第1話 旅立ち
「ユイトよ、王都へ行くのか」
「うん、この村は小さいからね。王都はすごく大きな都市なんだって」
「それなら、我もついて行こう。ユイトだけでは不安だからな」
「うん、ありがとう。キイエ」
僕はこの世界で最強の生物であるドラゴンの背にまたがり、王国の首都であるエルトナを目指す。
「僕も少し不安だったんだ。でも旅立つ時っていつか来るもんだろ。自分の力でできる限り頑張ってみるよ」
「そうだな。我れも幼き頃に故郷を旅立った。不安と期待を胸にな」
「キイエの小さい頃って、どんなんだったの」
「ああ、あの頃は楽しい事ばかりだったな。聞きたいか?」
「うん、お願いするよ。王都に着くまでは、まだまだ時間があるからね」
◇
◇
「ねえ、ねえ。お母さん。あの山の向こうはどうなってるの」
深い緑の絨毯が敷かれたような鬱蒼と続く森の彼方、万年雪を頂く高い山が連なっている。ここは山に囲まれた広い場所。ボクが生まれ、お父さんやお母さん、そして仲間のドラゴン達が暮らす所だ。
「山の向こうには海があってね、その先には私達とは別の種族が住んでいる土地があるのよ」
「別のと言うと、あの魔獣より大きいのもいるの」
「魔獣じゃなくてね、もっと小さいけど人の言葉を話す種族の事だよ」
人の言葉? ボクはお父さんやお母さん、他のドラゴンとも話ができるけど魔獣達とは話せない。 おしゃべりできる動物?
「獣人、リザードマン、エルフ、ドワーフ、それに人族。そんな色々な種族が暮らしているんだよ。でもあんたには、まだ話すのは無理だろうね」
ボクも色んな事ができるようになってきた。空を飛んだり炎のブレスを吐いたり、空から石を落とす事も教えてもらった。ボクはまだ小さいし他のみんなみたいに上手くはできない。だから人の言葉を話す事ができないのかな。
ここには大きくて恐い魔獣も沢山いるけど、この森での生活は楽しい。食べ物もいっぱいあるし、キレイな湖や広い原っぱもある。それに仲間のドラゴン達がいるもの。
でも山の向こうに暮らしているという種族にも興味がある。あの山を越えたら何があるんだろう。そう考えるだけでドキドキワクワクしてしまうよ。
ある日、お父さんとお母さんから許可をもらって、山の頂まで行ってみた。そこから見えるのは、ボク達の住む同じ緑の森と遠くにある青い海が広がる風景。その遥か彼方には微かに陸地が見える。
ボクもいつかその種族達に会いに海を越えて行きたいな。
そして数年が経ち、ボクも少しだけ大きくなった。
「ボク、あの山を越えて海の向こうへ冒険に行ってみたいです」
「息子よ。海の向こうは争いの絶えない野蛮な世界だ」
「そうよ。狡猾な種族もいるわ。危険な所なのよ」
お父さんとお母さんは反対のようだ。ボクの事が心配なんだね……でも。
「この世界は広いんでしょう。その世界を見に行ってみたいんだ」
お父さんとお母さんは外の世界を知っている。大人のドラゴン達は海を越えて、世界を飛び回っている者もいる。ボクも広い世界を見てみたいんだ。
「そこまで言うなら許そう。だが我々の強大な力を無暗に使ってはいけない」
「そうよ。その力を利用しようとする者もいるのよ。注意しなさい」
ドラゴンの力は、この世界を焼き尽くして滅ぼすことができると聞いた。ボクには無理だろうけど、ボクが傷ついたら他のドラゴンが世界を滅ぼすかもしれない。
「お前自身が危険だと思った時、それとお前が信用する人族のためになら、その力を使う事を許そう」
「人族のために? 人族ってどんな種族なの」
「黒い髪、黒い瞳を持つ種族だが、お前も会えば分かるさ」
そうなんだ。でも色んな種族がいっぱいいるって言っていた。人族以外の人にも会ってみたいな。
旅立ちの日。お父さんとお母さんが山の麓まで見送りに来てくれた。
「自分で決めたことだ、まずは頑張ってみろ。いつかまたこの地に戻り、元気な姿を見せるんだぞ」
「寂しくなったら、いつでもここに帰って来ていいからね」
「うん、ボク頑張るよ。お父さん、お母さん、元気でね」
手を振ってボクを見送る両親を後にして、まずはこの山脈を越えて海を目指してみよう。この日の空は晴れ渡り、心地のいい風が吹いている。その風に乗って高い山頂を飛び越えて、真っ青な海の先にある大陸へと向かった。
大陸に来てからは、色々な所を飛び回った。この大陸の森には見た事もない魔獣が沢山いた。ボクひとりじゃ敵わないような強そうな魔獣もいるぞ。あれには近づかない方がいいよね。
大地には深い緑の森と、平原が続いているのは故郷と同じだけど、違うのは所々にゴチャゴチャと何かが集まっている丸い土地がある事だ。
「あれが獣人達など、ボクと違う種族が住んでいる住処かな」
その上を飛んで下にいる人達に声をかける。
「お~い、君達。なんでそんな狭い所にいるの。もっと広い場所があるよ~」
すると、丸い場所にいる人達が集まって来て、弓や魔法で攻撃してきた。何なんだ、あの人達は? 長い棒を持った人や金属を身にまとった人達もいる。
別に大した攻撃でもないし、人族に言われてないから反撃しないけど変な人達だ。あれが言葉を話すという種族なんだろうか。
お父さんが言っていた人族の人なら、ボクとおしゃべりしてくれるのかな。
その後は、話をする種族の住処の上を飛ぶときは静かに飛ぶようにした。そうすれば攻撃もされない。その後も住処のある場所を選んで飛んで、人族を探してまわったけど見つからなかった。
大陸の反対側にも旅をした。そこには青い海があったけど、その先は何も見えず静かな海が広がるばかり。南の島国も少しだけ見に行ったけど、壊れた町があるだけで誰も居なかった。今度は北の寒い土地にでも行ってみようかな。ボクの冒険はまだ始まったばかりだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
本編に出てきました、ドラゴンのキイエの物語です。
この作品は熱心な読者様からのリクエストで、外伝として書き上げたものです。
本編完結を記念した短期連載となりますが、よろしくお願いします。
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今後ともよろしくお願いいたします。