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過去の戦い〜前編〜

 あれは二千年ほど前の出来事、俺は魔王になって二百年が経った頃だ。

 その頃はまだ人類との戦いが本格的に始まっていなかった。局所的には戦闘は起こっていたが、それほど大規模なことは起きていなかった。


「魔王様、こちらが今日の調査報告になります」


 いつも通り俺は魔王の玉座に座っていると、補佐がそう資料を渡してくる。

 百ページを超える書類だが、俺は魔法を使ってものの数秒で読み終える。

 このやりとりは毎晩の日課だ。


「ふむ、今日の戦いは人類が勝ったのか」

「そうですね。これから人間は危険な存在になってくると思われます」


 魔力を持っているのは俺たち魔族だけではない。人間もまた魔力を持っている。ただ、それを使わなかっただけだ。

 それに、補佐が言う通り人間が魔法を覚えるようになってきたのであれば、危険な存在になるだろうが、それは今に始まったことではない。


「元から危険な存在だ。勇者という存在は以前からも存在していた」


 妖精を大切にしている人類はただでさえその恩恵が大きい。

 勇者と呼ばれる幼生に認められた人は人間の限界を超え、魔族小隊を単独で壊滅できるほどの強力な能力と力を得る。

 それに妖精に求められなくともその強力な魔力で勇者に匹敵する人間もまた存在する。


「妖精に力を授かった勇者、それに匹敵する魔術師がいるのやはり危険です」

「そう慌てるな。何も敵対しているわけではない」

「ですが、人類は力に溺れやすい。そうなればいずれ魔族にも危害が及ぶかもしれません」


 確かに補佐の言っていることはそうなのかもしれない。人類は肉体的に弱いが故に目に見える力に固執しやすい。

 暴力、これは財力や権力よりも目に見える上に証明も簡単だ。

 しかし、そんな力は強いか弱いか、勝つか負けるかの単純な結果でしか分からない。


「何、この俺が負けるとでも言うのか?」

「いえ、そう言うわけではありませんが……」


 彼女が言いたいのはもしものことだ。万に俺が負けるとは思っていないのだろう。

 それでも俺だけが勝ってしまっては意味がないのだがな。魔族で生き残ったのが俺だけだったとなれば、それは敗北に近い。


「まぁ心配するな。もし強力な力で押し寄せてきたとしても俺には勝てる自信がある」

「それならいいのですけど」


 心配症の彼女ならそう考えるのも無理はないか。


「そう言えば、お前の名はなんて言うんだ?」

「私の名、ですか?」

「ああ、名を覚えるのがどうも苦手でな」


 それに百年近くも名で呼んだことがないからな。こうなるのも無理はないだろう。そう思いたい俺であった。


「……そうですね。改めて自己紹介します。私の名前はクリシュ・グレーベンです」


 俺の補佐を務めているクリシュは丁寧に一礼をして名を名乗った。

 話す前に一瞬不思議そうな顔をしたのは見なかったことにしておこう。魔王ながらなんとも恥ずかしいことだ。


「ありがとう。覚えておくよ」

「私の名前をまた忘れましたら、お教えします」


 そう言って、軽くウィンクを決めるクリシュ。昔はもっと明るい性格だったな。

 そんな普段見せない明るい行動を見ているとクリシュがすぐに姿勢を正した。


「……失礼な行動でしたね。申し訳ございません」

「気にするな。明るい行動もいいではないか」

「そ、そんな。ただの無礼者になります」


 ふむ、そんな考えになるのか。


「その程度で無礼者になるわけがなかろう」

「それならいいのですけども」


 そう言ってクリシュが少し反省したように振る舞う。

 俺はその明るい行動が好きなのだが、まぁ俺を怒らせると怖いと思っているのだろう。


「仕事があるだろう。早く終わらせて今日は寝るといい」

「いいえ、魔王様のサポートは補佐の仕事ですから」

「ここまでの書類をまとめるのも苦労しただろう。今日はゆっくり寝るといい」


 さすがに百ページを超える書類はそう簡単にまとめられるものではない。

 夜とは言え、まだ深夜というわけではないこの時間までに作れているのだ。苦労していないわけがない。


「……わかりました。その言葉に甘えてみます」


 そう言って少し表情を明るくしたクリシュは魔王の玉座から離れていった。


「いつもあの調子なら俺としても嬉しいのだがな。この立場となれば少し話しにくいのだろうな」


