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9 やっぱり、普通のフェネックじゃないの?2

 鳥居をくぐると風雅な池があり、太鼓橋がかかっている。その先に階段があり、本殿が見える。


 だが、小弥太(こやた)は鳥居をくぐる寸前で、唯の腕から飛び出した。


 太鼓橋の前で、「行こう」と声をかけても小弥太は一歩も動こうとしない。


「小弥太、どうしたの? やっぱり嫌なの?」

 唯が心配して声をかける。小弥太に無理強いはしたくない。動物の本能で何か感じ取っているのだろう。


「違いますよ。お嬢さん、その狐様は礼儀正しいのです」

 落ち着いた声が響いてくる。後ろを振り返ると色袴に雪駄をはいた40代と思しき男性がいた。


「瑞連の父で、ここの宮司をしている瑞穂(みずほ)と申します」

 といって、瑞連の隣でにっこりと笑う。こちらは渋いイケメンだ。しかし、瑞連の父親にしては少し若い気がする。


「こんにちは、高梨と申します。あの、礼儀正しいって?」

 唯は腰を追って挨拶すると、疑問を口にした。


 すると宮司が小弥太に声をかける。

「お狐様、どうぞこちらにお入りください」

 

 小弥太が鳥居をくぐり、ちょこちょこと太鼓橋を渡る。


「え、どういうこと?」

 さっぱりわからない。


「よその家には招かれなければ、入らないものなのですよ。人でもそうでしょう?」

「よその家? ですか」

 唯が目をぱちくりした。


「そう、正しくはよその神域とでもいいましょうか。別の神様が住んでいますからね」


 ――小弥太、何者なの?


 唯はちょっと不安になった。


 その後、小弥太とともに唯は本堂に上がり、お祓いをしてもらうことにした。


 小弥太の首輪を外すように言われ、盃から酒を一口飲んだ。


「何があっても祝詞が終わるまで声を立てないでくださいね」

 と注意されて、どきどきした。何かが起こるのだろうか。


「小弥太、苦しみませんよね?」

「むしろ楽になるかと」

と瑞穂が柔和な笑みを浮かべて言う。


 いよいよ祝詞が始まる。

 神鏡の前に小弥太、その後ろに唯が座り、隣に瑞連が座る。


 小弥太が心配で、ずっと見ていた。

 祝詞が唱えられ、宮司が御幣(おおぬさ)を左右に振ると小弥太の姿が揺らいだ。驚いて声を上げそうになり、あわてて悲鳴を飲み込む。

 

 その間にもゆらゆらと揺らぎ、小弥太の輪郭がぼやけてきた。やがて光に包まれ、やはり消えてしまうのではないのかと不安に思い始めた頃、光が和らいだ。


 しかし、次の瞬間、唯は目を瞬き、更に目をこすった。小弥太がいたその場に紺絣の着物を着た男の子がちょこんと座っていた。


「へ? 小弥太は?」


 唯の声に男の子が振り向く。髪は白銀で瞳は琥珀色で吊り気味の切れ長な目元、とても整った顔をしている。驚くほど綺麗な子だ。


「誰が、小弥太だ。死んだ飼い犬の名を付けるなど、呆れた奴だな」

 男の子が尊大な口調で言う。声変わり前の高く澄んだ声だ。


「え! ちょっと待ってよ! 小弥太はどこよ! 小弥太を返してください!」

 唯は我を忘れて叫んだ。


「高梨さん、落ち着いて、その男の子が君の連れて来たお狐様だよ」

 隣に座る瑞連が言う。


「嘘よ、そんな……。だって、男の子じゃないですか! それに小弥太はこんなこと言いません」

「うるさい女だな」

 男の子が呆れたように唯を見て、大人びた口を利く。


「へっ?」

 唯は呆気に取られて男の子をまじまじと見る。小弥太はもっと可愛いはずだ。


「高梨さん、それがあなたのお狐様ですよ。変化(へんげ)しているところを見ていたではないですか?」

 宮司にとどめの一言を言われた。


「そんな……子供じゃないですか。ねえ、あなたお父さんとお母さんは?」

「だから、高梨さん、これは物の怪であって、人ではありません。見た目と年齢は一致しないものですから、恐らく子供ではありませんよ。長く封印されていたので、力を失って弱体化しているだけだと思いますよ」


「もう、フェネックに戻らないのですか?」

 唯が涙目で訴えた。これには宮司が答える。


「いいえ、正体を現しただけで、完全に呪いが解けたわけではありません。時間がたてば、人型を保てなくなり、狐の姿に戻りますよ」

「そうなの? 小弥太」

 聞くと男の子が頷いた。

「そういうことだ。もうここには用はないだろう。さっさと連れて帰れ、どうもここは居心地がよくない」


 そう言って、小弥太が唯の前に首を出し、リードを差し出す。


「え?」


 唯は目を瞬いた。


「さっさとつけろ。東京ではリード無しで歩けないのだろ? お前がそう言っていたではないか」


 美少年が不思議そうに首を傾げる。そうすると、とてもかわいい。やはりこの子は小弥太だ。そこで唯はハッとする。


「ち、違うから! 今の小弥太にそんなものつけたら、私、通報されるから!」


 唯の絶叫が響いた。



 その後唯は、社務所でお茶を出された。宮司はまだ御勤めがあるかと席を立ち、今は瑞連と二人だ。


「あの、お代は」

「ああ、今日はいらないですよ。頼まれもしないのに、強引にお祓いをしてしまったから。あなたにとっては不本意だったでしょう。それで高梨さんは今日は何を占いに来たんです?」


 と瑞連に聞かれた。


「東京に出てからいいことないんです。それで開運出来たらいいなと思って来たんです。ついこの間もバイトを首になったばかりだし」

「おやおや、それは、またどうして?」


「ラーメン屋で働いていたんですが、餃子を運んでいる途中でお客様の足を引っかけて転ばせられたんです。それで、別のお客様に餃子が」


 あれは悲惨な思い出だ。唯はすぐに謝った後、客に足を引っかけられたと説明した。だが、その足を引っかけた客が「濡れ衣だ」と逆切れしたのだ。その後店長はカンカンで、唯は直ぐにくびになった。


「それはひどい話だね」


「はい、なんだか、こっちへ出てきて、こんなことばかり続いて。東京の水が合わないのかなとも思ったんですが、他に行く当てもないので、それで原田さんから聞いてここに占ってもらいに来たんです。運が開けるといいなと思いまして。他力本願です」


 すると瑞連がくすりと笑う。


「もしかして、その足をひっかけた客って、君のストーカー?」

「え? どうしてそれを」


 唯はびっくりして目を瞬いた。今までそれを人に話したことはない。こちらに来てから、やたらストーカー被害が多いのだ。実はそれで一回引っ越しを経験している。


 人に言っても自意識過剰だと言われるだけだから、誰にも相談したことはなかった。



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