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決着とその先

 それから俺は今、水晶を使って戦闘の行方を見ている。

 すると、横からミレクがやってくる。


「これが魔族軍の様子ですか?」

「ああ、雨のおかげか今のところ接敵していないがな」


 魔族軍の音は雨で打ち消されており、視界も悪い。人間もすぐには気付かない。

 先手を打てるかどうかはまだわからないが、この調子なら大丈夫だろう。


「あの奥にある松明、あれが人間の野営地ですか」

「おそらくな。ここはクリシュの見せ場だな」


 水晶には人間が作ったであろう、松明が置いてあった。雨から守るために傘などが取り付けられているものだ。

 ふむ、それにしてもこの場所で接敵することになるとはな。

 もう少し先に陣取っていると踏んでいたのは間違いだったようだ。

 そうとは言っても、そこまで影響はないだろう。


「攻撃が始まりましたね」


 魔族軍の前衛が人間の陣地へと攻撃を開始した。

 ここは我が魔族の領地だ。防衛のためにもここは先手を打っておいて問題はない。


『重装兵は前方へ! そして軽装兵と魔導隊は左右に展開!』


 クリシュの掛け声とともに魔族軍が展開する。

 なるほど、鶴翼かくよくの陣形か。

 これなら全体的に攻撃が回るはずだ。


「ここまで機敏に軍が動くものなのですね」

「ああ、彼らは自分がするべきことしか考えていないからな」

「するべきことだけ、ですか?」


 自分がなぜこの動きをしなければいけないなのか、と言った理由を考えないように徹底している。

 的確な判断ができない上に、実行力のある無能な働き者は好き勝手に行動し、そして取り返しのつかない失敗を招く危険性がある。

 そう言った人たちをうまく利用するには”単純な命令”と”単純な指示”が一番良いのだ。

 まぁ本来ならそのような兵を採用しないことが最善なのだが、数が少ない魔族にとって戦力を確保するためには採用しなければいけないと言うのが現実だ。


「命令は複雑に作り込んではいけない。簡単な命令の方が皆に理解されやすい」

「そうなのですね」


 ミレクも頭が良いためすぐに理解してくれたようだ。

 戦況は魔族軍の優勢、人類側の第一防衛線は完全に瓦解された。この調子なら本陣の攻撃までそう時間はかからないだろう。


「!!」


 すると、ミレクが窓の外を警戒し始めた。


「どうした」

「何か、嫌な予感が……」


 五感を澄まして見ても、人間の気配はない。

 だが、確かに空気の流れが変わった。


「来たか」


 窓が割れ、男たちが一斉になだれ込んでくる。数は十七人、魔力を持っていない人間だ。

 ふむ、これはあの時の感覚に似ているな。


「おやおや、魔王が我らの陽動に引っかかってくれるとはな」

「三〇万というのは妙な感じがしたが、部下が勝手に進軍した」

「統率が取れていないということか。同情するよ。取り囲め!」


 部屋に満遍なく展開した男たちは結界を張る。

 以前のものよりも人の数が多いためか強力である。

 しかし、まぁなんとも弱々しい結界だ。


「この前のやり方では俺には勝てない」

「それはどうかな。我々だって進化しているんだ」


 そういうと男は手を突き出す。


「きゃ!!」


 ミレクが首元を押さえて、苦しそうに膝を突く。


「どう言った真似だ」

「そいつ、勇者だろ。まさか魔族に保護させていたとはな。グルージアも大胆なことを考える」


 すると、男は手を握り始める。


「ぐっ……!!」

「顕現せよ、魔剣エルセルス」


 地割れのような轟音とともに剣が出現する。

 凹凸がわからないほどに漆黒の刀身を持つ剣を握り、俺は目の前の男に突きつける。


「なんだ、その剣は」

「光を魔力に変換する。と言っても変換できるのは光だけではないがな」


 俺はそう説明して、剣を振るう。


「なっ!」


 男の突き出している腕が宙を舞う。

 切断面は焼かれており、水蒸気が発生している。


「光を魔力に変換できるなら、魔力を光に変換することも可能だ」

「光……だと?」


 その切断面を片方の手で押さえながら男は俺を睨んだ。

 先ほどまで悶えていたミレクは力から解放されたのか、今は深呼吸している。


「日光を熱いと思ったことはないか」

「ふざけたことを……神の力を解放する!」


 男がそう叫ぶと空気の流れが一気に変わる。

 この空間にある全ての力が男に集中する。

 俺はもう一度剣を振るってみるが、攻撃が届かない。周囲を取り巻いている力で相殺されているようだ。


「あぁ!」

「ミレク?」


 どうしたものかと考えていると、横にいたミレクが叫び始める。

 目を押さえながら、苦痛の声を上げる彼女は見ていて痛々しい。


「これが、これが勇者の力か!」

「まずいな」


