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お子様ランチと記念写真


 シルベールさんの店を出た私達は、食事をするためにレストラン街という場所へと向かった。

 三階がまるっと全てレストラン街というお食事をとる場所になっているのだと、ロキ様が教えてくれた。

 貴族学園のランチルームもかなり広かったけれど、でぱぁとのレストラン街という街はランチルームよりも更に広い。


 スアレス帝国とこちらの世界の時間の流れは、ほぼ一緒のようだ。

 私はロキ様の元へ来るための儀式を、本当は昨夜行おうと思っていた。

 けれど血の魔法陣を描く為に自分の手を切るのが怖くて、中々決意が出来ずに結局明け方になってしまったのである。

 命を捧げる覚悟を決めていたのに、手を切るのが怖いとか、情けない話ではあるのだけれど、ナイフを持ったことも初めてだったので、どうにも決心がつかなかった。

 そんなわけで早朝にロキ様の元にお邪魔して、それからお買い物に出たので今は昼間だ。

 ロキ様のお部屋で飴を二つ食べさせて貰ったので、そこまでの空腹は感じなかった。


 私はロキ様と一緒に、全てのご飯が揃っているというレストラン街の中の、ふぁみれす、という場所へ入った。

 ふぁみれす、という場所は、四人掛けぐらいの席がいくつもあって、何人かの魔族の方々が既に座っているのが見えた。


 給仕服のようなものを着た方に案内されて、私達は窓際の席に座った。

 窓からは、街の様子を見下ろすことができた。


 四角くて高い塔のような建物や、私の住んでいた場所とはまるで違う家や道を見ることができた。

 遠くまで広がる街の中には、あまり森や川などといった自然はないようだった。


 まるで実物のような絵の載ったメニュー表を、ロキ様が向かい合って座った私の前に差し出してくれる。

 大きく書かれた『お子様メニュー』の下には、『お子様ランチ』なるものが描かれている。

 お肉のようなものと、ごはんと、尻尾のついた長いものが乗っている。

 お皿は今日道で見かけた『くるま』という乗り物の形をしている。

 お皿の端には、ぷるぷるした黄色いものが描かれている。

 私はメニューを眺めた後、ロキ様をじっと見つめた。

 ロキ様はテーブルに頬杖をついて、ご機嫌な表情で私の姿を眺めている。


「……ロキ様、こういったお店ははじめての私ですけれど、理解しましたわ。これは、小さな子供が食べるものですわね」


「うん。そうだよ」


「私は大人です。十七歳は大人です。……けれど、私、お金などはないですし……我儘や贅沢は言えませんわ」


 ロキ様がこれを食べろと言うのなら、私はそれに従うべきだろう。

 よくよく見ればお子様ランチなるものもそう悪くないように思える。

 何せ可愛らしいし、食べたことのないものが少量づつ乗っているので、こちらの世界の食事の勉強にもなりそうだ。


「アンジュちゃん、我儘や贅沢を言って。お兄さんなんでも聞いちゃうから。アンジュちゃんの我儘とか、むしろききたいし。全メニュー制覇したいとかでも良いよ。アンジュちゃん、お子様ランチ食べたいかなぁと思っただけだから、気にしないで」


 私はこちらの世界に詳しくないので、ロキ様は気を使ってくれたのかしら。

 他のページをめくってみる。ステーキや、サラダやパスタなどは帝国にもある。同じものを食べても仕方ないので却下だ。

 あとのものは正直良く分からなかった。

 私は悩んだ末、結局『お子様ランチ』を指さした。


「これを、頼んでも良いでしょうか」


「アンジュちゃん……もしかして僕に気を使ってくれてる?」


「そういうわけではないのですけれど……。他のお食事を見てもどれが良いのか分からなくて。こちらなら、量は少なそうですし、色んな種類のものが食べられそうなので、良いのかなと思いまして」


