貴族姫の戦い
試験を終え、二年生になった貴族学院は一年生の頃よりも厳しい課題に今日、取り掛からなければいけなかった。
その難しい課題というのは、模擬戦に勝ち残ること。
もちろん負けたからと言ってどうなるというわけでもないのだが、上位に入ることで魔導部隊への推薦に大きく関わると言う誰でも欲しがるものだ。
その推薦を得ようと皆頑張ろうとする。私、リーシャ・エンリッタもその中の一人だ。
すでに勇者として妖精に認められているフィーレ以外の貴族学院生徒はここで実力を思う存分に発揮してくるだろう。
半年前に行われた授業での模擬戦とは大違いだ。勝ち残ることの利点が目に見えて大きい。
こう言った模擬戦は今回を含め四回行われのだが、最初であっても本気で立ち向かわなければいけない。
私は遠距離系の攻撃が得意だと言うことはすでに知られている。私に対策をとってくる生徒も当然ながらいることだろう。
そんなことを考えながら、私は教室の扉を開いた。
「よう」
教室を開けて、まず話しかけてきたのはマリークであった。彼はずっと私のことを付き纏ってくるのだが、このことにももう慣れ始めてきた。
「おはよう」
そう言ってマリークの横を通り過ぎようとすると、何か異変を感じた。どこかで感じたことがある力、もしかして……。
「マリーク!」
私の背後から語気を強めてそう呼ぶ男が現れた。
彼はグレイスだ。オービスの仲間で、近接での魔法が得意な生徒だ。
「なんだよ」
「お前、少し見ねぇと思ったけどその態度はなんだ」
確かにグレイスが言う通り、態度も少し違う。自信があると言うか、負け知らずのような雰囲気を漂わしている。
ただ、彼は以前授業で行われた模擬戦で下位グループにいたはずだ。
「修行したんだよ。休みの半分を使ってな」
「は? そんなこと聞いてねぇよ」
そう言ってグレイスはマリークの胸ぐらに掴みかかろうとする。
すると、爆風のような衝撃波でグレイスは後方へ吹き飛んだ。
「てめぇ!」
その攻撃でさらに怒りを増したグレイスはマリークに飛びかかろうとするが、横から現れたオービスに止められる。
「やめとけ」
「オービスさん……」
手を広げて、グレイスを止めるオービスはマリークを見据える。
「お前に何があったのか知らねぇけどよ。仲間を傷つけることはするな」
「あいつのことか、最初から仲間だとは思ってねぇよ」
どうやら仲間内で喧嘩でもあったのだろうか。学生といえど、貴族でもあるため家柄などで上下関係が拗れることもある。
「そうかよ」
「足手まといなだけだな。俺一人で十分だ」
「まぁその力は強力だろうが、腐っているように見せる」
オービスはそう言ってマリークの様子を伺っている。次に攻撃されるのは自分かもしれないからだ。先にグレイスが飛ばされたように、マリークはすでに戦闘態勢に入っている。
そんなことを考えているとマリークは私の方を向く。
「リーシャ、俺はもうアイツよりも強くなってんぜ」
アイツ、と言うのはおそらくエビリスくんのことだろう。だけど、私は彼の力だけに惚れたわけではない。
「残念だけど、力だけが全てじゃないよ」
「あ? こんなにも俺は強ぇんだよ!」
そうマリークが叫ぶと同時に強力な力が教室中を駆け巡る。それだけでどれだけマリークが強くなったのかわかる。
当然魔力を感じる人であれば、誰でもこの力は異常なものだと理解できるだろう。
「一体なんの騒ぎかしら」
そう言って教室の扉を開けたのはフィーレであった。
彼女は本質的に魔力を感じることが不得手なため、マリークのこの力を感じることは難しいのだ。
「フィーレ!」
彼女を見てすぐにマリークは叫んだ。
「何?」
「模擬戦で俺と戦え」
「悪いけれど、私は辞退するわ」
フィーレは勇者であり、魔法を使った戦いには不向きだ。それに今回の模擬戦に出なくとも将来は約束されているようなものだ。
「逃げるのかよ」
「逃げるも何も、私にメリットがないもの。無駄な戦いは避けるのは当然でしょう」
ここで魔法戦を繰り広げたとしても彼女に利益はない。
