8 やっぱり、普通のフェネックじゃないの?1
フェネックと暮らし始めて一週間が過ぎた。
相変わらず小弥太は唯が買い物から帰ると玄関でお出迎えしてくれる。なんなら、お見送りまで。
そういえば、舞香にフェネックの事は言わなかった。
あの時は何となくフェネックはここにいつかないような気がしたのだ。
今はもう小弥太のいない生活など考えられない。
昼食を済ませると唯はフェネックに言った。
「ねえ、小弥太、今日は長い時間、お留守番出来る? 私、午後からお出かけするんだけれど」
今日は二時に、占い師のところへ行くのだ。
フェネックは興味がなさそうに毛づくろいを始めた。賢いフェネックだから、大丈夫だろうと、唯は出かけることにした。
着替えをして軽く化粧をする。今日は白のカットソーに細かくプリーツの入ったロングスカートだ。
出かけようとする唯の前で、フェネックがぽんぽんと前足でエコバッグを叩く。
「なに? まさかとは思うけれど、エコバッグの中に入ってついて来るつもり?」
唯がエコバッグを拾うと、フェネックが素早く潜り込んできた。
「え? うそでしょ?」
余りの賢さに、背筋がぞくりとした。しかし、よくよく考えるとむく犬の小弥太もこれくらい賢かった。
「やっぱり、あなた小弥太の生まれ変わりなのかしらね?」
エコバッグの中でまるくなって、大きな耳としっぽに埋もれるフェネックを見ながら、唯は不思議そうに首を傾げた。
♢
駅まで十五分の道のりを歩き各駅停車で二駅、そこからバスに乗った。
占い処はおおきな公園のとなりにあり、参道の両側には高い木が茂り、そば屋や甘味処が軒を連ねていた。
占い処はその一角、鳥居のそばにあった。紺地の暖簾に白抜きで『占い処』と出ている。
平屋の日本家屋で風情があるが、看板に料金がきっちり書きこまれているのを見て、唯は現実に引き戻された。
占い処に小弥太を連れて入れるか迷ったが、ペットOKとは書いていないので、建物の外の柱に繋いでおくことにした。丁度そこにはひさしがあるので暑さをしのげるだろう。幸い今日は風もある。どこからか風鈴の音が涼やかになっている。
「ちょっと待っててね、小弥太。十五分くらいで終わるらしいから」
中に入ると待合室になって丸椅子が並べられていた。唯は受付をすませて椅子に座る。予約制のせいか思ったほど混んではいない。
占い師がいるドアは三つあり、常に三人の占い師が常駐していると舞香が言っていた。どの占い師も当たることで評判なのだそうだ。
舞香曰く、その中でもお勧めなのが、イケメンで隣の神社の息子である瑞連とのこと。
ほどなくして、唯は呼ばれ中に入った。
唯がガラガラと引き戸を開けた途端、がたりと音がした。みると水干姿の二十代半ばと思しき端整な面立ちの男性が、驚いたように唯を見て立ち上がっている。
「これは久しぶりに見たな」
占い師と思われる男性が前のめりに言う。彼が瑞連なのだろう。
「はい?」
「君、憑き物付きだね」
「はい? つきものつき?」
確かに舞香の言う通り顔はいいが、占い師の言葉が謎で唯は固まった。この人、大丈夫だろうか?
「そうだね。外にいる狐を連れてきてくれる?」
「え? どうしてわかったんですか!」
唯はびっくりした。臭いでもついていたのだろうか。小弥太は別に臭くない。それどころかいい匂いだ。
「いや、それが君の憑き物だからだよ」
ますます意味が分からない。
「そんなわけないです! 普通に見えてますし、柔らかいし、ふかふかしているし、可愛いし、ご飯もよく食べます。私のペットです」
唯がむきになって言うと、占い師はコホンと一つ咳払いをする。
「良好な関係を築いているようでよかった。が、憑き物をペットと言い張る人は初めて見ましたよ。何も僕は君のキツネを悪いものと言っているわけではないから、ここに連れてきてください」
と瑞連は苦笑する。
「はい……」
よくわからないまま、唯は一端退出して、小弥太を連れて来た。
「ほお、これは見事だ」
占い師が物珍しそうに言う。小弥太は唯の腕の中で大人しくしている。
「で、この子はどこからどう見てもフェネックですよね?」
すると占い師が笑いだした。
「いや、違うでしょう。姿かたちはそうでも、その金色の目を見て何も感じませんでした?」
「まあ、確かに色合いは珍しくて綺麗かなと。でもフェネックは砂漠の国から来たのでそういう事もあるのかと」
「とりあえず、隣の神社に行きましょう。それ、フェネックではありませんし」
唯もなんとなくおかしいとは思っていた。
「まさか、お祓いをするのですか?」
「そう、その狐君のね」
「嫌です。小弥太が消えちゃう」
唯がぎゅっと小弥太を抱きしめる。
「違いますよ。その狐には呪がかけられている」
「呪?」
「はい、おかしな術が施されているようです。恐らく祠かどこかに長く封印されていたのでしょう。最近どこかで古い祠をあばきましたか?」
なぜ、彼は次々と言い当てるのか……。
「あの、大学のサークルで肝試しとか言って、先輩が悪乗りしてしまって。ついて行った上に、止めきれなかった私も同罪ですね」
「ふふふ、悪いものではなくて良かったですね。少なくともあなたにとっては。面白半分で神域を荒らすような連中とはお付き合いしないことをお勧めします」
そう言って占い師瑞連は立ち上がり、店を出て受付に「少し留守にします」と声をかけた。
唯は水干姿の瑞連に連れられて店の裏口から出た。
「父が、ここで神主をしていましてね。こういうことに詳しいんです。まずは見てもらいましょう」
――どうして、こうなった。




