勇者の出現
魔王城の急な移動で人類側はどうやら警戒して、あまり攻撃を仕掛けてこなかった。
しかし、それもすぐに攻撃を開始し、激しさを増していくことになった。
「これで十回目だぞ」「人間も懲りないものだ」「こちらの兵力も日々疲弊して行くばかりじゃ」
今日も今日とて幹部は人類側の攻撃をどう対処するか考えている。
この戦争で魔族は死者をほとんど出していないが、それもいつまで続くことやら。
「ひとつ聞きたいことがあるんだが」
「ま、魔王様。なんでしょうか」
俺が声を上げると皆は萎縮し始める。
そこまで俺が怖いのか、それとも畏敬の現れだろうか。まぁ今はどうでもいいことだ。
「今までで一度もこちらに攻撃をしていない国はあるのか」
「……はい、一つだけ存在しているようです」
クリシュがまとめられた資料をめくりながらそう答える。
「ふむ、それはどこだ」
「グルージア帝国ですね。軍事力、経済力ともに人類で大きく発展している大国の一つです」
そう彼女が解説する。
なるほど、そこがこの戦争で一度もここを攻撃してきていないと言うのか。普通であればどこかの国が協力を求めていてもおかしくないはずだ。
しかし、今まで一度もそう言ったことをしていないと言うのはおかしな話だ。
「では、その国に行ってくる」
「しょ、正気ですか魔王様っ」
幹部の一人がそう言う。
ただの面会だけにそう騒ぐものでもないだろうに。
すると、クリシュが席から立ち上がり俺の方を向く。
「魔王様、私も同行します」
「危険だ」
「それは魔王様も同じです。二度目はないですからね」
どうやら本気で来るようだ。
まぁ俺の近くであれば危険はないからな。別にいいだろう。
「わかった、離れるなよ」
すると、クリシュは俺の服を摘む。
そう言う意味での言葉ではないのだがな。
「あとは任せたぞ」
俺は残りの幹部の人たちにそう言って会議室を出ることにした。
「いくらなんでも……」
一人が何かを言おうとしたようだが、それを遮るように俺は扉を閉めたのであった。
魔王城から高速空中移動魔法でその大国に向かうことにした。
この魔法は俺がいつも使っているもので、雲のさらに上を飛ぶことで人類側に全く気付かれずに移動することができるのだ。
そして、そこから垂直に降下するとそこはグリージア帝国の城門であった。
「!!……ま、魔族の」
「魔族の王だ。ここの皇帝と話をしたい」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
門番がそう言って城の中へ案内してくれる。
ふむ、これは思ってもいなかった展開だ。
礼儀正しく接しているようだし、ここはこの人について行くことにしよう。
城の内部は非常に装飾がしっかりしており、どこをみても神殿を彷彿とさせる壁画で埋め尽くされていた。
「この先でお待ちになられています」
「今日ここに来ることを待っていたようにも思える」
どうやってかしらないが、俺がここに来ると決めたのはつい一時間ほど前だ。
文字通り急な来訪なのだが、快く招き入れてくれるとは妙だ。
「我が皇帝陛下様は妖精に憑かれたお方です。ここに魔王が来ると言うことを先ほど予言なされたからです」
なるほど、俺の魔力などに反応してここに向かっていると言うことを感じ取ったのだろうな。
妖精族と関わりを持っているとなれば、それぐらい出来たとしても当たり前と言えるな。
「そうか」
俺はそう言って目の前にある大きな扉を開けることにした。
扉を開けるとそこには髭を長く生やした老人が座っていた。
「そろそろ来ると思っていましたよ」
老人は低い声でそう言った。
その老人がどうやらこの帝国の皇帝のようだ。
「お前が皇帝だな」
「ええ、グルージア帝国皇帝のバンデル・オークリベスと申します」
「俺は魔族の王、エビリス・アークフェリアだ」
お互いに自分のことを名乗る。
このバンデルという人物はどうやら魔術も相当なものなのだろうな。
魔力が強いということは一目見ればすぐわかるものだ。彼は自分の魔力を完全にコントロールできている。
基礎がしっかりとしており、さらにその持っている力も大きいと感じる。
明らかに人間界では勇者級の魔術師だ。
「立って話すの疲れるでしょう、お座りください」
「魔王様、私が先に座ります」
「いや、俺が座る」
そう言って俺はクリシュよりも先に椅子に座った。
「どんな仕掛けがあるかわかりませんよ」
「どうせ攻撃される時はされるものだ。気にして何もしないよりかはいいだろう」