「勇者に勝てるって証明するんだよ」
「あなたにそんな力があるとは思えないのだけど、もし勝てたとしても私よりも強い人はたくさんいるわよ」
そうフィーレは言う。
勇者だからと言って最強というわけではない。特別に妖精から力を授かっているとはいえ、勇者が負けたという事実はある。
私も一度しか会ったことないけど、エスタ隊長は勇者に勝ったという実績がある。
「それでもいいんだよ。そこのリーシャに認められればな!」
「そう、残念だけど私を倒す以外にも手段はあるでしょう」
腕を組んでフィーレは言った。
どうやら彼女は彼との戦いには挑まないようだ。当然、勇者の本当の力が発揮されるのは魔族に対してである。本来人間相手に戦うようなものではないのだ。
そうとは言っても人間相手でも十分に強力なのは間違いないのだが。
「今に見てろよ」
そういうとマリークは席に着いた。
彼が席に着いた途端、周囲の生徒が彼から離れるように少し席をずらしたのであった。
それから何事もなかったかのように教師が教室に現れて、すぐに今日の模擬戦についての説明をする。
そして、説明が終わればすぐに生徒たちは移動を開始する。
これから闘技場に向かって、模擬戦の準備に取り掛かるためであった。
闘技場は一〇メル四方の場所で、私にとっては少し苦手ではある距離感だ。しかし、私の武器は連射することもできるため、意外と戦えるのだ。
私はその武器の調整をしていると横からオービスが声をかけてきた。
「リーシャ、最初に戦うのはマリークだったな」
「……考えたくなかったけれど、仕方ないよね」
先ほど教室で先生に発表された順番では私の最初の相手は運悪くマリークであった。当然戦いたくない相手といえばそうなのだが、以前の模擬戦では勝てたのだ。
「まぁあいつが勇者に匹敵する力を持っているとは考えられないが、もしもということがあるからな」
「そうよね。とりあえず、様子見をしてみるわ」
そう言って私は自分の銃を見る。
様子見、まずはエビリスくんにも行ったやり方でやるべきだろう。そうすることで相手の力量を知ることができる。
「いや、最初から全力を出した方がいい」
「どうしてかな?」
「今朝のあの魔力といい、妙なことをしているのは確かだ。不明瞭な相手を探ろうとするのはリスクがありすぎる」
そこしれない力があるかもしれない、オービスはそう言いたいらしい。
「そう、じゃその忠告通りにしてみるわ」
確かにオービスが正しいのかもしれない。弱い者いじめは嫌いなのだけど、今はそうは言ってられない。
私の言葉を聞いたオービスは席を立った。
「お前の次は俺があいつと遊んでやるよ」
「負けては意味がないけどね」
「俺が雑魚に負けるわけがねぇ」
そう言って扉を開けて闘技場へと向かっていった。
その背中を見て、私も気を引き締める覚悟を決めたのであった。
模擬戦が始まり、貴族学院二年生に緊張が走る。当然ながら私も同じ気持ちである。
最初に戦うことになったオービスは難なく相手を倒し、次へと勝ち進む切符を手に入れる。こうして敗退した人はその時点で最下位となってしまう。悲しいことではあるが、初戦というのはそれだけで重要ということなのだ。
そして、第二戦第三戦と続いていき、私の番となってしまった。
モニターに私の名前が表示されたと当時に心臓が高鳴ったのを感じた。私の緊張も頂点に達しようとしているのだ。
そんな私を知ってか知らずかフィーレが声をかけてきた。
「肩の力を抜いて、自分の力を出し切るの」
「あ、ありがと」
普段はこのようなアドバイス的なことを言わないフィーレだったから少し意外だった。そうして私は彼女に背中を押される形で闘技場の中へと進むのであった。
闘技場に入ると、すでにマリークが立っていた。
「こうして戦うのは半年ぶりだな」
「ええ、そうね」
私がここに入ってくるのを確認したと同時に彼はそう話しかけてきた。
「俺の力は本物だ。痛い思いしたくなければ降参した方がいいぜ」
「忠告ありがと、でも私は退かないわ」
