びお嬢様』に姿を変えたアリアは、早速その運動性を生かして、部屋を飛び出しロビーまで駆け降りる。
そこに待っていたのはメロネと、護衛の男性騎士ディオン。
2人とも、身分を隠すために従者の装いで、メロネは茶のロングパンツだ。
この時代、女性のパンツスタイルはもう珍しくはないが、やはり主流はショートパンツ等丈の短いものだ。
ロングパンツはまだまだ、『粗野』、『男勝り』、『女を捨てている』と見做されることが多い。
活動的だが素肌を晒すのを嫌うアリアでさえ、年頃の女として、ロングパンツという選択肢はない。
メロネは見事にそれを穿きこなし、『王子様』的な魅力を放っているが、自分には真似できないことも理解している。
アレには彼女のような、長身と切長の美貌が必要だ。
……メロネは、宮中の若い『女性』によくモテる。
「と! ミーアはっ!?」
一瞬プリンス・メロネに見惚れたアリアだったが、すぐに今日の目的を思い出し、まだ姿を見せぬもう一人の護衛の所在を尋ねた。
今日の予定は工房区の散策……という名目での、『銀の魔人偶然遭遇大作戦』。
ギルドを出るときに、『時間が合えば』直接会って国を守ってくれた感謝を伝えたい、と職員に告げたが、
その時、グレン達が滞在中に、『ランダールの魍魎』の調査に協力するということを聞いたのだ。
『ランダールの魍魎』
ウィスタリカを騒がせる、少々怪談的要素のある、連続猟奇殺人事件だ。
ホラー耐性ゼロ。
怖い話を聞いた夜は、未だに部屋のトイレにすら一人で行けないアリアとしては、関わるのは遠慮したい案件だが、今はそこはどうでもいい。
重要なのは、『銀の魔人』が調査協力をしているという点だ。
調査をするなら、彼らは街を練り歩く筈。
繋ぎは頼んだ。だが叶うとは限らない。
ならば、自分から会いに行くまで。
学園では、真面目で余裕のある優等生として振る舞っているアリアだが、実際は中々に行動派だった。
鼻息荒く、頬を好調させたその顔を見たら、今日まで思いを伝えては轟沈してきた、数多の男達はどんな顔をするだろうか。
浮き足だった主人を諌めるのも、本来臣下の勤めなのだが、上機嫌なアリアの姿に、ついついメロネも絆されてしまう。
「もう少しだけお待ち下さい。きっと彼女の肌は殿下と違い、入念なメイクが必要な――」
「なに勝手なこと言ってるんですかぁっ!」
冗談めかしたメロネの言葉に被せるように、高めの声が響く。
現れたのはもう一人の護衛である、ミーア・アルマンド。
ふわっふわの金髪を靡かせ、プリプリと怒りながら降りてくる。
「私はまだお肌ツヤツヤですぅ!失礼なこと言わないで下さいっ!」
「だったら、身繕いは手早くなさい。殿下をお待たせしないように」
「むっ、むぅ……申し訳……ありません……っ」
納得がいかなそうな様子で頭を下げるミーア。
彼女もロイヤルガードで、メロネとは別の部隊の隊員だ。
そして、それなりの家の令嬢でもあり、なんというか甘ったれなのだ。
戦闘に関しては及第点なのだが、性格面が問題視されている。
今回は所属する部隊の隊長からあえてこの『緩い』任務に就かせ、どこまで『やらかす』かを、別部隊のメロネの目で判断してもらいたい、との打診があったのだとか。
まぁ、それはアリアの知るところではないし、知っていたとしても、それどころではなかったが。
「お説教は終わったわね? じゃあ行くわよ!」
もう待ちきれないとばかりに、声を張り上げるアリア。
メロネのため息を華麗に受け流し、3人の護衛を引き連れ、意気揚々と街へ繰り出した。