メイド服は男のロマンらしいです
ロキ様の私を大切にしようとしてくれるお気持ちは有難いのだけれど、ロキ様に構っているといっこうに話が進まないことに気付いた私です。
私をシルベールさんから隠そうとするロキ様の腕の中から何とか顔だけ出して、シルベールさんに話しかけた。
「はじめまして、アンジュ・ピオフィニアと申します。この度、ロキ様のメイドとしてお仕えすることになりました。十七歳の大人ですわ。こちらの国には今日きましたの。本日は、お仕事用のメイド服を購入したく思いまして、こちらのお店に来ましたのよ」
ちゃんと挨拶が出来て良かった。
ほっとする私に、シルベールさんは優しく微笑む。
それから、ロキ様の方に何か言いたげな視線を向けた。
「なに、シルベール。言いたいことがあったら言っていいよ。僕は寛大な魔王だから、怒ったりしないよ」
「まだお若いですが、しっかりした大人の女性ですねアンジュさんは。……ロキ様、このような可憐な人族の女性を攫ってきてメイド服を着せて飼おうとするとは。まさか変態ですか?」
「ほら、やっぱり言うと思った! アンジュちゃん、アンジュちゃんにメイド服を着せると僕はこういう扱いを受けるんだよ。シルベールの方がよっぽど変態なのに。そもそもこんな店を趣味で開いているお前に、変態とか言われたくないんだけど!」
「私は夢魔ですから。愛と欲望の伝道師として愛し合う男女に刺激を与える事をいきがいとしているので、自分を何ら恥じてはいません。変態と言われた程度で動揺するロキ様とは格が違います」
「開き直ってるって言うんだよ、そういうのは。僕だって昔はそれはもう、女の子たちからきゃあきゃあ言われたんだからね。僕を純情な少年みたいに言わないでくれるかな?」
「ロキ様が純情な、少年……。五百歳を過ぎているのに、それは幾分か図々しすぎるというものではないでしょうか」
シルベールさんはどうやら、少年という部分に引っかかったみたいだ。
私はロキ様の腕の中から何とか体を捩って逃げると、シルベールさんの手を引っ張った。
もう私はヴィオニス様の婚約者ではないので、他の男性にみだりに触ったりするのです。
シルベールさんは私を見下ろすと、それはもう極上の微笑みを浮かべて下さる。
夢魔という方がどんな存在なのか存じ上げないけれど、女性に優しい魔族なのだろう。多分。
「あ、あ、アンジュちゃん、駄目だよ、そんな男の手を触ったりしたら! 穢れちゃうでしょう。消毒しよう、消毒!」
ロキ様がシルベールさんと手を繋ぐ私を見て、青褪めている。
魔王なんだからもう少し落ち着きを持ってほしい。
「ロキ様、私は買い物に来たのです。シルベールさんは店員さんです。お店を案内していただくのはごく普通のことですわ」
「そうですよ、ロキ様。私の店の前で大騒ぎしないでください、業務妨害ですよ」
「僕が悪いみたいじゃない。ひどい。アンジュちゃん、待って! そんな変態と二人きりになったら駄目、絶対駄目。ほら、優しくて無害なおにーさんと手を繋ごう? ほら!」
「……めんどくさいですわ」
私の小さな呟きはシルベールさんには聞こえたらしく「うちの魔王がすみませんね」という返事がかえってきた。
私はそんなわけで、ロキ様と手を繋いでシルベールさんのお店に入った。
ロングスカートから、短いスカート、黒から茶色から薄いピンク色まで、様々なメイド服が店内には沢山並んでいる。
シルベールさんは私の体型を一目見ただけでサイズを判断してくれたらしく、おすすめのメイド服を何着か持ってきてくれた。
それは首元にリボンがあったり、フリルが沢山ついていたり、スカートが短かったり長かったりと様々なタイプのメイド服だった。
共通しているのは、白いエプロンが付属されているということぐらいだ。
「ロキ様、私にはメイド服の良し悪しは分かりませんの。帝国では足首から上は人に見せてはいけないと教わりましたが、こちらの国では特に問題はないのですわよね」
「うん。魔族の女性は肌を露出している子も沢山いるよ」
ロキ様がこちらの女性たちの服装事情について教えてくれる。
その横に並んでいるシルベールさんが付け足した。
「私としましては、その慎ましさがかえって食欲をそそる、ということもあるかと」
