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44 秋祭り

 いつのように徒歩で駅まで行って、電車に乗り、日も暮れているしバイト先までバスに乗る。

 

 神社は提灯に彩られ、本当に秋祭りをやっていた。

 

 参道の前にも出店が並んでいる。驚いたことに祭りに来ている人達は皆浴衣や着物を着ていた。


「唯、こっちだ」


 小弥太が呼ぶ。見ると彼は露点のお面屋の前に立っていた。


「なあに、小弥太お面が欲しいの?」


 やはりこういうところは子供なのだろうか。しかし、不思議なことに屋台にはキャラクターものの面はおいていない。


 すると小弥太が、屋台の男から白狐の面を二つ受け取る。


「あれ、小弥太、お金は」

「払った」

「え?」

「俺も少しは自分で稼いでいる」

「ああ、そうだっけ。本当にバイトしてお金貰っているんだ」


 小弥太に狐の面を渡された。


「唯、絶対に面を外すなよ」

「なんで?」

 唯は首を傾げた。


「この祭りは、たとえるなら仮面舞踏会みたいなものだ」

「小弥太、随分物知りなんだね」

 

 よくはわからないが、唯は頷いた。

 

 参道に入ると、人でごった返していたが、小弥太の言った通り皆が狐狸や鬼などの面をつけている。


「へえ、なんか変わったお祭りだね。ちょっと楽しいかも!」


 気持ちが浮き立ってきた。


 出店をのぞき二人でのんびり歩いた。祭囃子(まつりばやし)が聞こえ、浮き立つような人々のざわめきが心地よい。


「そうだ。小弥太、何か食べよう? 焼きトウモロコシなんてどう?」

 香ばしく食欲を刺激する匂いが漂ってくる。


「いらない」

「珍しいね。お腹が空かないの?」


 唯は驚いて目を丸くした。こういう時彼は真っ先に食べたがるのに。小弥太は小さいのに普段はよく食べる。


「唯、ここで何か食べるのはやめておけ」

「どうして?」


 何を言いだすのかと唯が首をかしげるが、その疑問には答えず小弥太は唯の手を引いて人込みを進んだ。


 その先に神楽(かぐら)殿があった。今夜は神楽が舞われている。


「こういうの見ると懐かしいな。田舎を思い出す」

 しみじみという。お囃子が郷愁を誘う。


「里に帰りたいのだろう」

「それが、不思議とそうでもないんだよね。おばあちゃんがもういないからかな。懐かしいけれど自分の居場所って気はしない」


 唯がぽつりと漏らす。


「そうか」


 小弥太の抑揚のない声。感情を含まない彼の返事が、唯の口を軽くする。 


「ただ、この間、太一たちが来たから、村が心配かな。やっぱり生まれ育ったところだから。さっきも言ったけれど、村にはきれいな水を湛える淵があってね。夏にはそこでよく水浴びをした。私の大好きな場所だからなくなっちゃうのは嫌だ」


「淵か。そこに祠はあったか」


 狐面を付けているので、小弥太の表情は見えない。多分いつもの無表情。 


「うん、よくわかったね。そうだよ。水神様を祀ってた。おばあちゃんがよくお祈りとお供え捧げてて、ときどき私がおばあちゃんの代わりに手を合わせてた」


「なるほど。高梨の家は、山の神を鎮め、水神に愛されていたのだな」

 小弥太がさらりととんでもないことを言う。


「やだ。小弥太何を言いだすの。そんな大げさなことじゃないから。恥ずかしいよ。ただお祈りすることが村でのうちの役目だったってだけ」

 村にある家はそれぞれ一役、仕事を持っていた。高梨の家のお役目はずいぶん楽だなと思ったものだ。


「恥ずかしい事ではない。立派な仕事だ。しかたがない。今から、お前の好きな淵へ行こう」

 そう言うと小弥太は唯の手を引っ張った。


「ちょっと小弥太、どこ行くのまだ御神楽がやっているのに」

「いいから、村を救いたいのだろう?」


 唯は焦った。


「う、うん、でも、どうやって? 村は凄く遠いし、電車で途中まで行けても、この時間じゃバスは通っていないから、村まで行きつけないよ。そこから先は山も越えなきゃならないし。それに私、別に特別な力なんか持ってない。行っても村のために何も出来ないと思う」


