表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かつて最強であった魔王は人間として生きていけるのか  作者: 結坂有
第一章 魔王は人間として生活したい
6/129

魔王は学生と出会う

 翌朝、ドアベルで俺は起きた。

 ベルは聞き慣れないが、これに関してはそのうち慣れていくだろう。

 ゆっくりと扉を開けると、学校の職員らしき人物がいた。


「おはようございます。こちらは制服になります」


 そう言って渡されたのは大きなスーツケースだ。この中には学院の制服が入っているのだろう。


「重たいので気をつけてくださいね」


 確かに重たい。まさかこれほどとは、いったい何が入っているのだろうか。

 そのスーツケースを開けてみると、刺繍の施された上品な服が数着入っていた。

 換えの服も含めて渡されたようだ。

 制服の生地は肌触りがとてもよく、通気性も良い。おまけに動きやすいよう体にあった加工を施している。

 さらに、内側には破れやすい部分を補強している。ここまで手の込んだ服はかなり上等なものだろう。


「やはり、魔法使いは人間界で貴重な存在なのだろうな」


 俺は指定の服に着替え始める。

 服は黒の生地に白と青のラインが入っているものだ。さらに昨日見た学院の紋章も入っている。

 これほどのものは人間界では将校などが着用しているものに類似していた。

 その服に身を包み、扉を開ける。

 鞄も入っているが、教科書のようなものはない。

 服は身軽で動きやすいのだが、意外とコートが重たい。これもそのうち慣れていくのだろう。

 学生寮を出ると、エリーナが待っていた。


「おはよう、よく似合ってるね」

「こんな上等なものは初めてだ」

「魔法学院はエリート校だからね。結構良い制服なんだよ」


 エリートが集まる学校ということだろう。人間界で数少ない魔法師を育成する学校というだけあるか。


「じゃ、学院に向かおうか。ミリアは先に行ってるからね」

「ああ」


 ミリア先生は仕事のためか先に行っているようだ。

 道中は俺と同じ制服を着た人が何人かが上階から降りてきた。俺とエリーナを横目で通り過ぎていく。

 見慣れない人がいるとそういう反応をするものだろう。

 エリーナと一緒に歩いていると、変に目立つ。保健室の先生と歩いているとなればなおさらだ。

 人間にこうも見られるのは流石の魔王である俺でも緊張するものだ。

 そもそも敵対していた種族だったため、そうなるのも無理はないだろうな。


 そんなこんなで学院についた。学院に近づくにつれ、制服のラインの色も違う人が多くなる。

 一般学院の制服は白と青のラインに対して、貴族学院の制服は赤のラインが施されている。

 黒と赤という色は俺が魔王時代に着ていたマントの色に似ているな。

 俺が貴族学院の制服を見ていると、横からエリーナが話しかけてきた。  


「あの服、優しい感じじゃないよね」

「そうだな。少し禍々しいというか……」


 エリーナも同じように思っていたようだ。カッコ良さはあるものの学生という感じではない。


「さ、こっちだよ」


 エリーナに連れられて、俺は教室に向かうことにした。

 一般学院の二階部分に上がる。

 階段を登りきったあたりでエリーナが足を止めた。


「この先の部屋がエビリスくんの教室ね」


 エリーナが指差した場所は木製の引き戸のあるところだ。ちょうど、俺と同じ服装の人が数人入っていくのが見えた。


「ミリア、まだかな」

「ここからでは見えないな」


 すると、階段の下の方から足音が聞こえた。足音から察するにミリア先生だろう。

 歩幅の間隔や足取りの癖などからそう感じ取ることができる。


「エリーナ、連れてきてくれたの?」

「うん」

「ありがとね。エビリスくん、こっちだよ」


 俺はミリア先生に連れられて教室に向かう。エリーナは後ろで手を振っている。

 エリーナはここには来ないのだろうか。まぁ保健の先生はこういった場所には普段は来ないか。

 ミリア先生が教室の扉を開ける。

 それに連れられて、俺も教室に入る。

 中に入ると、三十人の学生がいた。そのうちの数人は学生寮を出る時に見たことがある人もいる。


「おはよう。昨日言ってた転校生がこの子よ。仲良くしてね」


 ミリア先生に背中を押されて俺は一歩前に出る。


「ほら、自己紹介」


 ミリア先生が耳元で囁く。


「エビリス・アークフェリア。急な編入なんだが、これからもよろしく頼む」


