神の力
先行部隊が魔族領に侵入してきてから数日経った。
だが、あいつらが言っていた神の力というものが一体何なのかという疑問は晴れることはなかった。
「魔王様、これでどうでしょうか」
俺の部屋には勇者ミレクがいる。
彼女はまだ力が発現していないのか、目が金色ではない。
そんな彼女が今何をしているのかというと、魔力球を作る修行を行なっている。
あれから毎日のように続けている。
「ふむ、昨日よりも安定しているようだな」
「ありがとうございます」
俺がそういうとミレクは表情を明るくして嬉しそうに言う。
安定しているとは言ってもまだまだ未熟さの残る魔力球だ。これでは攻撃には扱えない。
射程も威力も少ない魔力球など意味がないのだからな。
「では次はこの程度の魔力球を作ってみろ」
そう言って俺は右手に拳大の魔力球を作ってみせる。
当然、これぐらいであれば魔法を扱うものなら誰でも可能であろう。しかし、彼女は魔力を見ることや感じることはできない。
だから、拳大の魔力球を作ることもそこまで容易ではないと言えよう。
「わかりました。今のこれよりも一回り大きいものですね」
「ああ、無理はするなよ」
「はい」
ミレクはそう言ってまた奥の安全な場所で魔力球を作り始める。
額に汗が滲み出て、集中していることがよくわかる。
あの調子ならあと数日で実戦に扱えるものが作れそうだ。
そんな彼女を見ていると魔力を感じないで魔法を扱うと言う感覚が俺も少し気になってしまった。
普通は拷問などに使うようなものなのだが、感覚遮断魔法を応用したものを自分に使ってみるとしようか。
自分の足元とに少し効能を変更させた感覚遮断魔法を展開する。
ミレクは目を閉じ、集中しているためこちらには気付いていない様子だ。
「なるほど、こんな感じなのか」
水中の中に潜ったように聴覚や視覚が曇っていく。体の感覚も無重力空間にいるかのようだ。
それと同時に魔力に対する感覚も失っている。俺の体から溢れ出る魔力が膨大であるのだが、それを感じ取ることができない。
ふむ、この状態で魔法を扱うと言うのはなかなか難しいではないか。
加減はよくわからないため、今は様子見として照明魔法でも使おうとしよう。
そう思い、俺は照明魔法陣を展開してみる。
展開にはそこまで苦労はしなかったが、発動させるための魔力を均等に魔法陣に注ぐことが難しい。
均一に魔力を行き渡らせないと、安定して魔法が発動しないのだ。
そんなことをしていると強烈な力で体が揺さぶられる。
そして、足元に展開されている感覚遮断魔法の術式が破壊される。
「魔王様! ご無事ですか!」
「何だ、クリシュか」
「いったい誰がこんな拷問を……さてはミレクがっ!」
「待て待て、これは俺が自分に向けて行なった魔法だ」
どうやらクリシュは俺が拷問を受けていたと勘違いしたようだ。
確かに、この魔法はそのような目的で作られていたから勘違いしてもおかしくはないのだがな。
「どうしてそんな危険な真似をしたのですか」
「魔力を感じないと言うのはどう言った感覚なのかと思ってな」
「だからって、一人でそのような魔法を扱わないでください。もし解除できなかったらどうするおつもりなんですか」
クリシュはそういうと人差し指を立てて、そう忠告する。
何、そのようなことなど心配してはいない。
「ふむ、こうしてクリシュが助けてくれるのだろう」
「私がこなかったらの話ですっ」
「どうかなさったのですか」
俺たちがそのような会話をしていると、奥の場所で集中していたミレクがこちらにやってくる。
「いや、クリシュが騒いでいてな」
「誰のせいで騒いでいると思っているのですか」
「ふふ、仲が良いのですね。羨ましいです」
俺とクリシュの会話を聞いていたミレクが口元を押さえながら微笑する。
「お前には仲の良い友達などいないのか」
「私は勇者の力を授かった時から半分隔離された生活を送っていました。だから歳の近い人と話すこともなかったのです」
確かにあのような情勢では勇者の力は持っているだけで狙われてしまうからな。
しばらくは隔離でもして隠しておく必要があったようだ。
だが、それでも時間稼ぎ程度でしかなく、いずれは気付かれてしまうものだ。だから、あのように俺に頼み込んできたと言うことだろう。
「そのような環境だったのだな」