「そっか。じゃあ頼んじゃうね」


 テーブルの上にある丸いボタンを押すと、お店の方がやってくる。ロキ様は「お子様ランチと、天ぷら蕎麦と、クリームソーダ二つ」と頼んだ。

 くりぃむそーだ。二つ。

 つまりそれは私の分ということ。

 店員さんは注文を聞きつつ、私達の前にお水を置いてくれた。

 私は目の前に置かれたお水を一口飲んでみた。普通にお水の味がした。つまり、特に味はしなかった。


「ロキ様は魔王様なのに、他の魔族の方々はあまりロキ様の事を気にしませんのね」


 ヴィオニス様が外を出歩くと、基本的には皆一礼ぐらいはする。

 流石に膝をついてまでの礼はしないけれど、それでも挨拶をするのが礼儀である。

 ロキ様、気にされていなさすぎじゃないかしら。それとも皆ロキ様の顔をしらないとかなのかしら。


「昔は外を出歩くときゃあきゃあ言われて、足元に他の魔族がひれ伏していた僕だけれど、そういうのももういっかなぁと思って。面倒だから、そういうのしないでって皆に言ってあるんだよ。僕にもプライベートと、プライバシーってものが必要でしょう? 今はのんびりまったり、大都会の片隅で静かに暮らしたいわけだよ」


「だいとかいの片隅で、ぷらいべーととぷらいばしーを大切にしながら暮らしているロキ様の元に、私は邪魔をしに来てしまったのですわね」


 魔王とは世界を征服する邪悪な存在だと教わっていた。

 ロキ様がこんなに気さくで良い方だと知っていたら、邪魔をしになど来なかったのに。

 今頃ヴィオニス様は私を悪女だと言って怒っているかしら。

 巫女様と、仲良くしているかしら。

 私はコップの中の水に視線を落とした。


「邪魔なんてとんでもない。寝ている僕の上にアンジュちゃんが落ちてきたときは、安眠妨害ってちょっとは思ったけど、今はちっとも邪魔なんて思ってないよ。むしろ可愛い。健気で素直で良い子だから、大切にしなきゃっていう使命感に燃えていますよ」


