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かつて最強であった魔王は人間として生きていけるのか  作者: 結坂有
第四章 人々は新たな力を得ようとする
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魔王勇者は最終試合を観る

 学院からしばらく歩いてフィーレの部屋に入る。

 改めて女性の部屋に入ると言うのは初めての経験だ。


「大きい部屋だな」


 フィーレの部屋は学生寮としては少し大きめの部屋となっている。

 そして、何よりもメイドがいるのが意外であった。勇者とはいえ、まだ学生である彼女にこのような人が慕っていると言うのは珍しいのではないだろうか。


「ええ、勇者という立場上いろいろと優遇されています。正直私にはこれほど大きい部屋は必要ないのですが……」


 フィーレはこのような優遇は必要ないと言った。

 まぁここまで大きい必要はないだろう。

 人より責任や義務が多い勇者は当然ながら特別扱いされる。それは彼女の機嫌を取ると言う意味合いもあるのだろうな。


「少なからず特別なのは間違いないからな」

「それはわかっているのですが、私自身は普通の人間です」


 特別な力を持っている、ただそれだけなのだと彼女は言いたいようだ。確かにそれは俺にもわかることだ。

 人は力を神聖視し、それを崇める。

 そして、力を手に入れたいと考える人が出てくるのもまた事実。人の良いところでもあり、悪いところだ。

 果たして、そこまでして欲しいものなのだろうか。俺には全くわからないがな。


「ああ、それは理解できる」

「……それならありがたいです」


 目を見開いて嬉しそうに、そして恥ずかしそうに返事をするフィーレはやはり普通の女性だと思える。


「とりあえず、この部屋に俺の体を置いて意識をフィーレに移せばいいんだな」

「そうです。ここの警備はレイアに任せていますので安心してください」


 ふむ、入るときに一瞬だけ見たがレイアという女性もなかなかの手練れであるのは間違いないようだ。しっかりと魔力を制御ができており、無駄が少なかった。そのような人が警備してくれると安心できる。


