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六畳一間の魔王っぽいお兄さん


 この戦いが終わったら、結婚しようと言って私の王子様は旅に出た。

 これは比喩表現じゃない。

 私の王子様は、正真正銘、本物の王子様なのだ。

 ヴィオニス・スアレス。

 スアレス帝国の王太子殿下。

 長く美しい金色の髪と、青い瞳の美しい方。次期帝王となられるヴィオニス様。

 私の婚約者――だった。

 ヴィオニス様は、一年前に魔王討伐の旅に出た。


 ヴィオニス様と幼い頃に愛を誓い、結婚を約束したピオフィニア侯爵家の長女、アンジュ・ピオフィニア。

 それが私。


 私は赤毛で薄桃色の瞳を持つ全体的に赤っぽい印象の、それなりに整った見た目の女だ。

 そんな私はヴィオニス様が旅立って一年、十七歳の誕生日をとっくにむかえていた。

 十七歳。それは、十五歳で結婚をする貴族令嬢もいる中で、あと一つ年を取ると適齢期を少し過ぎてしまうという、微妙な年齢。

 私は毎日聖殿でヴィオニス様の無事をお祈りをしながら、お帰りを待っていた。


 魔王の封印の為に、スアレス帝国に異世界からの巫女様が遣わされたのは、一年前の事だった。

 巫女様の名前はカシワギ・アカネさん。

 スアレス帝国ではあまり見ない、黒髪で黒い目を持つアカネさんは、私と同じ歳だ。

 突然アカネさんが帝国に現れたとき、アカネさんはまだ十六歳だった。

 こんな若くて可愛らしい方が、魔王を封印するための鍵となる巫女様なんて、大変な事だと思ったのをよく覚えている。


 それなので私は、巫女様の無事も祈っていた。

 どうか怪我のないように。我が国の為に別の世界から遣わされてしまった巫女様が、無事に元の世界に帰ることができるようにと、熱心に祈りを捧げていた。


 そうして一年。

 やっと、ヴィオニス様がお戻りになった。


 お戻りになったヴィオニス様は――どういうわけか、巫女様との間に、子供をひとりもうけていたわけである。


「というわけなんですの」


「そういうわけかぁ……」


 私は今、畳、という見慣れない床材の上にじかに座って、切々と自分の状況を説明していた。

 狭い部屋だ。

 畳が六枚分だから、六畳というらしい。

 六畳の畳のお部屋には、お布団と呼ばれるぺたっとした見慣れない寝具が置かれている。


 お布団の上にいるのはぼさぼさした白い髪と切れ長の灰色の瞳を持つ、白い肌の全体的に白っぽい見た目の男性だ。

 よれよれしたシャツの隙間から、胸板が覗いている。


 男性の素肌を見る機会のなかった私は、なるだけちらちら見える胸板から視線を逸らした。

 その男性は、見た目はまぁ良いのだろう。

 ヴィオニス様のようなきりりとした魅力は無いものの、切れ長の瞳も、薄い唇も、高い鼻筋もとても整っている。

 ただ、だらしがない。

 お布団という名前の寝具の上にごろごろと寝転がりながら、私の話を聞いているんだか聞いていないんだか、曖昧なよく分からない返事をした。


「それで、アンジュちゃんはどうしたいの? こんなところまできて」


「ロキ様、……ロキ様は、封印されてしまったから、そんなにだらしなくて情けのないお姿をしていらっしゃるのでしょう? 私……、ロキ様に血を捧げに来ましたの。魔王復活の禁書によれば、ロキ様は清らかな乙女の血を体に浴びる事で、お力を取り戻すことができるのだとか」


「そんな設定だっけ」


「私、婚約者はいましたけれど、体は清らかですわ!」


「そうなんだ。アンジュちゃん、そんな大声で言うと隣に聞こえちゃうからやめようね」


 男性は困った顔をしながら、口元にしいっと指を当てた。

 私はじわりと涙が目尻に溜まってくるのを感じた。


「ロキ様、私の血をお使いくださいまし……! そして、どうか……、世界征服の夢をかなえて下さいまし! 私、復讐ができるのなら、この命など惜しくありませんわ……!」


「アンジュちゃん、困ったなぁ、泣かないで……!」


 男性はぽろぽろ涙を溢す私を見て、慌てたように起き上がった。

 それからよしよし、と言いながら涙を薄い紙のようなもので拭ってくれる。

 ハンカチじゃなくて、薄い紙。

 薄い紙は四角い箱に入っていて、しゅっと引き出すと沢山出てくる仕組みになっているようだった。

 なんというか、便利だ。


「ほら、よーし、よーし。泣かない、泣かない。良い子だね、飴をあげよう」


 そう言うと、男性は私の口にピンク色をした棒のついた宝石のようなものを突っ込んだ。

 とっても甘い。イチゴみたいな味がする。


「ロキ様、美味しい……」


「良かったねぇ、飴、いっぱいあるから。だから泣かないんだよ、お兄さん困っちゃうから」


 ぐりぐりと、男性は私の頭を撫でる。

 私はしばらく口の中であめという名前の甘いものを、ころころ転がしていた。


「口の中に甘い唾液が溢れてきたのですが、これは飲み込んで良いのですか?」


「ん? いいよぉ。飲んじゃって。食べ物だから、飴ちゃん」


「あめちゃん、美味しい……」


 飴はおいしいけれど、私は悲しい。


「うぅ……ヴィオニスさまのばかぁ……浮気男……っ」


 新しい涙がぽろぽろ零れてくる。

 男性は、――ロキ様は困ったように深い溜息をひとつついた。


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