「その節は申し訳ありませんでしたわ」


 今朝の事を思い出して、私は恐縮した。

 血の魔法陣によってこちらの世界に飛ばされた私は、寝ているロキ様の真上にすとん、と落ちたのである。

 「ぐぁ」という声が聞こえた。痛かっただろう。

 私は細身だと思うし体形についても気を付けているのだけれど、上から落ちてきたらそれは痛い筈だ。

 申し訳ない。


「気にしなくて良いよ。僕、魔王だから強いし。アンジュちゃんの一人や二人に上に乗られてもなんてことない……って、今の発言セクハラじゃなかった? 大丈夫?」


「せくはら」


「なんでもない。忘れて」


 首を傾げる私の前に、店員さんがお子様ランチを運んできた。

 赤い車の上に、お肉のような丸いものと、ご飯と、尻尾の付いた棒状のものが置かれている。

 端っこにサラダがあって、反対側の端っこに黄色くてぷるぷるしたものが乗っている。

 同時に、ロキ様の前にもてんぷらそばなるものが運ばれてくる。

 大きな器にスープと麺が入っていて、上の方に黄色っぽい何かが並んでいた。


「アンジュちゃん、これは天ぷら蕎麦ね。下の麺が蕎麦。上に乗ってるのが天ぷら。で、アンジュちゃんのは、ハンバーグと、エビフライと、ご飯。サラダと、プリン」


「ぷりん」


「そう。プリン。甘いから、最後に食べるんだよ?」


「デザートということですのね」


「そう。量が多かったり、口にあわなかったら残しても良いから。無理をしたら駄目だよ」


 ロキ様は運ばれてきた食事のひとつひとつを指さして、教えてくれた。

 私はふむふむと頷きながら説明を聞いて、心の中で反芻する。

 ロキ様は自分の事を私のお父様とかお兄様という時があるけれど、確かに血のつながりはないけれど、お父様は言いすぎでもお兄様には近い気がした。

 とはいえ私は長女で、妹が一人しかいないので、お兄様のいる生活というのを送った事はないのだけれど。


「わかりましたわ。いただきますわね」


「どうぞ、召し上がれ」


 手を組んで食事の前の挨拶をする私を、ロキ様が微笑ましくみつめている。

 天ぷら蕎麦を食べ始めるロキ様を確認したあと、私はナイフとフォークが置かれていたので、はんばーぐというものを一口大に切って口に入れた。

 今まで食べてきたお肉の中で一番柔らかい。

 口の中でお肉の塊がほどけて、やや甘味のあるソースの味と絡まって舌の上に広がった。

 次にえびふらいというものを食べてみる。

 よく分からない見た目をしている料理だけれど、海老、というからには多分海老なのだろう。

 スアレス帝国でも海老は食べる。シュリンプカクテルなどは、良くパーティーの料理にも出てくる。

 ナイフで切るとサクサクしていた。

 口に含むと、お菓子みたいにサクサクしているけれど、エビの味がした。

 白っぽいソースに絡めると、卵の味の中に酸味があってクリーミーな味と、海老の風味とサクサクした外側が合わさって、不思議な感じだった。

 噛むごとに、海老の味が濃くなるようだ。生臭さはまるでない。


「美味しい。ロキ様、美味しいですわ」


「それは良かったねぇ」


 こちらの世界の食事がとても美味しい事に私は感銘を受けた。

 ロキ様に伝えるべく顔をあげると、ロキ様は四角い掌大の何かを手にして私の方へと向けていた。


「ロキ様?」


「なぁに?」


「それは何ですの?」


「……あー……」


 私が尋ねると、ロキ様は手を握る仕草をした。

 手のひらの中にあった四角い何かは、最初から何もなかったかのように消えてしまった。


「……ロキ様?」


「……お子様ランチを一生懸命食べるアンジュちゃんがあまりにも可愛くて、写真を……成長記録を、とりたくて……」


「しゃしんとは何ですの?」


「ええと、このメニュー表に乗っている、アンジュちゃんの知識だと、絵、になるのかな。絵を、一瞬で描く、みたいな、感じ。それが、写真」


「つまり、私の人物画を描いていた、ということですのね」


「怒った?」


 ロキ様は恐る恐るといった様子で、私に聞いた。

 私は首を振る。


「記念に人物画を描き残すことは、よくある事ですわ。お父様などは、私と妹の肖像画を誕生日のたびに画家を呼んで描かせますのよ。ヴィオニス様のお部屋にも、私の絵が、婚約の決まった七歳の時から年毎に、一枚づつ飾ってありましたわ。小さいものですけれど」


 人物画は、時間がかかる。

 描いていただくとなると長い時間画家の前でじっとしていなければならないので、少々気疲れしてしまう。

 それに比べてしゃしんというものは、四角い何かをこちらに向けられるだけで済んでしまうのだから、楽で良い。

 特に痛いとか、くすぐったいとかいうこともないので、好きにしていただいて大丈夫だ。


「……アンジュちゃん。アンジュちゃんの婚約者の、屑男の部屋に、アンジュちゃんの絵姿がそんなにいっぱい飾ってあるの?」


「はい。婚約者であればごく普通のことと、皆さんおっしゃっておりましたわ」


「そう。……そうなのかなぁ」


 ロキ様は何故か悩まし気に眉根を寄せた。

 それ以上ヴィオニス様の話にはならなかった。

 ぷりんと言う名前のぷるぷるした甘いものを食べ終わるころには、すっかりお腹がいっぱいになっていた。

 食事が終わるころ、くりぃむそーだが二つ運ばれてきた。

 グラスの中に緑色の泡がぷつぷつした液体がそそがれていて、その上に白いふわふわした何かが乗っている。

 くりぃむそーだが飲み物で良かった。これ以上食べられそうになかった。



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