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番外編 夕食と小弥太の夜話2

昨晩0時頃読んでしまった方は、すみません。投稿失敗しました。

訂正が入っています。新たにルビも入れました。



 話を聞いた検非違使(けびいし)は、すぐさま女が仕えていた屋敷に行き、男の遺体を検めた。

 それは無残なもので、男はめった刺しにされていた。

 恐怖に顔を歪め、カッと目を見開き、絶命している。苦しみ恐ろしい思いをしたのだろう。


 検非違使庁に戻り、縄を打った女の取り調べは続く。役人たちが女を取り囲んだ。


「なぜ、あのような無残な真似を?」

「あの人は私を裏切った!」


 先ほどまでぼうっとしていた女が、突然激しい怒りを見せる。


「しかし、一人の男に何人もの女がいてもおかしくはない。お前だって自分の(つぼね)(自室)にあげたのはその男一人ではないだろう」


「違う。あの人は私だけだと誓ったんだ。一度ならず二度も約束を破るとは、許せない」

 女の目がらんらんと光り狂気を帯びる。


「そんな誓いなど、あてになるものか」

 呆れたように検非違使が言う。


「口惜しや、口惜しや」


 女がゆらゆらと揺れながら、呪詛を呟くように繰り返す。そのうち、ずんと空気が重くなってきた。真夏なのにも拘わらず。空気がぴんと張りつめ、背筋にぞくりと寒気が走る。


 吊り燈篭に灯る火がゆらゆらと揺れては瞬き、今にも消えそうだ。空気が澱み妙に息苦しい。


 そのうち女に変化が現れた。額に二つのコブが盛り上がって来る。

 役人たちは「どうしたのか」と女に声をかけようとしたが、どういう訳か体が動かない。


 その間にもコブはどんどん大きくなり、やがてそれがのびていき鋭い角になる。


 唇が裂け牙がのぞき、爪が伸びる。女とは思えない怪力で、ぎりぎりと縄を引きちぎった。


「あの男は今世でも私を裏切った!」


 見る間に恐ろしげな鬼の顔になった女がしゃがれ声で言う。


 金縛りにあい、誰一人として動けない。


 検非違使は金縛りの体を必死に動かそうと試みる。経を頭の中でとなえると、ふっと体が軽くなり拘束が解けた。


 彼は立ち上がり剣を握ると、一刀のもとに鬼の首を切り落とした。

 すると鬼は徐々に人の姿をとりもどし、角は消え、その死顔は悲しみにくれた女のものに変わった。




「その女房は不実な男の人を心から愛していて、浮気されたから鬼になったの? なんか・・・凄い執念だね。でも小弥太、そんなふうにフラれて、人が鬼になってしまうのなら、この世の中は鬼だらけにならない」


 唯が疑問をぶつける。


「ああ、屋敷の主人も、もともと女は化生の身であったのではないかと考えた。だが、雇う時に身元調査はきちんとしているし、知人からの口利きで来た女だ。だから、物の怪であったはずがない。それで、十日の後、女の霊を呼んで確かめることになった」


 小弥太が淡々と語る。


「ちょっと待った! 小弥太なんでそこでいちいち女の霊を呼び出すのよ! それ必要?」

 唯は震えあがった。怪談は苦手だ。


「そういう時代だったのだ。大丈夫。そう怯えるような怖い話ではない。サクッと終わる」


 またも話を中断した唯を瑞連と村瀬が生温かい目で見ている。

 そして小弥太の話は続いた。



 ――小弥太の夜話――


 果たして、高名な僧の呪文により、よりましの少女の体に女の霊が憑依した。


「お前は、なぜ鬼に変化した。化生のものか?」

 僧が霊に問う。


『・・・前世の報い・・・』。

 しゃがれた声で女の霊に憑依されたよりましが話す。


「前世の報いとは、どういう事だ」

『あの男は前世でも私を裏切った。結婚の約束をしていたのに。他の女を妻に迎えていた』


「その恨みもあってお前は鬼に変化したのか」


『違う・・・最初は女を恨んだ。だが、その女は私の存在を知らず、一途に男を慕っていた。そして男も女を大切にした。ただ私が捨てられただけ。・・・男が憎くて憎くてたまらなく・・・どうしても許せなかった。夜ごと槌を振るい藁人形に釘を打ちつけ男を呪った』


「呪殺しようとしたわけか、それで男は呪い殺されたのか?」


『・・・もう少しで呪いが成就しようとする夜、私はいつものように、藁人形に釘を打っていた。すると物音がして・・・振り返ると小さな男の子が怯えた顔で立っている。この呪法は人に見られたら、終わり。見た者を殺さねば、己に呪いがかえってくる。だから、私は逃げる子を追った。子は恐怖のあまり上手く体が動かなくなったようで、すぐに捕まえることが出来た。引きずり倒し馬乗りになって、子供の頭に槌を振り上げた。だが、幼さの残る子が泣きながら命乞いをする。その姿があまりにも哀れで、どうしても殺せなんだ。私は報いを受け、日の出とともに命を落とした。


