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そんなわけで、メイドになりました 



 不束者の私ですが、ロキ様のメイドになりました。


 そんなわけで、私はロキ様と一緒に街にお買い物にきています。


 魔界村(という名前の国。実にややこしい)には、いろんな魔族の皆様が住んでいて、角がある人や、羽がある人、獣耳がある人など様々なひととすれ違った。


 ひとというか、魔族の方々というか。


 ロキ様の住んでいるアパート、メゾンド魔界村は三階建ての建物で、ワンフロアに部屋が三部屋ある。

 長方形の、クリーム色をした見慣れない形の建造物だった。


 外付けの鉄製の階段を降りて、商店街に向かう。


 道には棒がいっぱい立っていて、線みたいなものが張り巡らされている。


 平な道の両脇には建物が沢山並んでいて、灰色の道には馬車とはまるで違う、四つ車輪のあるなにかが行ったり来たりしていた。


「ロキ様は普通に歩きますのね? 魔王様というのは、空を飛んだりするものと思っていましたわ」


 立ち上がったロキ様は、ひょろりと細長い印象だった。

 身長は私よりも頭ひとつ分ぐらい高いけれど、猫背気味でやや姿勢が悪い。

 白いぼさぼさの髪の隙間からのぞく灰色の目が、私を見下ろした。


「そんな時代もあったねぇ。昔は魔王様として世間をきゃあきゃあ言わせてたから、空を飛んだりしてみたものだよ」


「世間を、きゃあきゃあ」


「僕が姿を現すと、魔族の女性たちがあまりの格好良さにばたばた倒れるっていう、そういう時代を経て、もう別にモテなくても良っかーってなりましたね」


「ばたばた、倒れましたの」


 その時代のロキ様、きっととても魔王様らしくて素敵だったのだろう。

 今はずるりとした衣服を着ていてだらしないけれど、昔はきっとそれはそれは魔王様っぽい姿をしていたに違いない。


 私たちは真っ直ぐな白い柵に囲まれた狭い道を並んで歩いている。

 ひとが二人並んで歩ける程度の狭い道だ。広い方の道は車輪のついた四角い乗り物が行ったり来たりしているから、ひとは狭い方の道を歩くのだろう。


「それよりもアンジュちゃん、あれは車ね。くるま。自動車とも言うよ。じどうしゃ」


「ロキ様、私大人ですので、言葉は理解できますわ。くるま。じどうしゃ。ですわね」


 私はロキ様の言葉を反芻した。

 耳慣れない言葉だったので、辿々しい言い方になってしまった。


「人族の幼女、可愛いなぁ」


「幼女じゃありませんわ。十七歳は大人ですわ。……それで、車がどうしましたの?」


 私はこほんと咳払いをして、先ほどよりも丁寧に車という単語を発音した。今度は言い方が幼くならなかった。


「アンジュちゃんの帝国にも、馬車があるでしょう? 馬車。あの馬が引くやつ」


「ありますわね。移動は馬車が主ですわ」


「馬車に轢かれると人は死んじゃうでしょう? 車に轢かれると、アンジュちゃんみたいに脆い人族はもっと死んじゃうから気をつけてね。歩くのは、歩道。柵に囲まれた内側だよ。で、僕は車側を必ず歩くから、アンジュちゃんは内側を歩きなさい。お父さんとの約束だよ」


「ロキ様はお父様ではありませんわ。私はロキ様のメイドなので、言うなれば、旦那様ですわ」


「……おお、物凄い犯罪っぽい」


「メイドを雇うことのどこが犯罪ですの?」


「……どうしよう。人族の可愛い子と一緒に暮らした挙句、メイド服を着せてこき使うとか、限りなく変態じゃない、僕」


「変態ではありませんわ。立場のある方がメイドを雇うのはごく普通のことです。ロキ様は魔王様なのですから、何らおかしいことはありませんわ」


 そんなことを言ったら、私のお父様もヴィオニス様も、貴族の男性は皆総じて変態になってしまう。


「アンジュちゃん。僕、変態じゃないから。アンジュちゃんに変なことをしたりしないからね?」


「変なことをしていただいても構いませんのよ。……私、もう帰る場所もありませんの。ロキ様に血を捧げる決意をしてきましたのよ。だから、身も心も捧げる覚悟はとうにできておりますわ」


「……うぅ、辛い。あのね、アンジュちゃん。二度と男の人にそんなことを言ったら駄目だよ? 年端もいかない幼女が、身を捧げるとか絶対に駄目だから。お父さんは許しませんよ」


 ロキ様は苦しげに胸を押さえて泣きそうな表情を浮かべた。

 私は自分の体を見下ろす。発育は悪くない方だと思う。出るところは出ているし、腰はくびれているし、身長だってそこまで低くない。

 ヴィオニス様やロキ様に比べてしまうと小柄だけれど、女性としてはそこまで小さいというわけではない。

 それとも魔族の女性はとんでもなく皆さん大きいのかしら。


「お父さんではありませんわ。旦那様です。私はメイドですから、旦那様のために今日から炊事洗濯身の回りの世話を全てさせていただきます。……不慣れですけれど、なるべく頑張りますわ」


