魔王は新たな仲間を得る
メライアの話を聞きながらある程度過去の出来事を思い出した。
人魔大戦の幕開け、そしてノーレンとの対面。確かにあれほどの刺激的なことはなかったかもしれないな。
「ふむ、色々と謎の多い人物だったということだな」
「大魔王様が大陸を破壊した時だからね。あれほど怒ったの初めてだったし」
メライアが言うように地図の形を大幅に書き換えるようなことをしたのはこれが初めてだった。
この最初の大戦がきっかけで完全に人類から敵対視された魔族はその後、勇者などを連れてきてより戦略的な戦いへと進化していった。
俺の体が分裂して、全ての攻撃に対処できれば魔族は誰一人犠牲になることはなかったのだが、それはさすがの俺でも不可能な話だ。
大量の分身魔法は意識の混濁を招くことがある。過去の俺で多くて五人程度までが限界だった。
「あれ以降はしっかりと反省した。大規模破壊は行わなかっただろ」
「あんな魔法毎日毎日やってたら地球の陸地がなくなるからね。当然よ」
メライアはなぜか自慢げに胸を張った。
どうやらそれを阻止したのはこの私だと自負しているようだ。
しかし、俺が怒り狂ったとしても節度は守るつもりだ。
「ふむ、いくら最悪でも城周辺の陸地は残すつもりだった。さすがに全ての陸地をなくすことはしない」
「ほとんど全部じゃん!」
そんな会話をしているとアイスがくすりと笑った。
「何がおかしい」
口を手で押さえて笑うアイスに俺はそう聞いてみた。
「いえ、メライア様とエビリス様は本当に仲が良いと思っただけです」
「仲がいいとか当たり前でしょ」
アイスの言葉にメライアがそう応えた。
まぁ互いに信頼し合っているから仲が悪いことはないな。
「羨ましいです」
「え? 大魔王様とアイスちゃんはよく似合っていると思うし、私の方こそ羨ましいと思ってるよ」
「そう、なのですか?」
メライアはアイスの言葉に大きく頷く。
「うんうん、私なんかよりも清楚なアイスちゃんは大魔王様は良いカップルだもん」
「カ、カップル……なのですか」
「逆にそれ以外あるの?」
メライアの質問にアイスは小さく首を振った。
なるほど、こう言うことがカップルということなのか。また一つ人間の言葉を知ったな。
それから数日経ち、土曜日となった。
土曜日は学院は休みである。レイはこの日に合わせてくれたのだろう。
「街の方のカフェでしたね」
「ああ、そこで九時ごろ待ち合わせと言っていたな」
俺が返事を送ってから待ち合わせ場所の手紙を送ってきた。
それによると街にある小さなカフェで話し合おうとのことであった。このカフェは以前リーシャと街を散策した時に通り掛かったことがあった。道に迷うと言うことはないだろう。
目的地であるカフェに到着すると、淡い水色の髪の女性がすでに座っていた。
彼女がどうやらレイであるようだ。
その美しい水色の髪はフィンドレア家の特徴でもある。
そして、彼女の立ち居振る舞いはこのカフェのシックな雰囲気にぴったりである。大人っぽさを醸し出しており、非常に美しいのであった。
「待たせたか」
「いえ、私も先ほど着いたばかりです」
とは言っても手に持っているカフェオレは半分ほど飲んでいる。
それを確認して、俺は席に座る。
「話も長くなると思いますので、何かお飲みになりますか?」
「ふむ、ではコーヒーにしよう」
「わかりました」
そう言ってレイは店員を呼び、注文をするのであった。
しばらくして運ばれてきたコーヒーは非常に上品な香りだった。その香りに引き寄せられるように一口飲むことにした。
口に含むと一気にコーヒーの香りが広がるのを感じた。
「この店はよく来るのです」
「行きつけというわけか」
「そうですね。コーヒーはいかがですか?」
レイはそう言いながらカフェオレを軽く飲む。
「運ばれた時からだが、香りが良い」
「そうですよね。この店の自慢だそうです」
なるほど、これほど香りに拘っているのなら自慢と言えよう。
「そうか。これなら納得だ」
「はい。それで話なのですけど、エーデンのことで少し聞きたいことがあります」
やはりそうだろうな。俺とあいつとの会話を聞いていたのだから、気になることがあるのは当然だ。
「話せることなら話そう」
「エーデンとは一体何者なのですか?」
一言では答えることはできない質問だな。ただ、何も答えないというわけにもいかないだろう。
「高次元の力を持った過去の人物だ。彼はすでに不死身の存在で過去の勇者が封印していた」
「高次元の力、巷で噂されている力のことですよね」
やはりレイも知っていたようだな。学院でも話題になる程だった。彼女も知っていても不思議ではないか。
「厳密には少し違うと思うがな。同じ部類だろう」
「そうですか。次の質問です。彼は倒せる存在なのでしょうか」
非常に難しい質問だな。勇者に倒せないとなれば困難を究めることになるだろうが、不可能ではないだろうな。