 ここは丁寧な言葉を使うことで思わぬ反感を買うことを防ぐことにした。


「……こう見えてもエビリスくんの魔力制御はこの学院で一番上手いと思うから。何かあったらエビリスくんに教えてもらうといいよ」


 あまり学生の反応が良くなかったのか、ミリア先生がフォローに入る。しかし、それが一部の人の反感を買ったのは間違いないだろう。

 そう思っていると、一人が立ち上がった。


「こんな奴が一番上手いだって? 信じられねーよ」


 下手に出ておいた方がいい理由はこれだ。新入が上手いと聞けば自分と比較したくなるやつも出てくる。


「えっとユリスくん、この子は学校の魔力水晶を壊したのよ。その時点で誰よりも上手いと思うの」


 どうやらあの間抜けな奴はユリスというらしい。見たところ、魔力を持っているのは確かだが、ただ垂れ流しているだけのようだ。

 魔力は体力を使う。あのように垂れ流し、自分が強いと相手に見せびらかすのは愚か者のすることだ。


「ほんとかよ。先生はそれを見たのかよ」

「そ、それは……」

「そいつがズルをしたって可能性があるだろ」

「でも、エビリスくんはね」


 ユリスは手に魔力を込め始める。


「じゃ確かめるしかねぇな!」


 ユリスから放たれた魔力の塊は俺の方へ弧を描く。しかし、ユリスの数席前に座っている男がそれを魔力の込めた手で受け止める。


「ユリス、編入生に喧嘩を売るな」

「お前は納得できるのかよ!」

「納得するかしないかはこの後の授業でわかる。もうこんな真似はするな」

「ちっ!」


 その男の制止にユリスは黙り込み、静かに席に着く。

 そして、男は振り返り俺の方を見る。


「俺はマーフィン・オルフェルド。よろしくね」

「こちらこそ」

「そ、それでは! 朝のホームルームを始めるね」


 ミリア先生が仕切り直す。少し無理そうにしているが、問題ないだろう。


「エビリスくんの席はあそこだよ」

「はい」


 ミリア先生が指差した席に俺は向かう。廊下側の窓際、一番後ろの席だ。

 そこに座ると、机の中には本がいくつが入っていた。おそらく昨日のうちに学校の教科書を入れてくれていたようだ。

 左の女性に横目に見られている気配がするが、ここは気付かないふりをしている。

 どのような感情で俺を見ているかわからないが、ここで問題を起こすことは避けたい。

 朝のホームルームの時間ぐらいは大人しくしておこう。


 朝のホームルームが終わると、ミリア先生は教室を出る。次の授業は魔法実技だそうだ。

 ミリア先生の担当する授業は”科学技術”というものだ。

 俺はその分野のことを全く知らないから、少し不安ではあるものの楽しみでもある。

 俺が机の中に詰まっていた教科書類を鞄に仕舞っているところ、左横にいる女性が話しかけようとこちらを向く。

 俺は話を聞こうと女子の方を向くと、その綺麗な黒髪が目についた。目も薄い茶色といったところだろうか、この時代の人間界でも珍しい特徴だろう。

 肩あたりまで伸ばした黒髪はどこか妖艶を醸し出している。

 しかし、タイミング悪くマーフィンが来た。


「エビリス、だったね。さっきはごめんね」

「いや、攻撃してきた方が悪い」


 話しかけようとした女子は大人しく次の授業の準備を始めた。


「魔法水晶を壊すなんて聞いたことがないよ。実際のところどうなんだ?」


 あの場では教頭を脅すために過剰な演出をしたに過ぎない。しかし、こうやってミリア先生から生徒に情報が流れてしまったのは俺の予想外だ。

 ここで悪目立ちすると面倒だから、一般人を装うことにしよう。


「たまたま俺が使った水晶の品質が悪かったんだ」

「入学試験に使う水晶は新しいもののはずだけど」

「あの……」


 さっきまで授業の準備をしていた左横の女子が小さく手を挙げて話に入ってくる。


「レナ、どうしたんだ?」


 左横の女子はどうやら、レナと呼ぶらしい。


「編入試験は特例だから、その新しい水晶使わなかったと思う」

「それもそうか。人数分しか仕入れていないようだし、古いものを使ったってことか」


 レナという女子の意見もあってか、マーフィンは納得したようだ。


「それでも強い魔力は持っているってことだろ? それだけでも十分だけどな」

「強い魔力を持っていても扱いが下手では元も子もない」

「確かにな」


 マーフィンは魔力は弱いものの、扱いが上手いようだ。効率もいいところからかなり訓練を積んでいると考えられる。さっきの魔力を咄嗟の判断で防いだのを見ても相当なものだろう。

