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私のヒーロー

「怪我してねえか?」

「は、はい……っ」



――喋り方は、普通の男の子と同じなんだ。



 彼に声をかけられた時、私は自分でも不思議なほど、呑気なことを考えていた。



(しろがね)の魔人』グレン・グリフィス・アルザード。


 天空王グリフエラーナから、母国ランドハウゼンを救ってくれた英雄。

 そして、私が勝手に幻想を膨らませていた、架空の英雄(ヒーロー)



 実物を見て、がっかりしたわけじゃない。


 ただ声を聞いて気付いたんだ。

 彼が物語の登場人物じゃない、現実にいる、私と同じ歳の男の子なんだって。



――それなのに……貴方は『そこ』に立ってくれるんだね……。


 私を守るように化け物の前に立つ彼の背中は、恐怖で動くことも出来なかった私には、とても眩しく見えた。


 グレン様は化け物相手に、平然と会話をしている。

 あの口も、放たれる声も、あんなに恐ろしいのに……。


 今はどうしてここがわかったのかを話……て……え……嘘……っ……待って……待って待って……!!



「あぁ……」



 言わないでぇっっ!!



「彼女の水滴ですか……」



 ……嫌ぁぁ……っ!




――ジョロッ『あぁっ!』ジョロロッ『うぁぅっ!』ジョジョッジョッ『んん! んんっ!』ジョロロロッ『ああはぁっ!』


 叩きつけられた言葉に、忘れていたかった記憶が甦る。

 堪えきれなくなって……一歩歩く毎に……して……しまって……っ……あの跡が全部、彼に見られていたなんて……!


 じゃあ……『コレ』も……っ……が、我慢できなくて、漏らしたって……っ……最初から、バレて……っ!



「ぁぁ……ぁぁぁっ……ぅぁぁぁぁっ……」



 最悪だ。この歳になって、トイレも我慢できない女だと思われるくらいなら、怖くて漏らしたと思われる方が何倍もよかった。


 無情な現実が、意識にかかっていた靄を払っていく。


 クリアになった意識は、私が今、どんなにみっともない姿を晒しているか突きつける。

 湧き上がる羞恥に、私は涙を堪えることが出来なかった。



――こんな筈じゃなかった。


 街の中で『偶然』出会って、ちょっと運命的な気分になって、恥ずかしいけど頑張って冒険したこの服で、彼の目を惹けるといいな。

 学園の私は、ちょっと目付きがキツいみたいだけど、そんな私を知らない彼なら、『可愛い』って思ってくれるかな。


 そんな、浮かれたことを考えてた。

 今日だけは、何者でもない、普通の女の子になれるかなって。



 でも現実は違った……何が『普通の女の子』だ……!


 もう冷え切った水溜りの中、服も足もぐっしょりと濡らした私は、惨めな『お漏らし女』でしかなかった。


 彼は軽蔑しただろうか……した……よね……こんな歳にもなって……漏らすような……女……っ。

 ……こんなことなら……探そうなんて……言わなければよかった……。



「――。猫娘ちゃん!」

「はっ、はいっ!」


 不意に声をかけられ、返事の声が上擦ってしまう。

 グレン様はそれを気にした様子もなく、私に一人で逃げられるかを聞いた。


 そうだった……まだ化け物は健在で、危機が去ったわけではない。

 私が呑気に哀しみに暮れている間も、彼はあの化け物に、睨みを効かせてくれていたんだ。


 これ以上……情けない姿を見せたくない……!


 私は何とか立ち上がろうと、必死に足に力を込める。



――でも……ダメだった。



 どんなに力を入れようとしても、私の足は、まるで自分の物ではないように、ガクガクと震えるばかり。

 少なくとも、しばらくここから動くことはできないだろう。


 なら、せめて……!



「だ……だい……じょ……っ」



 邪魔にだけはならない。

 精一杯強がって、彼に戦いに集中してもらうんだ。


 私には、この場で自分を守れるだけの力はない。

 『立ち上がれない奴が何を』って思われるかもしれない。

 でも私にできることはもう、口を動かすことくらいしかないのだ。



「……だい……だい……っ」

『大丈夫、私に構わず戦って』



 ただその一言を言えばいい。声が震えたっていい。真っ直ぐに彼の目を見て。


 さぁ、言うよ……! 言うの……っ……言えるでしょ!? 言うの……っ……い、言うんだから……っ!




「……ごめんなさい……っ」


 だが出てきたのは、彼に縋るための『弱者の言葉』。


「……怖くて……動けない……っ」


 我が身可愛さに、これから命をかけて戦う男の子に、ほんの少しの強がりすら言ってあげられない。

 自分が本当に嫌になる。どうして……っ……私はこんなに……臆病なの……っ!



「頑張ったな」


 でも、そんな私にかけられた声は優しかった。

 私の意地も、逡巡も、そして弱さも、全部認めて許してくれる、そんな声音だ。


 ずるいよ……そんな声で言われたら、抑えられない……。

 気付けば私は、ポロポロと涙を溢していた。



「大丈夫、なんとかするさ」


 私が言えなかった『大丈夫』まで、あっさり言ってしまう。


 相手は、あんなに恐ろしい化け物なのに。

 なんの保証もない筈なのに、何故か信じさせられる彼の言葉に、私は全身の力を抜いてしまう。



 理想の英雄とはだいぶ違う。


 でも、力強い銀色の背中を見せる彼は、紛れもなく『私のヒーロー』だった。

次章からは、『グレン中尉』のストーリーラインからは離れた、アリア独自の話になります。

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