それに一度は封印に成功しているわけだ。
「不可能ではないだろう。だが、非常に厳しい戦いにあるだろうがな」
「わかりました。最後の質問です。あなたは何者なのですか」
一番気になるのはそこだろうな。学院の一生徒がなぜここまでのことを知っているのか、そしてその強力な力を持っている理由についても知りたいようだ。
「何者か。それは俺も聞きたいところだ」
「自分でもよくわからないのですか」
「ああ、親も知らない上に魔族の森で一時期過ごしていたからな」
公にされている情報だけを言う。
以前は魔王として生きていたなど口が裂けても言えない事実だからだ。
「そう、なのですか。私もあれから色々と調べてみたのですが、よくわからなかったです」
「確実なのは俺は人間であると言うことだ。敵ではない」
「それは助けてもらったので理解しています」
その辺りは改めて言う必要もなかったか。それにしても彼女に与えている情報が少ない気がする。
これでは会っている意味がないな。もう少し深く話してみても良いかもな。
「まぁ魔族に近い力を持っているのは勇者のフィーレから聞いた。俺は知らなかったがな」
「フィーレとお知り合いなのですね」
「ああ、俺であればいくらでも協力しよう」
「それは……助かります」
少し返事に戸惑っていたが、そこはあまり気にしないでおこう。
おそらくそれは彼女自身の問題だろうからな。
「ところで、隊長の様子はどうなんだ?」
「あ、今は安定しております。内臓の損傷が大きかったのか、しばらくは安静にしなければいけませんけど」
「無事ならそれで良い」
エスタ隊長の力は過去の勇者の血筋からして非常に強力だ。
人類最強と言われている彼とフィーレをうまく使うことができれば、エーデンをまた封印することもできそうだからな。
「あの、その。私も学院に行こうかなと考えておりまして……」
俺がコーヒーを飲んでいると、急にそんなことを言われた。
何、彼女が学院に行くだと? 一体どう言うことだろうか。
「学院に行く、と言うのか」
「ええ、年齢的にも問題ないですし」
「もしかして学院に行ったことがないのか?」
そう言えば、彼女の年齢を聞いたことがなかったな。まさか俺たちと同じ年齢なのか。それとも偽ると言うことだろうか。
「そうですね。生まれた時から部隊の方で訓練しておりましたから。家の事情という物ですね」
「何も学院に来る必要もないだろう」
「エスタ隊長があの状況では私たち魔導特殊部隊の活動できません」
特殊部隊のことも聞いていなかったな。改めて考えてみると彼女のことはまだわからないことだらけだったな。
「ふむ、詳しく話を聞かせてくれ」
「はい。まず特殊部隊のことですが、厳密には非正規の部隊となっています。エスタ隊長の完全主導で動く部隊でして、彼があの状況では動くことができないのです」
なるほど、特殊部隊とは名ばかりということか。それにエスタ隊長が主導権を握っているということは彼がいなくては活動ができないということだ。
つまり、彼が完全に回復するまでは仕事ができないということのようだ。
「それと私はあなたたちと同じく今年で十七歳になるのですよ」
「大人びているからそうとは気付かなかった」
「えっと、老けているということですか?」
俺がそういうと彼女は少し悪戯顔でそう質問してきた。
「そういう意味ではない。年齢以上に落ち着いている、そう言った意味だ」
「ふふっ。わかっていますよ」
そう口元を手で押さえて笑うレイはどこかクリシュに近い面影があった。
もしかしてだが……いや、そのことを考えるのは性急と言える。物事が確定してから色々と考えるとしよう。
「それで、学院に入る理由はなんだ」
「色々とありますが、一つにあなたの監視です」
「何も監視される筋合いはないが……」
「二つ、私が入ってみたいからです」
言葉を遮るようにレイは言う。おそらくこれが本音だろうな。
それにしても俺の監視など、影にいるアイスだけにして欲しいものだ。
そう俺が考えているとレイがこちらを覗いてきた。
「三つ、私は色々と融通が効きます」
「ふむ、俺が許可することでもないが、別に良いのではないか」
知り合いが増える分には問題ない上に、彼女には聞きたいことがまだあるからな。
「そうですか。では、月曜日から編入となります」
「気が早いな」
「はい。そのために早くお会いしたかったのですから」
「なるほどな」
そう言って、俺は残りのコーヒーをゆっくりと飲み干すのであった。
こんにちは、結坂有です。
まさかの展開となってしまいました。魔導特殊部隊の副隊長であるレイが学院に入学することになりました。
彼女と魔王の関係はこれからどうなっていくのでしょうか。
そして、学院生活はどのように変化するのか、面白くなりそうです。
それでは次回もお楽しみに。




