ミリアはエビリスの対応に悩む
夜、私はエリーナの部屋に行くことにした。
昼休み前の食堂での会話を私は覚えていたからだ。おそらくエリーナの部屋にはもうエビリスくんはいないだろう。
そう思いながら、私はエリーナの部屋のインターホンを鳴らした。
「ミリア、来たんだ」
「お邪魔するね」
出迎えてくれたのはエリーナだ。もちろん当たり前だが、少し様子が変だった。
何かガッカリしたような、そんな感じでもあった。
「エビリスくんには何もしてないよね?」
「ご心配なく〜 部屋に上がってく?」
エリーナは軽くあしらい、奥の部屋に私を案内する。
長居するつもりはなかったが、今後のためにエビリスくんの話もしたい。ここは言葉に甘えることにしよう。
「そうするね」
「ちょうど夕食作ってたところだから、一緒に食べよ」
私とエリーナは奥の部屋に向かう。奥の部屋には作りかけていた料理が並んでいた。しかし、この量は一人にしては少し多い。おそらく私がここに来ることを予想していたのだろうか。
私はソファに腰をかける。エリーナはキッチンで料理を作り始めた。
「これ、一人で食べるつもりなの?」
エリーナは味見をしながらこちらを向く。
「ううん、エビリスくんと食べるつもりだったから」
「え?」
予想外なことにエビリスくんをここに呼んだみたいだ。
「だって、エビリスくんも夕食食べるでしょ? まだ買出しもしてないから私の家で食べよって言ったの」
確かに買い物をしていないエビリスくんの部屋は食料がない。それならエリーナの言葉も納得できる。だが、エリーナは酔うと少し色っぽくなる。エビリスくんには危ない。
「今日、私が来なかったらどんなことになったのやら」
「大丈夫よ。ミリアには迷惑かけないから」
「エビリスくんが迷惑するでしょ。特にエリーナはお酒に弱いし」
「あの子にお酒飲ませるつもり?!」
「違うよ!」
そうこう言っている間に料理は次々と完成していく。そして、最後の料理が完成したところでインターホンが鳴る。時間はちょうど七時になったところだろうか。
エリーナは少し楽しそうに玄関の方へ向かった。
「いらっしゃい!」
エリーナはドアを開けると同時にエビリスくんに話しかける。私はエリーナの後ろからゆっくりと顔を出す。
彼の服は昨日の服ではなく、一般的な服に変わっていた。
「よく似合ってるね」
「ミリア先生も来ていたのか。これはエリーナが服を繕ってくれたおかげだ」
どうやらエリーナが選んだ服のようだ。ここまで勝手にされると私の立場がなくなる。
「エリーナが選んだの?」
「そうだよ? エビリスくんもいつまでもあの服は嫌だよね」
エリーナがエビリスくんに向かって話しかける。
「流石にあの服は動きにくいからな」
「ほら……」
エリーナが自慢気そうにこちらを向く。他にも色々服を選んだそうだが、これから学生になれば平日は学生指定の制服を着なければいけない。そのことも教える必要がありそうだ。
「はいはい、料理できてるみたいだから上がって」
「お邪魔します」
エビリスくんはゆっくりと玄関に上り込む。
リビングに入るとエビリスくんは少し驚いたようだった。
「こんなにたくさん作ったのですか?」
「驚くほどじゃないよ」
確かに二人で食べるには少し多い気がする。今回は私もいるし、ちょうどいいくらいだろう。
「冷めないうちに早く食べよ」
三人で食卓を囲み、夕食を食べることにした。
「エビリスくんはお酒の匂いとか大丈夫?」
「ああ、問題ない」
それを聞いたエリーナはすぐにお酒を私のコップに注いだ。
「まずはミリアから」
「なんで私なの」
「決まってるじゃん」
そんな話はしていない。私はあまりお酒は飲まないが、飲み会では少し飲む程度だ。
「私も飲むから、乾杯」
エリーナは自分のコップにも注ぎ、それを掲げる。
「エビリスくんも」
少し遅れてエビリスくんも乾杯する。
お酒にはあまり慣れていないが、仕方ない。飲むことにしよう。
「これって……」
ほのかにアイスティーの香りがする。味もそれに近い。いや、アイスティーそのものだ。
しかし、後味にアルコールがあるのも感じられる。
口当たりのいいお酒、いや、これはカクテルだ。つまり、このタイプは危険なアレだ。
「そう? 飲みやすいでしょ?」
「飲みやすいけど、度数高いでしょ」
「バレた……」
エリーナは小声でそう言って、不満気そうにそっぽを向いた。
「ミリアの酔うところ見たいって、エビリスくんが」
「そんなこと言ってないよね?」
流石にそうは言ってないだろうが、一応確認のため聞いてみることにした。
「そこまで明確には言ってないが、少し外れたミリア先生も見てみたいなとは言ったか……」
「え?」
意外だった。
「ほら、真面目そうなミリアの別の姿って見たいものでしょ? だから、ね」