 そんなことを考えていると、城が急に揺れ始めた。

 強力な魔力による魔術は地面を揺るがす。そのことはわかっているのだが、この魔力は異常だ。

 すると、玉座の間にすぐ兵士が駆けつけてきた。


「どうした」

「伝令! ただいま北西の方から強力な破壊魔法の攻撃です」

「ふむ、魔法の正確な種類はなんだ」


 強力な魔術なのは理解できるが、その種類にもよる。


「まだ不明です」

「なら、俺が出るとしようか」


 そう俺が口を開くと奥からクリシュが現れてきた。

 眉間にシワを寄せていることから少し怒っている様子だ。


「魔王様、一つ言います。もう少し自分の命を大切にしてください」

「俺の命で魔族が存亡するのであれば、俺は構わん」


 実際に俺の命で全てが解決するのであれば、そうしているところだ。

 しかし、世の中はそう簡単に全てが解決できないのも事実なのだがな。


「それですから……」

「俺は行く。伝令、補佐を抑えてろ」

「え、ちょっとっ!」


 そう言うと兵士はクリシュを抑えて、俺の通路を開けてくれる。


「助かる」


 それから俺は城を出ることにした。

 外に出るとやはり衝撃波がものすごいことになっている。


「この規模であれば、千人規模だろうか」


 そんなことを考えていると周りの兵士が集まり始める。


「魔王様、ここは危険です」

「何、この程度で俺は死なん」

「もう城壁は破壊されてしまっていますっ」


 なるほど、あの城壁を破壊するとはな。俺が何十年もかけて強化した壁だ。そう簡単に壊れることなどないのだがな。


「なら、俺がその攻撃を阻止しようではないか。千人規模の人間と俺がどちらが強いのだろうな」

「魔王様!」

「なんだ、もう来たのか」


 どうやら先ほどの兵士を撒いて来たようだ。だが、決定したことだ。

 俺はクリシュの言葉を無視して、北西の方へ足を向ける。


「危険ですよ」


 先ほどから強烈な衝撃波が城を襲っている。空気が振動し、肺を圧迫してくる。


「お前は怖いのか?」

「怖くは、ないです」


 顔を背けるところから嘘であることは見てわかる。


「怖いなら怖いと言え、命を守ること以上はないからな」

「……魔王様は怖いとか感じないのですか?」


 なかなか面白いことを言うな。

 残念だが、俺はこの程度のことでは怖くはならない。とは言っても怖いと感じたことがないと言えば嘘ではある。


「怖いと怯えるは違うからな。俺が本当に怖いのは自分ではなくなることだ」

「そうですか」


 まぁ今となっては力がなくなると言うことはないのだがな。

 当然、それは魔力と言うわけでもない。魔族の王という地位や権力でもない。

 自分が自分であり続けるという力だ。自我とも言えるだろうな。


「俺が俺であり続けたいとは思うな」

「魔王様は魔王様です……わかりました。私もできる限りはサポートいたします」


 そう言ったクリシュはどこか覚悟を決めたような目で俺を見る。

 魔王のためなら死ねると言った覚悟だ。

 まぁそこまで気負う必要はない。何かあればお前を優先する気でいるからな。

 そして、次第に衝撃が近くなってくる。

 どうやらこの奥が攻撃を受けている場所のようだ。兵士が魔力で防壁を作ってこれ以上被害が起きないようにしてくれている。


「ご苦労であった。あとは俺に任せろ」

「魔王様……」


 疲労困憊の兵士達は魔力の展開を止め、膝を突く。力の限界まで耐えていたのだろう。

 その意思を俺が引き継ごうではないか。

 目標はあの人間どもを追い払えばいい。そのぐらい簡単だ。

 この程度なら虫を追い払うのと同じだからな。

 俺が右腕で払うと、人間の魔法陣が全て破壊される。その反動で人間の魔術師は尻餅をつく。


「さすがは魔王様で」

「俺がもう少し前に出るとするか」


 遠距離から高火力の魔法で戦っていたようだが、これからはそうはいかない。

 俺が前線に立つと言うことがどう言ったことなのか、思い知るがいい。

こんにちは、結坂有です。


過去の人間と魔族の大きな大戦のことを魔王は思い出したようですね。

果たして、その記憶と今のエーデンとマリークの力はどう関わってくるのでしょうか。


それでは次回もお楽しみに。

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