「では、ベッドを借りるとする」

「え……」

「椅子では不安定だろう。それとも何か問題でもあるのか」


 ここに置かれている木でできた椅子では倒れてしまうだろう。ベッドの方がいい。


「それは……わかりました。大丈夫です」


 あまり表情を崩さないフィーレであったが、耳を赤くしてそう答えた。

 全く女性というのはよくわからないな。

 そう思いながら、俺はベッドに横たわる。

 俺の重さでマットがたわむと同時に柔軟剤やシャンプーなどが入り混じった甘く、どこか安心するような匂いが俺を包む。


「フィーレ、眠るように目を閉じてくれ」


 俺がそういうと深く深呼吸をして、熱くなっているであろう耳や頬を冷ますように軽く顔に手を当てる。

 こうしてみると感情などを落ち着かせるのは得意のようだ。普段からクールなのはこうした感情制御がうまくできているという証拠なのかもしれないな。


「ええ、いつでも大丈夫です」


 そういうと、フィーレはゆっくりと目を閉じる。

 俺も彼女と同じく目を閉じて集中する。彼女の意識はゆったりとしている。

 俺の意識を魔力に乗せて、彼女の中に潜り込んでいく。彼女は特に拒絶することもなく、潜り込ませてくれる。


『体の制御は完了した。声とか思考は制限していない』

「ええ、そのようですね」


 彼女の全てを制御するわけではなく、思考など一部を許すことにした。さすがに俺は口調など全てを再現することはできない。


『体は制御できるが、話したりするのはさすがに無理だなからな』

「わかりました」


 フィーレがそう言うと、その考えていることが俺の脳にも入り込んでくる。

 意識共有しているから当然と言えば当然なのだが、どうやら彼女は俺のことを考えているようだ。

 これ以上は彼女のプライバシーを守るためにも忠告した方が良さそうだ。


『フィーレの考えていることは意識を共有しているから俺にもわかる』

「そ、それはわかっています。ですが、私にでも考えてしまうことはあります」


 まぁそうだろうな。異性が自分の意識に入り込んでいるとなれば考えることはあるだろう。


「とりあえず、学院に向かいましょう」


 そう言ってフィーレは俺に体を動かすことを要求する。

 フィーレの体は非常に鍛えられており、筋力も魔力を使わずとも十分に強力なものである。


 そして、一般学院とは違う貴族学院の中に俺は入っていく。

 違和感しかないのだが、今の俺はフィーレだ。貴族らしく振る舞うとしよう。

 貴族学院の中を進んでいくとやはり視線が集まってくる。美しい金髪にきれいに整った容姿は誰の目にも止まるものなのだろう。

 しかし、ただ見ているだけで話しかけてくる様子はない。まさしく彼女は孤高の美少女、とそう位置付けられているようだ。


「あそこが闘技場よ」


 案内通りに進んでいくと大きな扉が見えてきた。

 俺はその扉に手を当て、ゆっくりと扉を開く。

 すると、見えてくるのはまさしく闘技場であった。中央にフィールドがあり、観戦する生徒や観客が試合を見やすいよう周囲に配置された席に座っている。


『すごい光景だ』

「そうね。少し異常なのだけれど」


 模擬戦といえど、これは真剣勝負。防御魔石があり安全なのだが、怪我をする可能性が十分にある。


「まずは観戦でもしますか」

『ああ、あいつがどれほどの力なのか、この目で確かめてみたいからな』


 そう言って俺は近くの席に着くことにした。

 すでに数試合行われた後のようで、今はちょうど次の試合の準備をしているようだ。

 しばらくすると、中央上部に設置されているモニターに次の出場者が表示される。


『マリーク・メイフォン』


 名前と当時に顔写真も表示される。

 そして、画面が切り替わる。


『オービス・ティーゼリア』


 以前一般学院の玄関であったことがある人物が表示された。

 彼はマリークと仲間同士だったと認識していたが、フィールドで立っている二人を見てみるとどうやら違うようだ。


「マリーク、リーシャを倒したからって調子に乗るなよ」

「いくらオービスさんでも俺には勝てねぇって」

「あの戦いの様子じゃ妙な技でも使ってるんだろ」


 オービスは余裕そうに会話しているが、警戒を怠っているようには見えない。相手の行動一つ一つに注意を向けている。

 対するマリークも余裕を見せているようだ。

 しかし、その意味合いは違うものだ。どんな攻撃が来ても大丈夫だという意味だろう。


「この技のことか?」


 そういうとマリークが手を突き出す。

 それと同時にオービスは身を捻ることで見えない攻撃を避けることに成功した。

 ふむ、あの程度か。随分懐かしい力を使っているものだな。

 そんな光景を見ているとフィーレも驚きを隠せないでいたようだ。


「私は魔力を感じ取ることはできませんが、異常だということはわかります」

『古い技術を使っているようだな。それも普通では手に入らないものだ』

「そんなものを使っているのですか」


 あの力は正確には高次元の力ではない。れっきとした魔力を使ったものなのだが、使い方が違う。

 通常、魔法というものは魔力を術式や媒体などを通して現象を引き起こすものである。しかしマリークの場合は少し違う。

 彼は自分の魔力を術式などを介さずに直接現象を引き起こすことができるのだ。

 魔法の自由度はかなり制限されるものの、発動時における魔力の無駄などをなくし時間を短縮することができると言ったものだ。


 原理としては、自身の生み出す魔力をある特定の現象を引き起こすのに特化した魔力に書き換えることで可能となる。そして書き換えられた代償として理性を失うのだ。

 非常に強力ではあるものの戦略上の自由度が少なく、限られた条件でしか真価を発揮できないと言った致命的な欠点があるため諸刃の剣と言えよう。


『ああ、勝てる可能性はある』


 魔力自体を見ることができないこの勇者の体では難しいが、できないことはないだろう。

 事実、この体は非常に動かしやすいからな。さすがは妖精から授かった驚異的な身体能力だ。


「そうですか。それを聞いて安心しました」


 先ほどまであった不安が先ほどよりも消えている。本当に安心したのだろうな。


「これで終わりだ!」


 マリークが両腕を広げてオービスに攻撃を仕掛ける。

 特定の現象に特化した魔力は非常に無駄がなく、魔力の歪みを見ることが困難だ。

 オービスも相当な手練れであるものの、その見えない力によって右足をつかまれてしまった。


「くっ……」


 右足をつかまれてしまっては自由に動くことができない。当然次の攻撃を受けることになってしまう。


「死ねよ!」

「ふざけるな」


 見えないにも関わらずマリークの攻撃をオービスが左腕で防いだ。


「なっ!」

「お前の行動ぐらいすでに把握してるんだよ」


 なるほど、次の行動を予測してのその判断だったのか。それであれば非常に頭の回る人物なのだろう。魔法の技術だけでなく知略もしっかりしているとはな。全く貴族学院というのは優秀な生徒しかいないものだ。

 しかし……


『試合終了! 勝者、マリーク・メイフォン』


 さっきの試合が最終試合だったのか派手なエフェクトと同時に勝者が表示される。

 オービスが負けた原因、それは魔力の差であった。彼はマリークの攻撃を左腕で防いだのだが、その衝撃で第二障壁が発動してしまったのだ。

 もちろん、体は無傷だ。

 無傷なのだが、第一障壁が防御の際に発生した強力な衝撃によって破壊されたために勝負が決まったようだ。


「ちっ、これだから模擬戦っていうのはよ」


 大きく舌打ちをしてオービスはフィールドから退場した。

 確かに第二障壁が発動していなければ、オービスが勝っていたのかもしれないな。


「勝った……俺が、俺が最強なんだ!」


 フィールドでマリークが勝利の達成感に浸るのであった。


「フィーレ!」


 すると、マリークがフィールドの中心から俺に、正しくはフィーレに向かって指差した。


「これでも俺に勝てるっていうのか!」


 まるで挑発するかのようにマリークがそう言う。

 もちろん、それに対してフィーレが言う言葉は決まっている。


「ええ、もちろんよ」

「なら、降りてこい! 観衆どもに無様な負け姿を晒してやるよ」

「それは誰のことかしら」


 フィーレが代わりにそう言うと、マリークと戦うために俺は闘技場の控え室へ向かうのであった。

こんにちは、結坂有です。


模擬戦でなんとか最後まで勝ち残ったマリークはこれからフィーレ(魔王)とどのような勝負を繰り広げるのでしょうか。

そして、魔力が見えないフィーレに体質に魔王は対応できるのか。


それでは次回もお楽しみに。

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