 しかし、小弥太は聞く耳をもたない。唯は引きずるように境内の奥へやってきた。この先は宝物殿で、その横に立ち入り禁止のしめ縄がある。


 しかし今日はそれが

「あれ? 今日はしめ縄がない。立ち入り禁止じゃないの?」

 唯は驚いて目を瞬いた。


「祭りの夜にこの道は開くんだ。唯、さっさと行こう」


 低い声が上から降ってくる。見上げるといつの間に大人になった小弥太がいた。彼はゆっくりと面を外す。金色の神秘的な瞳が唯を見下ろしている。


「あれ? 小弥太じゃない……玲だっけ。どうして? 私何もしてないよ。自分で大きくなれるようになったの?」


 祈ってもいないし、力を吸い取られるような感覚もなかった。 


 艶を持った白銀の髪が月の光を浴び、ふわりと風になびく。冷たく整った顔が燈篭の明かりに照らされている。こんなに美しい人はいないと唯は思った。だから彼は人外なのだ。


 玲が突然、ひょいと唯を抱き上げた。


「へ? うわ! ちょっと何!」

 

 びっくりして反応が一拍遅れた。


「今から、全速力でかける」


 唯が返事をする前に玲が駆け出した。


 それは本当に驚くほど速くて。唯は叫んだが、声は風に飛ばされていく。景色は後ろに流れるように消えてゆき、酔いそうになる。


 唯は慌てて、玲にしがみついて固く目を閉じた。





「着いたぞ」


 玲の言葉で目を開ける。


 夜の森に鬱蒼と木が茂り、その先は月明かりに照らされる枯れた淵が見えた。


「本当だ。ここって、村の淵……。ああ、枯れちゃってる!」


 底にほんの少し水が残り、淵は死んでいた。唯は悲しくなる。玲がそっと唯を下ろした。


「祈りを捧げて来るがいい、それが本物ならば、この淵に水は戻るだろう」


 話し方は小弥太と同じだが、見上げた先には精巧に彫られた彫刻のように冷たいほど整った玲の顔がある。なんだか緊張する。


「あの、でも、お供え物がないよ」


 すると玲が一振りの懐刀を唯の目の前に差し出す。


「お前の髪を一房捧げろ。それが惜しいと思うならばやめておけ」


「わかった。玲は……その姿だと本当に神様みたいだね」


 その存在を遠くに感じて少し寂しい。いつか、唯の目の前からいなくなってしまうのでは不安になる。

 

 それか唯は懐刀を握ると迷いなく、髪をひと房切り落とし、祠に向かった。髪などそれほど惜しくもない。


 今夜は満月、淵は月光に照らしだされている。見るも無残に干からびて。可哀そうに……淵に対して、そんな思いがこみ上げてくる。


 久しぶりに来た祠は荒れることなく、村人によってきちんと掃除されていた。唯は小さな祠を開き、己の髪を一房置くと祈りをささげた。


 一心に祈っていると肩を叩かれる。


「もういいだろう」


 体の向きを変えた瞬間、ふらりとした。それを玲が支えてくれる。


「随分と力を吸い取られたな。唯、淵の底を見てみろ」


 玲に支えられたまま、言われた通り視線を向けるとちょろちょろと淵の底から水が湧いている。月明かりを浴び、キラキラと淵の底に湧いてくる水が光る。


「よかったあ。これで村の人たちも助かるね。でも不思議、祈っただけなのに……」



「唯は、人の世が好きか?」


 突然の玲の問いに、唯が不思議そうに彼を見上げる。美しい金色の瞳に吸い込まれそうで、慌てて目をそらした。


「え? それはどういう?」

「たとえ器が変わろうとも、魂は変わらないのだな。人に裏切られても、彼らを見捨てず救おうとする。昔のままだ」


 意味が不明で、唯は目を瞬いた。


「はい? あの、もしかして。やっぱり、あなたは犬の小弥太の生まれ変わりとか?」


 すると玲は呆れたような顔をした。


「玲と言う名は、昔の仕えていた主人に貰った」

「昔、仕えていたって、小弥太じゃない、玲は昔、人だったの?」

「斎王に……」

「はい?」

狭根葛(さなかづら)という尊いお方に仕えていた」


 金色の瞳寂しげに揺れる。しかし唯はというと、


「ああ、ごめん、さっぱり意味わかんない」


 ときょとんとしていう。玲の口の端にふっと笑みが浮かぶ。その姿があまりにも美しく妖艶で。唐突に亨の言葉を思いだす。お狐様はとても魅力的な妖なんだ……唯はどきりとして赤くなった。


 ――いや、駄目だよ。これ小弥太だし!


「契約は続行された。唯はよほどここの神に好かれているのだろう。淵に水も湧いたし。帰るぞ。長居は無用だ」

「え? もう帰るの?」

「人の世に戻りたいのだろう?」


 玲が微かに首を傾げて問うてくる。どことなく寂しそうだ。


 ――人の世? ならば、ここはどこ?


 訳も分からず目を瞬いている唯を玲は再び抱き上げる。森の奥を目指し全速力で走り始めた。途端に当たりの景色後ろに流れるように飛ぶ。

 唯は固く目を閉じた。





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