「別に酔ったところ以外を見せればいいじゃん。なんで酔わそうとするの」
「ねぇエビリスくん、ミリアって酔うとすごいのよ?」
エリーナがエビリスくんに耳打ちする。
「こら、そんなこと言わないの」
そういって、エリーナはまた一口、二口とカクテルを飲み始める。
ほのかに頬が赤くなり始める。それを見ている私も酔い始めているのだろうか。
「エビリスく〜ん、こんな美人なお姉さんに囲まれてどう?」
エリーナが目元を潤しながら、エビリスくんにもたれかかる。
「こ〜ら、エビリスくんが困ってるでしょ」
私はエリーナを抱え起こそうとするが、エビリスくんに抱きついて離れない。
「ねぇ〜 どうなの?」
「意外にもそこまで悪いものではないな」
「だって〜 ミリアももっと酔ったら?」
「ここで二人とも潰れたらダメでしょ?」
ゆっくりとエビリスくんからエリーナを離れさせる。
酔ったエリーナはやはり危険だ。これからも注意しないといけない。
「いいじゃん。まだ学生じゃないんだし」
「何がいいのよ」
「狙えるじゃん」
エビリスくんは顔を背けた。
エリーナは学生じゃないなら恋人として狙ってもいいと言っているのだろう。
「ダメでしょ。明日からエビリスくんも学生なんだから」
「学生じゃなきゃ、ミリアも狙ってたでしょ」
「そんなことないから。それとエリーナには渡さないからね」
「ミリアが狙ってるの?」
不覚だった。少し酔っているのか、言葉が滑ってしまった。
「そ、そんなことないからね。エビリスくんはこれから生徒になるんだから」
一応、駄目押しの弁解をしておく。いや、本心なのかただ言葉選びを間違えたのかわからなくなっている。
これ以上はボロが出るかもしれない。無駄に口を開かないようにしよう。
そんなこんなで夕食は過ぎ、九時ごろには解散した。
エビリスくんは終始、楽しそうにしていた。多少気まずい青春のような空気にはなったが、問題ないだろう。
”人喰いの森”から出た後だから楽しませなければいけない。そうしないと心の成長が止まってしまうからだ。
過去のトラウマにならないように、サポートするのも先生の役目だ。とそう言い訳を作ってみる。
夜も遅くなり十一時を過ぎた。
「ミリアはこれからどうするの?」
「うーん、普通に教師を続けるかな」
「エビリスくん、あの子は特別よ」
やはり、エリーナも何かを感じ取っていたようだ。だが、ここは私からは言及しない。
「何が?」
「……気付いてないなら、いいか」
エリーナは余ったカクテルを少しずつ口に含む。
エビリスくんの特別な何か、それはまだ具体的にはわからない。しかし、今後あの子が学生として生きるようになるときっと弊害になるだろう。
この感覚は妖精に勇者として選ばれたフィーレという女性に似たものだ。
運が悪いのか良いのか、その勇者は貴族学院にいる。直接対峙することが少ないが今後どうなるかはわからない。
エビリスくんが一人の人間である以上、私は教師として彼を成長させたいと思っている。
◆◆◆
エリーナの部屋で夕食を終えたあと、俺は自分の部屋に戻ることにした。
扉の前の装置にエリーナからもらったこの鍵を当てる。
魔力か何かで反応したのか、ドアの施錠を解除した音がした。薄いカードのようなものだが相当な代物だ。
部屋には生活に必要なものが揃っているが、どれも初めて見るものだ。どう使えばいいのか全くもってわからない。
だが、俺は魔王だ。しっかりと学習できる。
ミリア先生がやっていたように扉の近くにある突起物に触れ、明かりをつける。仕組みはわからないが、魔力は必要としないようだ。
「ふむ、蓄積された魔力を使っているか……いや、魔力の反応はないな」
壁に何か埋め込まれているのかと調べてみるが、よくわからない。
明かりを確保した俺は部屋の奥へと足を運ぶ。奥の部屋はベッドルームとなっており、少し大きめのベッドの前には小さな机が置かれていた。
俺はベッドに腰をかける。
「やはり、この時代のベッドは心地がいいな」
睡眠の質は健康の質につながる。人間も魔族もそこは変わらない。激しい戦闘が起きた際は高級なベッドなどを前線の魔族に支給したものだ。
少しでも兵士の健康を維持し、万全な状態で戦闘に挑むことができるようにしていたからな。
「明日からこの学院で生活か」
そう思い、ベッドに横たわる。
ふんわりと香るのは天日干しの匂いだ。この香りは元いた時代でもよくあった。
この匂いはいつの時代も一緒なのだな。
今朝には制服も部屋に届いていることだし、今日は眠ることにしよう。
その日は夜も遅いため、ゆっくりと眠ることにした。
こんにちは、結坂有です。
ミリア先生はエビリスのことをどう考えているのでしょうか。ミリア先生のこれからの行動にも注目です。
次回から魔王は教室でいろんな生徒と出会いますので、お楽しみに