おまけ
注:叔父さん達のその後です。
気になる方だけどうぞ。
叔父、義之 叔母、美智子 娘、綾香
「おい、綾香、起きろ!」
綾香は父、義之に体を揺さぶられて目を覚ました。
「何よ。パパ?」
チクチクとする草の上に寝ていてぎょっとする。
「ここはどこだ?」
間抜けな父親の言葉に綾香はぽかんとした。
「どこだじゃないわよ。私たち昨晩、村の野蛮な奴らに攫われて、ここに捨てられたじゃない。だから、田舎は嫌だって言ったのよ!」
と美智子が叫ぶ。
「もう、ママ煩い!」
朝からキンキンとした声が頭に響く。いらいらとしながら、綾香は辺りを見回す。
そこは山の中腹で、木々が鬱蒼と茂る中に彼らは捨てられていた。
「そうだ。美智子、喚くな」
と義之が更に大きな声で言い返す。
「だいたい、あなたが、こんなど田舎の村に行こうなんて言いだしたからこうなったのよ!」
「お前だって初めは家が大きくて金があるから働かなくて済むと喜んでいたじゃないか!」
綾香はいらいらと喧嘩し始めた父母を見る。
「もう、ちょっと夫婦喧嘩なんかやめな! 私、お腹が空いたんだけれど。パパもママも親なら、どうにかして! 喧嘩より娘の世話が先じゃん」
綾香が叫ぶ。
「何言っているんだ! だいたいお前が悪いんだろ! 東京の唯の家までいって金なんか盗んでくるから、こんな目に合ったんだ」
「はあ? それとこれ関係ないっしょ? 何、言ってくれてんの親父?」
父親相手にメンチ切る。
「そうよ。あなたが借金が背負って首が回らないから、こんなど田舎にきたんじゃない。結局、金はあらかた使っちゃったし、家を売っぱらおうにも土地の権利書もなかったんでしょ?」
「ああ、どういう訳か現金が残ってただけで、後は何もない。くそ、あの家の壺や掛け軸を売っぱらう予定だったのに。きっと値打ちものだぞ」
義之が歯噛みする。
「通帳とかって唯が持ち出したんじゃねえの? だいたいさあ、ママが唯のこと苛めるから出て行ったんじゃん。あいつ東京で結構いいマンションに住んでたし、ぜってぇ、どっかに隠してあった家の金を勝手に持ち出したんだよ」
綾香が言う。
「うるさいわね。綾香が唯のもの盗んだり壊したりしたのが悪いんでしょ? 真っ先にあの娘の部屋とったのあなたじゃない!」
「はあ、ママがいいって言ったんじゃん。その後、あいつを納屋に追いやったのママじゃん!」
「なんですって!」
「なんだ、ババア!」
母が娘の胸倉をつかみ、親子のののしり合いが始まってしまった。
「おおい、やめないか。ともかく山を下りよう。ここで喧嘩していてもらちが明かない」
「ああ、まじかよ、腹減った」
そのとき、キノコが綾香の目に止まる。
「あ! あれ食えるやつ」
綾香は飛びついた。
「おい、ダイジョブなのか? そんなもの食べて」
義之が心配そうに聞いて来る。
「平気、唯から教わったし。ママが唯のご飯を抜いた時、あいつそこら辺の草やらキノコやら焼いて食ってた。たしか生で食える草もあるはず」
「いやあねえ、田舎の子って野蛮で」
と美智子が眉を顰める。
「おい、お前、唯にそんなひどいことをしたのか?」
さすがの義之も驚いて妻を見る。
「何言ってんのよ。あなたがあの家は資産家だから乗っ取ろうって言ったんじゃない。だから、私はてっきり追い出すものかと思ったのよ」
「だからって餓死したらどうするつもりだったんだ!」
綾香はまた言い合いを始めた父母を見てイラついた。なにより、空腹だ。
「おい、じじい、ライター持ってねえのかよ? 焚火がおこせねえだろ。いつまでも喧嘩してんじゃねえよ。暇なら、娘に飯でも食わせろよ!」
「じじいじゃない。お父さんと呼べ!」
「じゃあ、父親らしいことしろよ、おら!」
「なんだと!」
親子三人が喧嘩のすえ、焚火をしてキノコをたべていると、「おーい!」と呼ぶ人の声が聞こえてきた。
「やった! 誰か助けにきたよ! 飯にありつけるかも。こっちでーす!」
綾香がぴょんぴょんと跳ねて叫ぶ。
そしてやって来たのは地元の駐在で、
「ああ、ちょっとここから煙が出てるって通報があって来たんですけど。最近雨が降らなくて山火事の恐れがあるから、ここ焚火禁止だよ。罰金だから」
「はあ?」
親子三人の疑問符が重なった。その後駐在とやりとりのうえ、三人は下山して今は駐在所で薄いお茶を飲んでいる。
制服警官二人はこの親子の扱いに困っていた。
「だから、さっきから、あの村に戻りたいって言ってんのよ」
「そうだよ! 今まで住んでたもん、ないわけないじゃん」
「ないというなら、地図を見せてみろ!」
すると年かさの警官が地図を出す。
「ほら、見て、ここが現在地。で、あんたがたはどこから来たの?」
「はあ? だから山奥の盆地みたいな? 秘境ってやつ」
綾香が首を傾げる。
「綾香、煩い、黙れ!」
父親に一喝され綾香は頬を膨らませる。さすがに人目があるときには暴れない。
「ない! ないぞ! 地図に村がない!」
義之が叫ぶ。
「あなた、何言ってんのよ」
美智子が慌てて覗き込む。
「親父、地図の見方わかんないじゃねえ?」
