ファイト!
おれは驚いた。この見た目で80歳。なんて綺麗な歯と肌なんだ。まるで老いを感じさせない。見た目とかではなく、雰囲気というか自信というかなんなのかは全く分からないが、とにかく精力に満ち溢れている。生きるとはなんなのかを忘れてしまった僕たち人間とは大違いだ。先輩が羨ましがっていた意味がようやく分かった気がした。
話は遡ること一か月前。編集長に呼び出された。面と向かって話すのはいつぶりだろう。前のミスが原因で見放されたと思っていたので、少し驚いた。このデジタル化が進んでいる時代に、本や雑誌みたいな流行り遅れなものには正直飽き飽きしていた。この部署に配属された時は正直嬉しかった。エリートコースまっしぐらって感じだった。すごい人達のインタビューも沢山してきた。初めは有名人や大金持ちなんかと会って話するのが嬉しかった。でもそれも最初3か月ぐらいだった。話してみれば意外とみんな普通で、本当にすごいと思える人はほんの僅か。昔憧れていた、あのサッカー選手も会った後で後悔した。初めは、ルンルン気分でインタビューを始めたが、まともな会話すら出来ないただの脳筋馬鹿だった。確かあの後大麻かなんかで捕まったんだっけか。オランダでプレイしていたから仕方がないか。おれが会う人はみんな何か、その業界で名を馳せた人ばかりで、それなりにお金を持っている。住む世界が違うやつと話をしていても楽しくないのは、そのせいか。そんなことを朝から考えながら、昼一番で編集長のいる部屋に向かった。第一声目はこうだった。「正直君にはがっかりしてしまった。この仕事が楽しくないのか。なんでもっとやる気を出さないんだ。」おれは思った。この仕事を辞めようと。そんな気持ちで編集長の怒鳴り声を上手い具合に回避していた。少ししてから、口調が変わっていた事に気付いた。心の中で好きなアーティストの曲を再生させていたので、急いで停止させ、話を聞く姿勢に入った。どうやら本題は終わってしまっているようだ。しまったと思ったが「もう辞めるから関係ないか」と逆にすっきりした。編集長が最後に「期待しているぞ」と言って話は終わった。もうやめる俺になにを期待するんだと思いながら、辞表はいつ出そうかなんて考えていた。少ししてから、先輩が俺の方にやってきた。「お前になったのかよ、山本正次のインタビュー。あれ、俺にしてくれないか編集長に頼んだのに。インタビューの後どんな人だったか教えてくれよ。あとで質問したいこと書いたメモ書きがあるから持ってくるよ。お前興味ないだろうから、ロクな質問しねえだろ。」そんな感じでまくしたてた江戸っ子の喋り口調で、自分の言いたいことだけ言って何処かへ行ってしまった。なんてめちゃくちゃな人だ。そしてそんな先輩が会いたがっていた人はどんな人なんだろう。山本正次。少し興味が湧いた。こんな時に便利なのはやっぱりケータイ。すぐに調べる。最近のYahooの検索ランキング1位。一体何をした人なんだろう。少し気になり調べてみた。好きな食べ物は、魚。趣味は焚火。経験人数0人。歳は数え年で80歳。そんなことを調べていたら、会社用のケータイが鳴り出した。電話を取るといきなり「明日の段取りどうなってんだ。明日は大事な大物演歌歌手の単独インタビューなんだぞ。」と怒鳴られた。全く今日はよく怒鳴られる日だ。なんとなく小学生だった時を思い出した。学校へ行って遊んで、家に帰って遊んで、毎日怒鳴られて、それでも笑ってた。
そして今に戻る。要するに何も知らない状態でインタビューが始まろうとしてるってこと。非常にまずい状況なのに、なぜか実感が湧かない。それは、ここが電波のない島だからだろうか。確かに一泊二日の出張だとは聞いていたが、まさか船に乗り、目が覚めるとついた島が無人島だなんて、誰も思はないだろう。俺たちがよく使うインタビューの場所は、その人にとってゆかりのある場所や思い出の場所がほとんどだ。この目の前にいる、お爺さんとこの島はなんの関係があるのだろうか。そんなことを考えながら、砂浜に置かれた明らかに手作りのよく出来た丈夫な椅子に座っていた。こんな場所でインタビューをするのは初めてだ。なんだか最初の頃のようにワクワクしてきた。
仕事中だったことを思い出した。インタビューが始まるまでもうすぐだ。マネージャーも居ない向かいに座ったお爺さんは、開いているのか開いていないのか分からない目で、見たことのないタバコをふかしていた。なんだか嗅いだことのない匂いだった。まずは楽しく会話をスタートさせるのが、良いインタビューの第一歩だ。インタビューはまだ始まっていないが、お爺さんが暇そうにしていたので、話しかけてみる事にした。「珍しいタバコですね。葉巻ですか?」僕は聞いた。お爺さんは、さも当たり前のような顔で「これ?タバコじゃなくて、大麻だよ。」と思っていたよりも数倍若々しい声で返事をしくれた。つっこむポイントが多すぎる。なんで普通に日本で大麻吸ってるんだよ。残念ながら、俺には大麻の話でこれ以上話題を会話を広げることができずに、インタビューが始まってしまった。話し始めたいが、きっかけがない。そこで、一か月前に少しだけ調べた、山本正次の情報を思い返した。つい勢いで聞いてしまった。「好きな食べ物は魚と聞いていますが、特に好きな魚などはありますか?」「魚の名前は分からない。ここら辺にいる魚は全部好きだ。」「趣味は焚火なんですよね。焚火をしながら音楽や読書、僕もやってみたいです。」「今もしてるじゃないか。」
もしかしてと思った。さっきから大麻に火をつけていたあの火が焚火だったのか。いつも相手にしている有名人とは、まるで違う。生まれてから30年培ってきた、俺のトーク術がまるで通用しない。なんなんだこのお爺さんは。こちらの手持ちカードはあとこれだけだ。聞くしかない。「経験人数が0人ってどうゆう事なんですか。」
つづく