24 バイト帰りにお茶を2
店は神社から近い場所にあった。歩いて数分だ。抹茶色の暖簾をくぐると黒蜜のいい匂いがしてきた。
店内は村瀬のいうとおり、マダムやお年寄りが多く、若い客はいなくて安心した。
唯はじっくりとメニューを見て、お持ち帰りの品を確認した。小弥太にあんみつと葛切りを持って帰ろう。
「高梨は甘いもの好きなんだね。意外だな」
「え? そうかな」
「飲み会でも、つまみもあまり食べないし、ウーロン茶しか飲まないじゃないか」
それでマリヤによく「唯はダイエットしてるから、でもみんなで楽しく飲んでるときにそれってしらけるよ」と言われた。そのうえ、トイレにたつと勝手に唯の取り皿に山盛りの唐揚げなどがのせらている。
一年生も結構飲んでいる学生がいて、未成年ではないかと心配して聞いたら、呆れられた。「一年とはいえ、浪人生も結構いるから、あまり言わない方がいいよ」とかおりから言われた。
いろいろあったおかげで飲み会が嫌いになってしまった。
そのうえ、サークルがよく利用する飲み屋はつまみの味付けが濃すぎるし、換気が悪いのか空気は澱みたばこが煙い。
同じ金を払うなら、スィーツのビュッフェに行った方がずっといい。
「ははは、私、飲みの席って苦手なんだよね」
唯は村瀬の問いに無難に答えて、ソフトクリームが乗ったあんみつに舌鼓を打った。これがトッピングされた冷たい白玉と合うのだ。
しかし、目の前では、村瀬はコーヒーのみで、一体何しに来たのかと思う。
そのうえ、なぜかサークルのギスギスとした内輪の話をする。別に唯は聞きたくもない。
「俺も、サークル辞めようかと思っている」
いつもは爽やかな表情の村瀬が、珍しく暗い顔で言う。
「え? 村瀬君は、次の会長にいわれてるんじゃない」
唯の言葉に、彼が苦笑する。
「断るつもりだよ。それで、話っていうのは、実は山野と浅野のことなんだけれど。彼女たち見つかったんだ」
「え? ほんと無事だったの?」
それほど親しくなかったとはいえ、顔見知りだし心配だった。
「ああ、今病院に入院してる。山野は都心の墓地で、浅野は繁華街の路上で発見された。二人とも明け方にね。大量に血を抜かれた状態で、何者かに置き去りにされていたらしい」
「ひどい。そんなことって……」
唯は村瀬の話を聞いて言葉を失った。
「大学側は二人の事を公表してない。女の子だしね。知れ渡ったら、何を言われるかわからないから。それに山野の方は薬をやっているとい噂もあったしね」
そいうえば、以前明美に痩せる薬を買わないかと、誘われたことがある。確か「ほんの飲み代程度の金額で痩せられるんだよ」と言っていた覚えがある。今思うと違法薬物のことだったのだろう。
「そうなんだ……」
「変な噂が広がったら、二人とも大学を辞めてしまうかも知れないね」
沈んだ口調で言う。
「そうだね。今も大学ではその噂でもちきりみたいだし。というかそんな話私にしていいの? もう部外者だし」
「部外者ってわけでもないだろ? 高梨だって、警察に事情を聴かれたじゃないか」
といって肩をすくめる。悔しいくらい様になっていた。
「まあ、そうかもしれないけれど……」
村瀬の中で、唯は関係者という位置づけなのだろう。
「彼女たち、極度の貧血状態で発見が遅ければ死んでいるところだったらしい。高梨も気をつけろよ」
真顔で言う。心配してくれていたようだ。
「うん、夜は出かけないようにしてる。それで、どうしてそんなことしっているの? サークルに警察から知らせがあったの?」
「まさか、違うよ。サークル内は口の軽い奴らばかりじゃないか。こんな話をすれば、大学中に広がるよ。実は俺、知り合いに警察関係者がいてね。その人から聞いたんだ」
「私に話してもいいの?」
「うん、高梨なら、余計なこと言わないと思って」
そんなふうに思われていたのかと、ちょっと嬉しい。
「そっか」
「それに、高梨って交友関係極端に狭そうだし」
「だよね。そうだと思った」
村瀬は冷めたコーヒーを一口飲むと再び口を開いた。
「近隣の大学や高校でも同様のことが起こっているらしい。被害者は今のところ全員女性で、新聞に載っていない事件もあるようだ。恐らく外聞もあって、親が事件にしたがらないだろ」
「そんな都市伝説みたいなことが実際におこるだなんて……。いったい誰が何の目的で。ひどいよね」
ネットでは随分前から噂になっていて騒がれている。こうなると亨の言う妖犯人説もあながち間違っていないのかもしれない。
「それと、今日は一つ、高梨に頼みがあるんだけど」
「なに?」
「俺と、付き合ってるふりしてくんない?」
「はあ?」
少女漫画や小説でよく見る展開だ。
「瀬戸がしつこくてね。ここで偶然出会ったのも何かの縁だろ?」
「いや、何かの縁と言われても……」
確かにマリヤはしつこい。村瀬は普段、やんわりとマリヤと距離をおいているけれど、それほど彼女を嫌がっているようには見えない。そして何より、派手な外見のマリヤとイケメンの村瀬は似合いのカップルだ。
「いっそのこと付き合っちゃえば」
冗談めかして、本気で進めてみる。そうすれば、マリヤも少しは穏やかになるかもしれない。
「井上にも丸越先輩にも言われたけど。無理、俺、ああいうのだめ」
と村瀬はきっぱり拒否をする。
「いや、だって、私だって、村瀬君の彼女のふりをしたら、マリヤや、その周りの女子に恨まれるから嫌だよ」
唯もはっきりと断る。
「やっぱ、駄目か。そうだ。俺、実は就職のコネ持ってて、よかったら、高梨を紹介するけれど」
「どうしてみんなその手で釣るのかなあ。でも無理、やめとく」
唯は左右に首を振る。
「人助けだとおもってくれない? 俺、家までつけられたりするんだよ。それから、電車から降りると改札で待ち伏せしたり。そのたびに巻いて帰っているから、まじで最悪なんだ」
本当に村瀬は参っているようだ。
「学生課に相談って訳にはいかないか……。私より、もっとしっかりとした女子に頼んだらどう? こうびしっとした、かおり先輩みたいな感じの」
「え? 敷島先輩ってびしっとしてるか? 俺が見てる中では高梨が一番はっきり、瀬戸にものを言っているきがするけど」
「え? 私ってそんな感じ?」
「そうだね。なんか守ってくれそう」
褒め言葉ではなさそう。
軽くショックだ。