親子三人が揃って覗き込む。確かに二人の警官が主張するように村などどこにもない。
「うっそだろ! まじで村がねえよ、親父! それとも秘境過ぎて載らないのか!」
警官二人はうんざりして親子を見る。
「ご納得いただけましたか?」
若い方の警官が口を開く。
「あんたら、狐狸にでも騙されたんじゃないかね?」
「はあ、何言ってのおじさん」
綾香は年かさの警官の言葉につっかかる。
「こんなバカなことがあるが! 俺はそこの村の者たちに不当に拉致され、山に捨てられたんだ! これは立派な犯罪だろ。あいつらを捕まえてくれ」
「そうおっしゃられても、その村がありませんし。そもそもあなた方、身分を証明するものをお持ちですか?」
「はあ? そんなものあるわけないだろ。夜中に突然、村の連中に家から連れ出されてあっという間に捨てられたんだから!」
「しかし、そんな村はありませんよ。それでもあんた方の言うことを信じろと?」
親子三人は年かさの警官の言葉に絶句した。
「そうだ、姪がいる。姪に電話をかけさせろ!」
警官との押問答の末、義之は唯の家に電話をかけた。しかし、「この電話番号は現在使われておりません」と流れてくるばかり。
「嘘だろ! 唯の奴逃げやがった。ああ、でもあたし住所わかるから、マンションの管理会社に問い合わせてよ。親父が、身元保証人じゃん」
「いや、それが……」
父親がうなだれる。
「ん? なんだよ。親父どうしたんだよ!」
「俺の代わりに身元保証人になってくれるって人物が現れて」
「はあ? あなた何やってんのよ! あの娘まだお金持っているのよ」
美智子がまなじりを吊り上げて亭主を怒鳴りつける。
「いや、だから、その人物がまとまった金をくれて、マンションのスペアキーを渡した」
「うっそだろ! 使えねえ、じじいだな! 何やってんだよ」
「そうよ。大事な金づる手放して何やってんのよ!」
「ってか、そのまとまった金はどうした、親父!」
「まとまった金を貰ったなんて今初めて聞いたわ! どういうこと?」
白熱する三人の言い争いに、しびれを切らした年かさの警官がゴホンを咳払いをして割り込む。
「なんなら、あんたたち、下の街に行くといい。住み込みで使用人を募集しているから」
「はい?」
「働けというのか!」
「ありえねえ!」
警官の言葉に三者三様の叫び声をあげる。
「だって、おたくら文なしなんだろ?」
警官の言葉に家族そろって目を剥いた。
「お前は、困っている人間を放り出そうというのか!」
義之が自分より若い巡査相手にすごむ。
すると年配の警官が、
「放り出すも何もあんたら身分証もない怪し過ぎるんだよ。何なら留置場に泊まっていきますか?」
と呆れたように言う。
二人の警官が不審げに親子三人を見始る。
「くそ、公僕のくせに役に立たん!」
後ろ暗いところのある親子は、捨て台詞をのこして、ふもとの街に逃げ出すしかなかった。
「まじかよ。親父、働くのやだからな!」
「じゃあ、勝手に野垂れ死ね」
「ひでえ、それが娘にいうセリフかよ」
「ねえ、ちょっと住み込みは住み込みでもマンションの管理人とかないかしらね」
と美智子が言う。
「そんなもん都合よくあるわけないだろ! こんな田舎で、マンションなんてありゃしねえ。よくて宿屋だ。雇ってくれんのは農家くらいだろ」
「うわっ! まじ肉体労働とかありえねえ。親なんだから、お前らが働け!」
綾香が憤慨したように言う。
「ふざけるな! 育ててもらった恩があるだろう? 三人の中ではお前が一番若いんだから、そろそろ稼いで親を食わせろ」
「きもっ! ありえねえ」
親子は喧嘩をしながら駐在所を後にした。
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一方、彼らが去った駐在所では。
「あれでよかったんですかね? 住むところがなくて困っているようでしたけれど。下の街といっても、雇ってくれるところとなると……」
「働くのに身分証のいらねえ場所もあるだろう」
「まあ、確かに」
年配の警官の言葉に若い警官が苦笑する。
「いいんだよ。上の村を怒らせたんだ。二度と奴らを入れるわけにはいかねえ。それにあいつら碌なもんじゃない」
と年かさの警官が呆れように言う。
「そんなもんですかねえ……」
「この間も、この地で断水があったろう」
「ああ、ここのところ長く水不足でしたね」
「上の村を怒らせちゃいけねえ。あそこにはここいらの水源があって水神様がすんでおられるからな」
若者はピンとこないが、この土地に生まれた者の掟だ。上の村から追放されたものは下の村が見張って二度と入れてはいけないという不文律がある。上の村のいうことは絶対だ。
そのむかし、下の村が上の村に逆らって川の水が血に変わったという言い伝えがある。
「上の村からの追放って何年ぶりですか?」
「かれこれ七十年ぶりだな。あいつら何したんだか。水不足ってことは、巫女様になにかやらかしたんじゃないのか? これだからよそ者は」
「確かに、迷惑な話ですよね」
二人の警官は、街へ向けて坂を下って行く、間抜けな家族が街道に消えるまで見送った。
終わり