「ほっほっほ。私には魔王を倒せるほどの力はありません。案ずるではない」
バンデルはそう言って自分を過小評価する。
彼はそこらへんの魔術師とは一線を画するほどの実力者なのは間違いないのだがな。
「そ、そうですか」
クリシュは警戒しながらもそう言って椅子に座る。
「それで話なのだが、どうして俺たち魔族を攻撃しない?」
椅子に座るのを見てから俺はそう切り出した。
すると、バンデルは背もたれにもたれかかり答える。
「攻撃されたいのですか」
「そういうわけではないのだがな。少し気になったんだ」
「私はノーレンとは違います。彼の言動に私は怒りを覚えた、その反対の意ということで攻撃していません」
バンデルはノーレン・エグザリウスの名を出した。
「ノーレンが裏で関わっているのか」
「お気付きでないのならお答えします。彼は周辺諸国と連携を取り魔族を崩壊させようと企んでいます」
「初耳だ」
ノーレンが関わっているとすれば、納得できる部分もある。
しかし、まだ足りない部分がある。それは動機だ。
彼がどうして魔族を壊滅させたいと思っているのか、その理由がわからない。
「おそらくは魔王の力が欲しいのでしょう。魂幹同士を融合するという超大規模魔法を開発した彼ならそう考えると思います」
「魂幹融合魔法……それは本当のことなのか」
「実際に私はこの目でその魔法陣を見たことがあります。ですが、どう言ったものなのかは記憶を消されてしまったのでわかりません」
見たという記憶だけで、内容を消したのだろう。
お互いの同意であればそのようなことは簡単だ。どうやらバンデルは証拠だけでもとその魔法陣を確認したということだろう。
ただ、それにしても奇妙だな。
人間がここまで魔法が発展するとは思ってもいなかった。
魂幹融合魔法は一度俺も考えがことがある。しかし、色々と問題が生じることからその魔法の研究をやめた。
魂幹、つまり魂情報を一つにまとめてしまうと本来の自分の魂の在り処が分からなくなる。それがどう言った結果を生むかは想像でしかないが、醜く不安定な存在となるのだろうな。
「ふむ、その話が本当なら人類は自ら滅亡の道を歩んでいることになる」
「その通りでございます。ノーレン以外にも悪い考えを持っている王も多くいます」
「なるほど、話は理解した。そのことを視野に入れながらこの先計画を考えるとしようか」
「まさかとは思いますが、人間の言葉を信用するのですか」
俺の反応にクリシュはそう質問してくる。
バンデルが嘘をついている可能性は確かにあるのだが、嘘ではないと踏んでいる。
「一つ聞きたいことがあるのだが、そのノーレンは本当に今も生きているのか」
俺が最後にあったのは百年以上前の事だ。
もし生きているとすれば、人間にしては長生きし過ぎな気がする。
「今年で一五七歳になるそうです。魂幹融合を実行し始めているということです」
「話だけだが、本当かどうかは確かめればすぐにわかることだ。そんなすぐに発覚してしまうような嘘を吐くとは思えない」
俺がそういうとクリシュは少し考える。
そして、頷いてから俺に答える。
「……わかりました」
「話は以上だ。協力、感謝する」
俺はそう言って立ち上がる。
「少し頼みたいことがあるのだが、いいですかな」
「俺にできることならなんでもいい。話を聞かせてくれたからな」
「実は、私の国に勇者がおられるのです」
「ゆ、勇者ですか? やっぱりこの国も敵では……」
「その勇者がどうした」
俺はクリシュの言葉を遮って詳細を聞くことにした。
「あなたの国で保護して欲しいのです」
「ふむ、それはできない話だ」
そういうと、バンデルはあからさまに残念そうな顔をした。
「一つ条件だ。俺の自室の中であれば保護できる」
「それは光栄なことだ。きっと彼女も喜ばれることでしょう」
「魔王様、それはあまりにも危険ではないですか?」
クリシュは暗殺を考えているようだが、俺が勇者一人に倒されるほどの弱いように見えるのだろうか。
まぁそのことはどうでもいいことだ。
「それで、勇者の名前は?」
「ミレク・フィンドレアです」
「ふむ、保護の理由を聞こう」
俺はそう言って再度椅子に座り直した。
こんにちは、結坂有です。
どうやら魔王は勇者を保護することを受け入れるようです。
普通は対立するはずの二人ですが、これからどうなるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
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