 それから・・・生まれかわり、今世でも最愛の男と出会えた。きっと前世で私が子供に情けをかけたから、思いが報われたのだと信じていた。それなのに男はまた、私を裏切った。今度は前世とは別の女と・・・。

 その時私は気付いた。何も呪うなど面倒くさいことをする必要などなかったのだと。その場で殺してしまえばいい、そんな簡単なことに今更きづいた』


「お前は前世で人を呪い、今世で人を殺したことで鬼になったということか?」


『・・・それは違う。私の・・・魂は救われた。完全に鬼になる寸前で、検非違使に首を切り落とされた。おかげで人として死ねた。また生まれ変われる、生まれ変わったら、あの人ともう一度、次は・・・逃がさ・・・ない』

 よりましに降りていた女の霊は消えた。



 唯は話し終えた小弥太をまじまじとみる。

「それでその女の人は生まれ変わってきたの?」

 震え声できいた。

「さあな。そこまでは知らん」

 小弥太がさらりと答える。


「え! ちょっと無責任な。そこ大事じゃない。その男性と上手くいったのか気になるよ。だって、その男性が浮気したら、今度こそ本当の鬼になっちゃうんじゃない」


「なんで俺がそこまで責任をもたなくてはならないんだ。別に女がどうなろうと興味はないし、次の世で会えたかも分からん。そのまま女の霊が怨霊となり、鬼となったのかもしれないしな」


 小弥太は相変わらず淡々としている。


「輪廻転生するストーカーか、惚れられた男も気の毒にな。女が人として再び生まれて来るよりも鬼になってくれた方がましなのか?」

 村瀬が苦虫を嚙み潰したような顔で言い。また一献酒を飲む。


「怖いよ。それ絶対怪談だって」

 唯がふるりと震える。


「まあまあ、唯さん葛餅でも食べて落ちついてください。ここはもう、魑魅魍魎の跋扈する平安の世ではありませんよ」


 と瑞連がとりなすように葛餅の盛られた皿をだす。


「なあ、それ、狐様の話とかじゃないよね? 昔、実は人間で当時の検非違使だったとか、何某という貴族だったとか」


 村瀬の言葉に小弥太はふっと口の端に笑いを乗せた。


「さあな」

「え、小弥太が人の時の記憶なの? 小弥太はどこに出てきてた? てか何百年生きているの?」


 唯が弾かれたように小弥太を見る。


「俺の記憶だと言ったら、お前は怖がるだろう? だから、これは人から聞いた話だ」

「やめて! 何それ、余計気になるじゃん」

 唯が食い気味に小弥太に迫る。しかし小弥太はどこ吹く風だ。


「そうだ。瑞連、茶を飲むか? 京都の玉露が手入った」

「それはぜひご相伴に預かりましょう」

 瑞連が嬉しそうに顔を綻ばせる。

 村瀬はその横で七輪で焼いたキノコをつまみに酒を飲んでいる。随分飲んでいるのに一向に顔色は変わらない。


「じゃあ、次は俺の番だな」

 とおもむろに村瀬は名乗りを上げる。


「村瀬君の場合、自分の手柄話しそう」

 唯がすかさず突っ込む。それにこれ以上怪談話は聞きたくない。


「確かにこいつは手柄話が多い。さっきも社務所で聞かされたばかりだ」

 瑞連が言う。

「瑞蓮、失礼だぞ。参考になるかと思って話したのに」

「まあ、確かに一部参考になる部分はあったが。ほとんどが手柄話だったろ」

 

「仕方がないだろう。寺の次男でお前のような跡継ぎじゃないんだから。せいぜい役人として出世するさ。ところで瑞連、この神社の怪談話はないのか?」

「失礼な」

 瑞連と村瀬が言い合うそばで、唯は小弥太の淹れてくれた玉露を口に含んだ。


「美味しいね。小弥太」

「当然だ。俺が淹れたのだから。今度抹茶を買って来い」

「もしかして抹茶を点ててくれるの?」

「ああ、ずいぶん昔に淹れたきりだから、腕は鈍っているかもしれないが」


 小弥太のずいぶん昔とは、いつの事だろうと唯は思う。


「そうだ、小弥太。あんな話したわけだし。今夜トイレ行く時、ついて来てね」

「断る」

 即答だった。


 皆の話す賑やかな声が庭に響き、涼やかな虫の声とともに秋の夜は深まっていった。





読了ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリー展開が良かったと思います。 登場人物もそれぞれにちゃんと個性があるように感じられて面白かったです。 [気になる点] 怜の過去や唯の家系やその力、犬(式?)の小弥太の死の真相、大学…
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