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5 一人と一匹

「どうしよう。この子、宿のペットだったのかしら。それとも誰かのバッグと間違えた?」

 唯は、慌てて自分のキャリーバッグの中身を調べる。貴重品はあり、このバッグが唯のものだと示している。が、衣類のほとんどがない。


「ええっと、まさか……誰かの嫌がらせ?」


 衣類を抜いて、何者かが唯のキャリーバッグの中に、フェネックを閉じ込めたようだ。


 しかし、フェネックは高額なペットだし、そのような金のかかった嫌がらせをするものがいるだろうか? 


 こんなに可愛い生き物をキャリーバッグに閉じ込めるなど考えられない。

 

 唯は訳が分からなくて首を傾げた。


 それに茶色いフェネックは見たことあるが、真白で金色の瞳のものは見たことがない。


 いずれにしてもこんな奇妙で金のかかったいたずらをする者がいるとは考えづらい。宿のペットが唯の荷物に紛れ込んでしまったと考えるのが一番納得がいく。 


 唯は早速、宿屋に問い合わせてみることにした。飼い主はきっとさがしているだろう。

 しかし、電話に出た宿の女将にかいつまんで事情を話すと


「は? フェネック? なんですか? それ」

 と不思議そうに聞いてる。


「ええっと、あの小さな狐みたいな……」

「え! 狐」


「はい、そうです。付いてきちゃったんだと思うんですけれど。そちらで飼われていたペットではないんですか?」


「あんたがた、もしかして祠にいったのかい?」

 女将が探るように聞いてる。


「え? 祠って竹林にある?」


「やっぱり、いったのかい? あばいたんだろう? そうか、お札を破いたのは、あんたたちか! そりゃあ、自己責任ってものだよ。それはあんたの狐だ。私らは知らん」


 そこで、電話はガチャリと切れた。唯は女将の豹変ぶりにあっけにとられた。宿で世話してくれた時は感じの良い中年女性だったのに。


「あんたの狐って、なんなの……? ってかどう見てもフェネックだし」


 まじまじとフェネックを見ながら呆然としていると、ぐるぐると唯の腹がなった。


「そういえば、お腹空いてない? お水呑む?」


 唯の問いかけにフェネックはつぶらな瞳を向け、首をかしげた。


「かわいい! 今、晩御飯買って来てあげるからね」


 現金なものでフェネックの可愛さに癒され、疲れが飛んだ。とりあえずなぜフェネックがキャリーバッグにいたかという問題は棚上げにした。


 ――そういえば、ここのマンション、ペットOKだったっけ?


 そんなのんきなことを考えながら、唯は近くのコンビニに走った。ネット調べによるとフェネックは猫缶のようなものも食べると書いてある。


 自分用のおにぎりとサラダ、フェネックのために猫缶を買い込んでマンションに戻った。


「ご飯買って来たよ」


 部屋に入るとフェネックがぱたぱたとしっぽをふる。うれしいのだろうか? 部屋を見回す荒れていない。どうやらかなり賢そうだ。


「さあ、どうぞ」


 猫缶を皿にあけてだしてやる。


 その横でソファーに座り、唯は鮭にぎりの包みを開いた。すると電光石火の早業でおにぎりをぱくりとフェネックに奪われた。


「あれ、おにぎりの方がよかったの?」


 そういえば、人間の食べ物も食べると書いてあった。昆布のおにぎりの包みを解くとそれもあっという間に奪われた。


「嘘でしょ?」


 仕方なく唯は残ったサラダだけを食べた。フェネックも食べるかと思い、レタスを近づけてみたが、お気に召さなかったようで、顔を背けられた。それは猫缶に対しても同じで、まったく口をつけない。

 

 ――おにぎりよりお高い猫缶が無駄になってしまった。


 それから、旅行の荷物を整理して、唯がシャワーから出て来るとフェネックは、リビングのソファーで丸くなって眠っていた。白い毛が、ふわふわしていてとてもかわいい。


「この子、トイレとか、どうなのかしら?」


 とりあえず、フェネックの眠るソファーの下に桶を置いておいた。

 この中にしてくれないかなと思いつつ。唯はすっかりフェネックと暮らす気になっていた。


 それから、居間の奥にある寝室に入った。疲れていたのかあっという間に眠りについた。



 翌日目が覚めると10時を過ぎていた。随分と合宿で疲れていたようだ。唯は直ぐにフェネックのいるリビングを確認する。


 するとピンと耳を立てたフェネックと目が合った。大きく切れ長な目をぱちくりとする。なんだか、「おはよう」と言われた気がした。


 昨夜は電話で宿屋の女将が祠だの狐がどうのだのと言っていたから、朝起きたら消えていなくなっているような気がしたが、そんなことはなく、正真正銘のフェネックがちょこんとリビングに座っていた。


 唯はそれを見て嬉しくなった。


「そうだ。あなたにお名前つけてあげなきゃね」

 するとフェネックが首を傾げる。


小弥太(こやた)でどう? 昔、実家で飼ってたむく犬が小弥太って名前だったの。とってもかわいくて賢い犬だったんだよ」


 小弥太は唯が小さな時に、唯を庇って死んでしまった。白くてとても賢い犬だった。

 フェネックが首をぶんぶんと振る。


「嫌なの? でも決定ね。あなたは小弥太の生まれ変わりかもしれないから、今度は私が守ってあげる」


 唯が笑いながら言うと真白な毛玉のつぶらな瞳がじっと見つめてくる。綺麗な琥珀色の瞳は、まるで人の話が分かっているようで不思議だ。


「フェネックって、こんなに賢かったっけ?」


 冷蔵庫には飲み物が入っているだけなので、唯はフェネックの為に水を用意してやり、早速買い物に出かけた。



 今度はフェネックの分のおにぎりも用意した。それから、夜ご飯の材料を買い、ペットショップにもよる。


 フェネックの為にゲージやトイレを買おうとしたが、ゲージは高いのでやめてトイレなど必要最低限のものを手に入れる。


 そういえば、今朝起きた時フェネックはどこにも粗相していなかった。それとも唯の気付かないどこかに糞をしているのだろうか?



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