ドラッグストアでお買い物
食事を終えた私たちは、再び買い物をしに三階のレストラン街からお店の並ぶ二階へと向かった。
私の国の貨幣といえば、金貨と銀貨、銅貨が主流なのだけれど、こちらの世界のお金というのは四角い板でできているらしい。
興味深く支払いを済ませてくださるロキ様を眺めていると、「これは、カードだよ」と教えてくれた。
お金を預ける場所が別にあって、カードという魔法の道具を使うと勝手にそこからお金が抜き取られて支払われるのだという。とても便利だ。スアレス帝国の貨幣は重たいので、持ち運びをするのにはあまり向いていない。
どういう仕組みなのかわからないけれど、ロキ様が巫女様たちの元いた世界を参考にしてこの国を発展させたというのなら、巫女様ならきっとご存知なのだろうか。
こういった知識を持っていらっしゃる巫女様が国に来て下さるのに、スアレス帝国はロキ様の国ほど発展していないのが不思議だわ。
私用の日用品などを、『どらっぐすとあ』という場所でカゴの中にぽいぽいと入れるロキ様の隣を、私はちょこちょことついていった。たくさんの物で店内は溢れているけれど、何が何やらよくわからない。
文字だけは読めるので、『かぜ薬』とか、『シャンプー』とか『コンディショナー』とかを見かけるたびに小さな声で呟いた。
形は違うけれど、日用品の名称は私が帝国で使っていたものとほとんど一緒だ。知っている名前を見ると安心感がある。
「アンジュちゃんは、シャンプーとかリンスとかこだわりがある方?」
「特には。よく分かりませんわ。いつもメイドに手入れをしてもらっていましたし。でも、これからは私がメイドですので、ロキ様の髪の手入れは私がさせて頂きますわね」
「大丈夫だよ、僕は大人だから一人で風呂に入れるからね」
「……そうですの。では、私は自分の面倒は自分で見られるように頑張りますわ」
私は少しがっかりした。
でも、自分の髪も洗ったことがないのにロキ様の髪を洗おうなんて烏滸がましいだろう。
「アンジュちゃん、綺麗な赤い髪だよね、艶々でふわふわだし。僕は何でも良いからいつも適当なのを買ってるんだけど、女性用の一番高いやつにしようか。高ければ高いほど良いやつって感じがするでしょ」
いつもは綺麗に編んでもらってすっきり頭の上へとあげている髪だけれど、なんせロキ様の元へ来たのは明け方のことだったので、私は今は肩の下ぐらいまである赤毛を結ばないでそのまま降ろしている。
服装はシスター服のままだ。あまり褒められた姿ではないのだけれど、毛先に少しだけ癖のついている赤い髪のひとふさを手にして、ロキ様はしげしげと眺めた。
それから、上の方の棚から薄いピンク色の瓶のようなものを二本手にしてカゴの中に入れた。
「夢魔族オススメ☆全人類を虜にする魔性の美髪、だそうだよ。なんか良さそうじゃない?」
「むま、とは、……シルベールさんのことですの?」
確か、シルベールさんはむま、と言っていたような気がする。
むまとはなんのことかしら。聞いたことのない響きだ。
「夢魔っていうのは、そうだね……。人の精気を吸い取るのが好きな美しい種族のことだよ。魔族にも色々な種族があってね、人間も国が違うと肌の色が違ったりするでしょ。それと一緒」
ロキ様は私の手のひらの上に『夢魔』と書いてくれた。
私はふむふむと頷く。スアレス帝国には、属国がいくつかある。それぞれの属国に住む人たちは、同じ人間の形をしていても少しづつ違った特徴がある。
種族とは、そういうことなのだろう。
とはいえ私は帝国の城に挨拶に来る王族の方々を遠目に見るだけなのだけれど。
次期帝王妃として、表に立ってご挨拶をするべきじゃないのかと思うのだけど、ヴィオニス様が危険だからと許してくれなかった。
婚約者の私を表舞台に出したくないという時点で、ヴィオニス様の心は私から離れていたのかもしれない。
「シルベールさんは、夢魔族のプリンスと言っていましたわね」
「そうそう。夢魔族の中で一際力が強いという意味だね。王族、という意味ではないよ。夢魔族は耽美だから、プリンス、なんて呼称で呼んでいるだけ」
「血筋、というわけではありませんのね。ロキ様、人の精気とはなんですの?」
「それは、アンジュちゃんがもう少し大人になったら教えてあげる」
「私は大人ですわ。ロキ様が教えてくださらないのなら、シルベールさんに今度聞いてみます」
「だ、駄目だよ、駄目だからね! 駄目、絶対に駄目!」
ロキ様は慌てふためいた。
慌てるなら最初から教えてくれたら良いのだ。私は子供ではないので、ちゃんと計算高いのである。
私を子供扱いするからいけないのよ。
「人の精気っていうのは、そうだね……生きる力、みたいなものだよ。生命力って言うのかな」
「でも、ロキ様の国には人間はいませんわ。お食事などはどうしていらっしゃいますの?」
「魔族同士でも、魔力を交換する形で擬似的に食事は取れるし、普通に僕たちみたいにご飯を食べるだけでも事足りるんだよ、本当は。夢魔が精気を吸い取るのは、趣味みたいなもので、お菓子を食べてる、みたいなものだからね」
「ええと、つまり、夢魔の方々には私のような人間は、お菓子に見えますのね」
「そうだよ。アンジュちゃんなんか特に可愛いんだから、ショートケーキ通り越してウェディングケーキに見えちゃうよ」
「ウェディングケーキならわかりますわ。婚礼の儀式用のケーキのことですわね。普通のケーキよりもずっと大きい、十段ぐらいある……」
「それは随分大きいね。十段も重ねたら天井に届きそう」
そんなことを話ながら、日用品の会計をロキ様は済ませた。
支払いの時に店員さんが袋をくれて、自分で商品を中に入れるらしい。
私は一人で買い物に来ても困らないように、ロキ様の動作をじいっと見つめていた。
ロキ様は片手に袋を持って、「さてと、じゃあ下着屋さんに行こうか」と言った。
「女性物の下着屋さんには、確か寝巻きとか、部屋着とかも売ってた筈だから、買おうか。毎日メイド服で過ごしてたら疲れちゃうもんね」
「メイドとは毎日メイド服で過ごすものですわ」
「メイドさんにも休みの日があるでしょ。寝る時は流石に着替えると思うよ。寝る時までメイド服着てたら、風邪ひかないか心配になっちゃうし。人間は病気になるんだから、体を冷やしてはいけないよ」
「魔族の方々は病気になりませんの?」
「僕たちは基本的には長命で、病気とは無縁だし、怪我もすぐに治っちゃうからね」
「ロキ様は五百歳とおっしゃっておりましたわね。私たちは、五十歳ぐらいまで生きられたら長生きと言われますわ」
「儚いね、アンジュちゃん……」
私の話を聞いて、ロキ様は若干うるうるしていた。
五百年も生きるというのはどんな感じなのかしら。私にとっては五十歳ごろに亡くなるのが普通のことなので、儚いともなんとも思わないのだけれど。