「少し可愛そうです」
「クリシュ、珍しく同情しているのか」
彼女は人間にそのような情を抱くなどないものだと思っていたのだがな。
すると、彼女はこちらの方を向く。
「私でもかわいそうなどと思うことはあります。それに彼女は敵ではありませんからね」
ミレクのことをどうやら敵だとは思っていないようだな。
それならいい傾向だ。
「どうやらクリシュはお前の友達だそうだ」
「魔王様、そんなこと言っていないですよ」
「何だ、友達になってやらないのか」
「……命令であれば友達になってあげてもいいですけど」
「すまんな、ミレク。素直ではないからな」
そう言うとクリシュが俺の肩を軽く叩いてきた。
全く正直に話せないところは昔から変わっていないようだな。
「素直ではないのは私も同じですので、仲良くなりそうです」
「ふむ、それならよかった」
「何が、よかったのですか……」
クリシュはそう言うとふいっとそっぽを向いた。
「ところでクリシュ、”神の力”については何かわかったか」
「急に話題変える……」
小声で彼女はそう言った。
「どうかしたか」
「いいえ、何でもありません。色々と調べてみたのですけど、あのような力は見たことないとのことです」
「そうか。やはり未知の力ということだな」
過去の資料も全て残しているのだが、あのような力はなかったようだ。
となれば、もっと古い情報を持っている妖精に聞く方が良さそうだな。
今ならメライアもまだいることだろう。
「少し出る」
「どこに行くのですか?」
俺が部屋から出ようとすると、クリシュが駆け寄ってくる。
「大妖精のメライアに話をしに行くつもりだ」
「そう、ですか。城から出ないのですね」
「安心しろ」
そう言って俺は部屋を出た。
メライアがいる場所はこの魔王城の地下だ。
そこは俺以外は入れないように強力な結界を設けているため、クリシュでも幹部でも入ることはできない。
地下のメライアがいる場所に行くと彼女はいつものようにベッドに座っていた。
「あら、魔王様。今日はどうかした?」
「少し聞きたいことがあってな。神の力って知っているか」
俺がそう言うとメライアは珍妙なものでも見たかのような反応をした。
「神の力なんて存在しないよ」
「以前出会った人間が神の力などと言っていたものだからな。少し気になったんだ」
そして、俺はその時人間が扱っていた魔法陣を展開してみる。
あれから少し試してみたのだが、魔力を十分に使ったとしても破裂してしまうだけで何も起きなかったのだ。
「これ、魔法陣としては不完全よね」
「ああ、そいつらはこれを使って姿を晦ましたんだ。だが向こう側からも攻撃できないのか何もしてこなかったがな」
メライアは俺が展開した陣形を凝視する。
やはり、彼女でもわからないのだろうか。
「これ、この次元のものではない……」
「別次元の魔法か」
「うん。私たち妖精もあなたたちとは違う魔法を扱うでしょ」
「ああ」
初めてメライアと知り合ったときにそのことは聞いていた。
魔族や人間とは違う力で妖精は魔法を引き起こすのだと言っていたな。
妖精は概念的なことを変化させることができる力を持っている。その強力な力のため色々と決まり事があるらしいがな。
だが、俺や魔族、人間などは概念を崩すことはなく、それを利用した形での魔法を引き起こすことができる。
氷は冷たく、炎は熱く。光は明るく、影は暗いと言ったように俺たちはそれらを変えることはできない。どんな魔法を使っても氷は熱くはならないし、炎は冷たくならないのだ。
その点、妖精であれば、氷は冷たいと言う概念を覆すことが可能なのだ。
「だから、この魔法は変よ」
「ふむ、これは妖精でも俺たちのでもない全く別の次元の魔法だと言うことだな」
「おそらくね。私も色々考えてみるね」
「そうしてくれると助かる」
別次元の力、そして俺が感じた負の力。
いったい何を人類は作り上げたと言うのか。
対処できないわけではないが、少し注意しておかなければいけないな。
こんにちは、結坂有です。
先行部隊が使っていた神の力はどうやら別次元の力のようです。
妖精でも、魔族や人間のような魔法でもないとなれば、いったい何なのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。