 レナが少し顔を赤くして俺らの方を見ている。それを見たマーフィンはレナに尋ねる。


「顔が赤いけど、どうしたの?」

「な、なんでもない」


 レナは顔をそらして机を見る。すると、奥の方からまた女子がやってきた。


「そりゃ、二人ともイケメンだからだよね」

「う、うん……」


 レナは顔を手で隠しながら頷いた。意外と正直なのがなんとも可愛らしい。


「二人が並んでいたらみんな釘付けだよ」

「コリンか、流石に持ち上げすぎだよ」


 コリンは周りと比べ小柄で胸元まで伸びたの金髪は軽く揺れている。少しあどけなさが残るが、どこか大人な雰囲気も感じられる。


「そんなことないからね?」


 そう聞いて俺とマーフィンは周りを見てみる。確かにこちらを見ている女子は多い。目を合わせようとするとすぐに顔をそらす。


「新入りだから注目の的だな」

「そうだな。それで、次の授業だけど……」

「魔法実技だったか。魔法のことは少しわかる」


 少しどころか、魔王時代に極めている。新しい魔法も考案したりしていたぐらいだ。

 この時代の魔法は一体どれほど進化しているのだろうか、少し楽しみにしている。


「こういったデバイスって持っているか?」


 マーフィンが胸元から取り出したのは小さな魔石だった。特定の魔力に反応するよう錬成されているようで、ちょうどマーフィンの魔力に共鳴するようだ。


「これは?」

「え? 知らないの?」


 コリンが少し大げさに驚く。

 よくみるとコリンの胸元にあるペンダントにもマーフィンと同じように錬成された魔石が埋め込まれていた。


「悪いが、こういった石は初めてみる」

「そうだろうね。魔法が使える一家でもないと知らない人もいる」

「エビリスって魔力を持ってない家庭で育ったの?」

「ああ」


 もともと魔術師の家系であればよく見るのだろう。しかし、俺の時代でもこのような魔石というのは初めて聞く。

 分析して見ない限りはわからないが、魔力を伝達しやすい素材か何かでできているのだろう。


「これはね。自分の魔力を効率よく魔導具に流し込むものなの。これがないと扱うの難しいかも」

「これに関しては貸すことができないからな。授業はちょっと苦戦するかもね」

「なるほど、まぁ頑張ってみるよ」


 魔導具を効率よく起動させるための魔石か。案外人類も進化しているんだな。

 俺がいた時代ではこんな便利そうなものはなかった。だから人類は魔法具を使うために相当な訓練を強いていたのだ。

 ある程度魔力操作に自信がある人間はすぐに扱うことができていたが、それもほんのひと握りの人類だけだったか。

 この時代では、個人の魔力にあった魔石を用いることで魔導具を扱いやすくしているのだろう。


 チャイムがなり、授業が始まる。音は鐘を使ったものでもない音だが、この音に関しても慣れてきたところだ。

 教師が入ってくる。胸元には生徒よりも少し大きめの魔石が光っていた。


「よし、今日も魔導具の練習だぞ」


 そう言って教師は教卓をみる。

 教卓には生徒の名前が書かれており、どこに誰が座っているのか一目でわかるようになっている。


「そういえば、編入生もいたな。最初は慣れないと思うが、しばらくすれば大丈夫だろう」


 そう教師は楽観的に考えているようだが、実際のところは魔導具をそうすぐには扱えない人間が多いのは確かだ。

 魔石がないという点を考えれば、ほとんど昔と変わらない状況だろう。

 幸いにも俺は魔導具の扱いに長けている。その点はここの学生と同じぐらいのはずだ。


「それじゃ、魔法訓練場に向かうぞ」


 教師の合図とともに皆が立ち上がる。俺もみんなと同じく教科書を持って訓練場に向かう。

 廊下に出ると横の席にいるレナが話しかけてくる。


「魔導具の使い方わかるの?」

「昔、少し触ったことがあるぐらいだ。実技に関してはそこまで期待しないでくれ」

「私もね、あまり上手に扱えないの」


 レナは自信がなさそうに呟く。

 魔石を持っていても苦手なものは苦手なのだろうな。魔石があっても魔力制御などがある程度できなければならないということだ。


「……レナ、で良かったか?」

「あ、うん。レナ・ネイリウス……」


 ネイリウスか。この時代まで続いていたのだな。


「遅れた分をレナに教えて貰おうか」

「え? 全然できないけど?」

「元からできる人はそうでない人に教えられないんだ。なぜできないかを知っている人の方が教えるのに適してる」


 そういうとレナは少し微笑んだ。


「変なことを言う人ね」


 別に変なことではない気がするが、彼女からすれば変だったようだ。

こんにちは、結坂有です。

個性的で才能ある生徒が多いようです。次回からは魔王エビリスが授業を受けます。

ではお楽しみに。


次回からは一五時投稿になります。(多分これも変更すると思います……)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