「シルベールは黙って」
嫌そうな顔でロキ様は言う。
食欲とはなんだろう。やっぱり食べるのかしら、お肉を。
「ロキ様の好きなもので良いですわ。選んでくださいまし、旦那様」
私はロキ様を見上げてお願いした。
正直よくわからないので、選択を委ねるのが最良だろう。
ロキ様は困ったように眉根を寄せて、シルベールさんは嬉しそうに長い睫毛にふちどられた瞳を輝かせた。
「それは良いですね、とても良いです。ご自分から積極的にメイド服を着たいとは、良い心がけです。素晴らしい積極性。メイド服は男のロマンですから。ねぇ、ロキ様」
「僕にはよく分からない世界だし、アンジュちゃんはまだ小さいのでよくないことを教えないでくれるかなぁ、シルベール」
「アンジュさん、ロキ様の相手に嫌気がさしたら私のところにいらっしゃい。ちょうどメイド喫茶に新しい従業員が欲しいと思っていたところで」
「めいどきっさ?」
また新しい単語だわ。
首を傾げる私の肩をロキ様が抱くようにして、ロキ様はまた私をシルベールさんから隠した。
「シルベールの趣味にアンジュちゃんを巻き込まないでくれるかなぁ。さぁ、アンジュちゃん、メイド服をさっさと選んで、こんないかがわしい店を出よう。うん、それが良い」
「メイド服は男のロマンだとおっしゃいましたわね。ロキ様の好きなお洋服を着ることが、拾っていただいたせめてもの恩返しだと思いますわ。どれでも構いませんわ、選んでくださいまし」
「今僕は、幼い子を買ってきた悪い大人の気持ちを味わっているよ。つらい」
「ロキ様、めんどくさいですわ。さっさと選んでくださいまし」
とうとう私は本人に伝えた。
怒られるかなと思ったけれど、ロキ様は「辛辣なアンジュちゃんも可愛い」と言ってでれでれした。
ちょっと気持ち悪いなと思った。
「うーん、それじゃあ、僕はメイド服とかこれっぽっちも興味ないけど、この一番可愛いのにしよう。ブラウスにフリルがたくさんついてて、ふわふわしたスカートのやつ」
ロキ様が選んだのは、膝丈のスカートの、白と黒の服だった。
首元に大きなリボン、袖にもリボン。何枚ものレースが重なったふわりとしたスカート。
実用性には乏しそうなデザインだけれど、ロキ様の趣味なのだから受け入れるべきよね。
スカートも短いけれど、慣れてしまえば大丈夫だろう。
「……メイド服にこれっぽっちも興味がない男の選んだメイド服にしてはフェチが過ぎる」
「黙って、シルベール。可愛いアンジュちゃんが可愛いメイド服を着たら可愛さが二乗じゃない。可愛さについては妥協しない男だよ、僕は」
私は鏡の前に立って、ロキ様が選んでくれたメイド服を体にあててみるなどをしてみた。
あまり実用的ではないけれど、愛らしいとは思う。
ロキ様とシルベールさんが何か話していたけれど、放っておいた。
どうせ会話に入ろうとしたら、ロキ様はアンジュちゃんの耳が穢れるとか言って、教えてくれないに決まっている。
「ロキ様、良かったですね。我が王が人族の可憐な女性にメイド服を着せて楽しむ特殊な趣味の持ち主で、私はとても満足しています」
「否定するのも疲れてきたから、もうそれで良いよ」
ロキ様が溜息交じりに言うと、シルベールさんは「性癖には素直が一番です」と、頷いた。
「一着だけというのは不便でしょうから、私のおすすめの一品と合わせて、靴下やガーターベルトや、ヘッドドレスなどもつけて、あとでロキ様の部屋に宅配便で送っておきます。お支払いは宅配時でよろしいですか?」
「うん。そうしておいて」
「……それにしても。アンジュさんは美味しそうですね。飽きたら私に譲ってくださいね」
「駄目だよ! アンジュちゃんをいやらしい目で見ないでくれるかなぁ」
「きちんと、食事の対象として見ていますよ。これも種族の性質ですので」
「シルベールは食事に困ってないでしょう? それじゃあ、ね。二度と来ないよ」
ロキ様は私の手を引いて、やや不機嫌になりながら店を出ようとする。
私は慌ててぺこりとシルベールさんにお辞儀をした。
「また来ますわ」
「はい。いつでもお待ちしていますよ」
シルベールさんはとても綺麗に微笑んで手を振ってくれる。
優しそうな方なのに、ロキ様はシルベールさんがあまり好きではないみたいだ。