「心が痛い」


「慣れてくださいまし」


 ロキ様は人を使うということに慣れていないのかもしれない。

 魔王らしい魔王の時代は終わってしまったようなので、人を使うのは久しぶりなのかもしれない。


「アンジュちゃん、僕は良いお兄さんだからただ働きさせたりしないからね? アンジュちゃんが働きたいっていうんならお給料はちゃんと払います。そうだねぇ、可愛さを上乗せして時給三万円とかでどうかな」


「じきゅう? さんまんえん?」


「一時間働いて三万円ってこと。アンジュちゃんは住み込みだから、一日二十四時間でしょ。一日あたり七十二万円。一ヶ月で大体二千万円」


「ロキ様、こちらのお金の価値はよくわかりませんが、それはなんだかいけない感じがします。いかがわしい気がするので駄目です」


 貨幣価値がよくわからないのだけれど、多すぎる気がして私は首を振った。

 ロキ様は私を幼女だと思っているので、思う存分甘やかす魂胆だというのが、その単位から透けて見えた。


「ど、どこら辺が如何わしいのかな……?」


 そっと視線を逸らしながら、ロキ様が言う。

 やっぱりいかがわしかった。自覚があった。悪い人だ。魔王なので当然だけど。


「お金、いりませんわ。使い道、ありませんし。一緒に住まわせていただけるだけで充分ですのよ」


「謙虚……なんて謙虚な幼女なんだ……。アンジュちゃんのために僕もヴィオニスと巫女にギャフンと言わせたくなってきたな」


「それでは、世界征服してくださいますのね!」


「しないけど」


 私はがっかりした。

 けれどまだまだこれからだ。そのうちロキ様の気が変わるかもしれない。


「アンジュちゃん、僕のアパートがあそこね。で、まっすぐ歩いて来たでしょう? この横断歩道を渡って更にまっすぐ行くと、デパートがあるからね」


「おうだんほどう。でぱぁと」


「そう。家に帰ったら、交通安全の本をあげるから、車とか横断歩道とか、信号とかは覚えられると思うよ。デパートは、物が沢山売っている所。商店街っていえばわかる?」


「はい。わかりましたわ」


 商店街ならわかる。

 私は街でお買い物をしたことはないけれど、そういった場所があることは知っている。

 ピオフィニア侯爵家の領地では西の港町が貿易港として栄えていた。海の向こう側の国の食材や布や雑貨などが売られているのを、馬車の中から見たことがある。

 でぱぁとというのはそれに似た場所なのだろう。


「ご飯とか、洋服とか、日用品とかは、大抵デパートに売ってるから、他の場所は覚えなくても大丈夫」


「それは素晴らしいですわね、なんでも揃っていますのね」


「そうそう。魔界村一番街の中ではそれなりに大きいお店だから、色んな魔族が買い物に来てると思うよ」


「魔族の方々は人間である私を嫌いませんの?」


 私は心配になってロキ様を見上げた。

 ロキ様は不思議そうに首を傾げた後、楽しそうに笑った。


「嫌わないよ。アンジュちゃんたち人族はどうにも勘違いをしているみたいだけど、魔族の国は僕の魔力で維持されている場所で、アンジュちゃんの住んでいるスアレス帝国とは違う場所にあるんだよ」


「違う場所……」


「うん。で、アンジュちゃんたち人族を襲う魔族……魔物っていうのは、知能の高い僕達とは違う下級魔族のことね。僕達の中では、あれは動物扱いなんだ」


「つまり、スアレス帝国にいる魔族は、魔族ではなくて、魔物。獣に近い、ということですのね」


「そうそう。ちゃんとした魔族は人を襲ったりしないし、むしろ人族のことは幼くて可愛いって思ってるから大丈夫」


「それは、私が学んできた魔族の方々についての知識とは、まるで違いますわ」


「そうだろうね。僕はこの国を巫女たちの住んでる場所みたいにしたかったから、帝国の人たちとはあんまり関わろうとしてこなかったし。時々、巫女が来た時だけ、ふははは、愚かな人間どもめー、この私が支配してくれるー! とかって、魔王風演技をした後封印されたふりをしてたから、アンジュちゃんが知らなくてもしょうがないよ」


「そうですのね。……でも、それなら良かったです。お買い物に行くたびに、魔族の方に襲われては、メイドとして立派に働くことができませんので」


「アンジュちゃんは、僕がアンジュちゃんを一人きりで買い物に行かせるとか思ってるの? そんなことするわけないじゃない! そんな危ないこと……!」


「今ロキ様は、魔族は人を襲わないっておっしゃいましたわ」


「魔族は危なくないけど、もし車に轢かれたらどうするの? 迷子になっちゃったら? 歩いてる最中に転んだら? 荷物が重くて歩けなくなったら? 無理、駄目、心配すぎる」


「ロキ様、私この通り立派な大人ですのよ。よく見てくださいまし」


「絶対駄目。お父さんは許可しません」


「……過保護ですわ」


 私は小さく溜息をついた。

 ロキ様は「過保護で何が悪いの。アンジュちゃんは小さいんだから、一人で買い物とかは駄目」と開き直っていた。



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