 どうやら男は力を吸収しているようだ。

 周囲を見渡してみれば、結界を張っていた奴らも膝を突いているのが分かる。


「ふむ、ではついでに魔王の力をくれてやろうか」


 そう言って俺は魔王の力の一部を手のひらに出現する。


「……それが魔王の力、か」

「受け取ってみろ」


 男は切断されていない方の手で魔王の力を受け取ろうとする。

 そして、それに手が触れた瞬間に力が暴走する。


「がああ!!」

「力を制御しろ。然もなくば力に支配される」

「こんな、こんな力があるわけが……ああああああああ!!」


 そう叫ぶと、男の体がひび割れ内側から漏れる力の光に消えていった。


「力を手に入れる資格がなかったようだな。ミレク、大丈夫か」

「う、うん。大丈夫……」


 俺の手を取って立ち上がったミレクの目は金色に輝いている。

 先ほどの負荷で勇者の力に目覚めたか。


「た、隊長がやられただと?」「我々の力を持ってしても無理なのか」


 すると、周囲の結界を展開している男たちが俺の方を見る。


「欲しいのならお前らにもくれてやろうではないか」

「ぐはぁああ!」「か、体がはち切れるぅ」「内臓が膨張して……っ!!」


 周囲にいた男たちも体がひび割れ、光とともに消えていた。


「魔王、様。あれは一体……」


 ミレクは男たち全員が悶え、光を放ち消えていくのを不思議そうに、そして恐ろしそうに見つめていた。


「俺の持っている魔王の力を分け与えただけだ。だが、誰一人としてその力を受け取れなかったようだな」

「つまり、その力を受け取る前に消滅したということですか」

「ああ、全く情けない奴らだ」


 ほんの一欠片だけで消滅するか。

 神に選ばれたと言っていたが、この程度とはな。もう少し粘っても良いものを。


「魔王様はお強いのですね」

「自分が強いなどと考えたことはなかった」

「ふふ、それでこそ魔王様らしいです」


 そう言ってミレクは笑顔を作って見せた。


「首の方は大丈夫なのか」

「まだ息苦しさはありますけど、大丈夫です」


 彼女の首元には強い力で押さえつけられていたのか、赤く腫れている部分があった。


「少し見せてみろ」


 俺は彼女の首に触れる。

 気道が細くなっているな。治療した方が良さそうだ。


「ん……っあ……」


 俺が治癒魔法を展開すると、ミレクがいかがわしい声を上げる。

 漏れる息が全てが色気を含んでいるようだ。


「これで治った。息苦しさはないか」

「はい。かなり楽になりました」

「さて、魔族軍の様子でも見るか」


 そう言って、地面に転がっていた水晶を拾い上げ再度魔法を発動させる。

 ふむ、どうやら決着は突いたようだな。

 人間側の本陣が崩壊、撤退を始めている。

 魔族軍の被害もそれほど多くはないが、疲弊はしているようだ。これはクリシュたちにも休暇を取らせるとしよう。


「魔王様……」

「どうした」

「私はこれからどうなるのでしょうか。このまま魔族として生きていくのですか」

「お前はどうしたいんだ」


 すると、ミレクは俯いて考える。


「人間のままでいたい……ですが、それは無理ですよね」

「なぜ諦める?」

「私は人間の勇者です。そして、人間と敵対関係にある魔族に保護されています。私は人類の最大の敵ではないのでしょうか」


 自分が人類の最大の敵であり、裏切り者である。

 ミレクはそう思っているのだろう。

 しかし、それが事実であれ彼女は人間に違いない。魂の情報から人間なのだ。


「俺とて、本当は魔族ではないんだ」

「え?」


 俺からの意外な言葉にミレクは困惑する。


「魔族の親がいるわけでもない。かと言って人間の親がいるわけでもない」

「それでは魔王様は一体何者なのですか」

「答えを探し続けた結果が”魔王”ということだ」


 気付けばこの世界にいた。なぜか力を持っていた。

 そして、妖精族の女性と出会った。

 彼女に連れられるがまま進んでいくと、魔王の力に目覚めた。


「そう、なんですか」

「……まぁ何が言いたいかというと、自分が何者なのかということは結局のところ自分にしかわからない。自分で答えを見つけろ」

「……はい。魔王様」


 そう言ってミレクはお礼を言うように頭を下げた。

 これから彼女がどう言った未来を歩んでいくのかは俺にはわからない。だが、それがどのような道であれ、全力で支援するのが保護した者としての義務であろう。

 そんなことを考えながら、俺はクリシュたち魔族軍の帰りを待つことにした。

こんにちは、結坂有です。


なんとか人類側の攻撃を防いだ魔王と魔族軍でしたが、これからミレクの将来はどうなるのでしょうか。

人間と魔族、この戦いの先には一体何が待ち受けているのか。


それでは次回もお楽しみに。

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