第3話 聖涙天使は忍べない
(まずい……っ……まずいっ! まずいまずいまずいっ!)
大空洞を彷徨うこと30分、アリアの尿意は限界に近付きつつあった。
出口は、まだ見つからない。
「くぁぁっ!? ど、どうしようっ、もうっ、我慢が……っ!」
酷使され尽くした括約筋は、先ほどから悲鳴を上げ続けている。
もう時間は残されていない。
下腹の聖涙紋は今や煌々と輝き、薄暗い地下道で存在を主張する。
そもそも、アリア一人でこの入り組んだ地下道を出ることに、無理があったのだ。
自分の向いている方角さえ分からない薄暗い通路を歩くには、壁の傷一つ一つを覚える程の経験が必要だった。
(このままじゃ……っ……私っ、また……っ! だ、ダメよっ! そんなの、絶対に……っ!)
まさに終わりの見えない迷路に、アリアの心が折れかける。
弱った心が、括約筋から力を奪っていく。
「階段、早く…っ! か、階段……っ!」
ジョッ。
「ああぁぁぁっっ!?」
とうとう最初の水流が尿道を通過した。
レオタードの股布から、濡れた感触が伝わる。
「あっ……あっ……あっ……!」
(ダメっ、もうダメ……っ……もうっ、間に合わない……っ!)
同じ日に2度も失禁する。その未来に、アリアの瞳から涙が溢れる。
「嫌、嫌よ……っ……そんなの……んぁぁっ! い、いやぁぁ……っ!」
心は完全に折れた。
だが、絶望に見開いたアリアの目が、偶然にも視界の端に『ソレ』を捉える。
(か、階段んんっっ!!)
アリアの目には、それが天国に続く架け橋に見えた。
「トイレっ! ま、間に合うっ! トイレぇぇっっ!!」
熱に浮かされたように叫びながら、アリアは階段を駆け上がった。
階段を登り切った先は、地下道に入った時と同じ、何もない倉庫のようだった。
目の前の扉の隙間からは、恐らく街灯りと思われる、淡い光が差し込んでいる。
やっとたどり着いた地上に、アリアは希望に満ちた表情で、扉を開け放った。
――尿意に急き立てられ、慎重さを完全に忘れたまま。
扉を開けたアリアの目に飛び込んできたのは、煌々と灯りの付いた酒場の看板だった。
周囲には、他にも多くの飲食店が立ち並び、面した道は最新式の街灯で明るく照らされている。
そして通りを行くのは沢山の人、人、人。
ここは夜の繁華街、その中央通りだった。
「えっ……あっ……あ……っ!?」
ここから迎賓館は、5分とかからない。
失禁寸前のアリアにとっては、願ってもないことだ。
それはいい。本当によかった……だが。
「あっ……あぁぁっ……嘘っ……嘘っ……!」
扉を開け放つ音は、決して静かとは言えない繁華街にあっても、それなりに響いた。
そして、一度目を向けられてしまえば、素通りするには、今のアリアは余りに淫靡だった。
視線は視線を呼び、やがてそれは騒めきに変わる。
たった数秒狼狽えていただけで、アリアの周りには人集りができていた。
「おいっ、なんか、すごい格好した娘がいるぞ!」
「何アレ? こんな街中で」
「恥ずかしくないのかしら……」
「なんだ、娼館の呼び込みか?」
「うわ、えっろ!」
好奇、劣情、侮蔑……様々な感情の篭った無数の視線が、街中で如何わしいレオタード姿を晒す、憐れな少女に突き刺さる。
「い、嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
アリアは悲鳴を上げながら、その場から逃げ出した。
「見ないで下さいっ! 見ないでぇぇぇぇぇぇっっ!!」
悲鳴が視線を呼び、更なる視線がアリアに集まる。
そして羞恥に耐えきれず、アリアはまた悲鳴を上げる。
完全な悪循環。
まるで裸体を隠すように体をかき抱き、真っ赤な顔を涙で濡らしながら走るアリアは、その意思に反し、繁華街を歩く殆どの者の目に止まってしまった。
聖涙天使シャイニーアリアのスニーキングミッションは、ほぼ最悪と言っていい程の大失敗に終わった。




