21 お狐様2
「唯ちゃんちのお狐様ってすごいけれど。唯ちゃんも凄いよね。いうこと聞くんだ……」
亨が目を丸くしている。
「お狐様だなんて。小弥太は、とっても可愛いよ。問題なんか起こさないし、普段は人目をちゃんと避けてて、ああいうこと言わないんだけど」
「うん、それは俺が半妖だからだよ。基本、人間界には首をつっこまないんだろ。というか……あれが、かわいいのか。俺は恐ろしい」
光を失った目で亨はそんなことを言う。
「小弥太は悪いものではないって瑞連さんに言われたよ」
「いや、それは唯ちゃんにとってでしょ」
唯は少し悲しくなる。
「ああ、いや、そうじゃなくて、随分力の強い妖にめっちゃ好かれたものだなと思って」
「小弥太は力が強いの? 子供で昔の記憶がないようだけれど」
「ああ、そういう設定か……」
犬上が小声でつぶやいたので唯には聞こえなかった。
「え? 何?」
「いや、何でもない。多分封印のせいで妖力が弱って子供姿をとっているだけで……あ、これ以上はやめておこう」
「ちょっと、途中でやめられたら気になるじゃない」
小弥太は謎が多すぎる。
「だって、お狐様に余計なことは話すなっていわれたから」
「小弥太に言われたから?」
「妖の世界は単純に力が物を言うんだよ」
と亨がしたり顔で言った。
♢
その日バイトが終わり、社務所に行くと瑞穂に呼ばれた。何かやかしたかなと思いつつ宮司の共にいくと、
「狐様から、聞いたのだけれど。高梨さんは身元保証人がいなくて困っているそうですね」
驚いた小弥太がいつの間にそんなことを……。
「はい、お恥ずかしいことに親戚と上手くいっていなくて」
と唯が恐縮しながら言うと、瑞穂が柔らかく微笑む。
「それで、差し出がましいとは思ったですが、高梨さんが嫌でなければ、うちで保証人を引き受けたいと思っています。どうでしょうか?」
唯は驚いて目を瞬いた。
「え? でも、それではご迷惑に!」
「いえいえ、これも何かの縁ですから、実際私は高梨さんの他にも氏子さんの身元保証人になることもありますし。この神社は昔からそのような場所なので気にしないでください」
といって微笑んだ。
本当にその言葉に甘えていいのか迷ったが、背に腹は代えられない。
「あの、正直、とても助かります。ご迷惑かけることのないように頑張りますので、ぜひ宜しくお願いします」
唯は深々と頭を下げた。
「了承してもらえてよかった。それから、こちらは狐様からのご依頼の品です」
そう言って瑞穂は、翡翠の勾玉を二つ差し出した。
「へ?」
唯は首を傾げた。
バイトの帰り道、勾玉のお守りを唯は鞄につけ小弥太は首から下げた。
「小弥太、これ翡翠だよね? 本物だよね? この高そうなお守りのお代は?」
「大丈夫だ、もう支払った」
「どうやって?」
小弥太は文無しだ。
「気にするな。お前が悪い事が続くと言うから、瑞穂に頼んだんだ。あの宮司は腕がいい。ついでに息子の瑞連もなかなかのものだ」
相変わらず、小弥太は上からものを言うので、唯は時々心配だ。
「気にするなって言われても……、なんだかお世話になりっぱなしで、バイト代を頂くのも申し訳ないくらい」
「そんなことはない。お前はよく働いている。あの神社は十分助かっているはずだ」
どうやら褒めてくれているらしい。しかし、ここのバイトは変な客もいないし、従業員もいい人ばかりで、首になったラーメン屋よりもずっと楽だ。
「私は神社の掃除をしているだけよ」
「神社にとっては、誰がそれをやるかが重要なのだ」
さっぱりわからないので、唯は話題をかえることにした。
「そうだ、小弥太、うちのそばの神社でお祭りがあるんだけど行ってみない?」
「うん、あの神社なら、入りやすいな」
「ああ、神社は他の神様のおうちなんだっけ。招かれないと入れないの?」
「あそこはもう、誰の家でもない」
「はい?」
「お前たちの言う。ご利益はほとんどないってことだ」
「ふうん」
いつのも抑揚のない口調で言う小弥太。やはり、何を言っているのかよくわからない。
そんなことよりも、小弥太と行くお祭りが楽しみだ。
家に帰ると、唯は実家から持ってきたアサガオが描かれた浴衣に久しぶりに手を通した。下駄を鳴らして神社に向かう。
小弥太は初めて人型になったときに来ていた紺絣の着物をきている。
「久しぶりだな。お祭りなんて。あ、でもサークルでは行ったなあ。大騒ぎになってたいへんだったけど」
と唯は苦笑する。
あの時はビールを飲んで酔っ払いが続出した。阿藤が悪乗りして、カップル揶揄って「お前ら、どこの大学だ!」と社務所から人が出てきて怒られた。
夏の夕暮れ、少し気温が下がったのか、風鈴の音を運んでくる風が爽やかだ。神社の鳥居付近から参道まで、近所の親子連れにカップル、友達同士などでごった返している。
小弥太は焼きとおもろこしを食べ、唯は懐かしくてりんご飴を買った。
「小弥太も食べてみる」
しかし、一口食べると「プリンの方が上手いな」と小弥太は言った。すっかり洋菓子文化に染まっている。
「なんか、この素朴は味が故郷をおもわせるんだよね」
「唯は故郷に帰りたいのか?」
琥珀の瞳に不思議そうな色が浮かぶ。
「ときどきね。でも私の帰りたい故郷はおばあちゃんが生きていた頃の故郷だから、今の故郷じゃないよ。帰ってもやかましい親戚しかいないしね。村に友達はいないし」
と唯はポツリと零す。
「唯、あっちへ行こう」
小弥太が境内の暗がりを指さす。
「あまり人のいないところは危ないよ」
地元の祭りでヤンキーがきて悪さをするのは定番だ。
「大丈夫」
そう言って、りんご飴をもった小弥太は駆けて行ってしまう。
「ちょっと、待ってよ、小弥太!」
唯は下駄をからころと鳴らし慌てて後を追う。小弥太の小さな背中が、境内の裏にある暗い木立をぬける。
すると、その先には月明かり差す、すすき野原が広がっていた。
「こんな場所あったっけ?」
唯ははじめて来る。あたり一面すすきで人家ひとつ見当たらない。
「空を見てみろ」
小弥太に言われるままに空を見上げ唯は息を飲んだ。
「凄い満天の星空だ。東京でも見られるんだね」
祖母が健在だったころの故郷の夏を思い出す。二人で飽くことなく縁側でお茶を飲みながら、夜空を見上げものだ。ちりんとどこかから風鈴の音が聞こえて来た。
「空はつながっている、お前の故郷の空も東京の空も同じだ」
「そうだね、小弥太の言う通りだよ」
二人は幻想的な星降る夜空を見ながら、りんご飴を食べた。