私とマリークとの距離は四メルこのまま彼を捕らえ続け、魔力を集中させれば自然と弾丸が彼に命中する。当然威力は下げているけれど、一発で障壁を破壊する程度の力を持っている。
勝負は一瞬だ。
『試合開始まで五秒前』
その合図とともにカウントダウンが始まる。この音は電子音で聴き慣れた音のはずなのに、なぜか今日は耳に残る。
『初め!』
カウントダウンが終わるとそうアナウンスが入る。
私はその声と同時にマリークを見据え、引き金を引く。
この距離だ。相手が分身でなければ絶対に外れることはない。
「遅ぇ!」
そういうとマリークは規定内最大の威力の弾丸を片腕で弾き返した。
「えっ……」
魔法障壁を使用した素振りもない。単純な魔力を纏った防御なのか。
魔力を纏うやり方は確かに存在するが、障壁ほど強くはない。
一本ではすぐに切れる糸でも編み込めば強度を増す。それと同様のはずなのに、なぜだ。
「遅すぎるんだよ!」
今はそんなことを考えている暇はない。すぐに次弾を撃ち込む準備をしなければ。
「っぐ!」
強烈な力で首元が締め付けられる。障壁のおかげで対してダメージはないのだけれど、その圧迫感は今まで味わったことのないものであった。
「どうだ、強くなっただろ」
確かに強い。強いのだけど、純粋な強さではない。この気配は進級試験終わりに出会ったあの集団の気配がする。
あの近寄りたくない異質なオーラ、それが今のマリークにも感じられる。
「……その力は何?」
「高次元の力だ。俺は他の誰よりも強い」
そして、その力を見せつけるかのように徐々に首を締め付ける力を増していく。
長時間首を締め付けられ酸素が薄くなってきたのか、体に力が入らない。私の武器である銃が重くなっていく。
「逃げられねぇよ」
「そうだね」
今の私では勝てる要素はどこにもない。私が第二の障壁を展開しようとベルトに取り付けられている魔石に触れようとする。
すると、その手を何かに握られたのか動かすことができなくなる。
「待てよ。降参するのは俺のことを認めてからにしろ」
「何を、かな」
早くこの場から脱出しないと私の体力も限界になってくる。強力な力で私は半分地面から浮いている。それを支えているのは私の首なのだ。
いくら障壁があると言ってもこの状態を維持されるだけで私の体力は奪われていく。
「俺の方がお前に見合うってことだよ」
「いったい誰と比べているの」
「惚けるな!」
私の言葉に怒りを覚えたのかマリークの力が増していく。
「あのエビリスとかいう奴のことだ」
「それは彼に勝ってから、ね」
ふざけるなと言わんばかりマリークは私の首を締め付ける力を増していく。
「っ!!」
その強力な力は圧迫感からはっきりとした痛みへと変わる。自然と私の体はもがき始める。
痛い、苦しい。それだけしか考えられなくなる。
「認めろ」
「……」
もしここで私が認めれば、この痛みから解放されるのだろうか。一度認めてしまえば楽になる、のかな。
「早く!」
私は声を上げることなく、頷いた。もちろんマリークの力、存在を認めるという意味でだ。
「はっ! やっと認めてもらえたっ」
すると、私を縛る力は解放される。私は地面に座り込み、息を整えるように深呼吸しながら第二障壁を展開する。
「いい、私は力を認めただけだからね」
「それだけでもいいんだよ。あとはフィーレさえ倒せれば誰も俺に逆らえなくなるからな」
マリークは本気でフィーレと戦うつもりらしい。私の力では彼には勝てない。
「そう、なら私はもう戻るね」
「次は昼休憩だったな。少し付き合えよ」
帰ろうとする私を後ろから呼び止める。
「断ってもいいかな」
「俺に逆らうのか?」
その言葉を聞いて、私の脳裏にあの痛みが、苦しみが蘇る。
「……わかった」
「食堂の個室に行こうぜ」
マリークの目は下心に染まっている。一体個室で何をされるか、例え何かをされたとして私は止められるのだろうか。
そんな不安に足が自然と震えてしまうのであった。
こんにちは、結坂有です。
貴族姫であるリーシャはピンチに陥ってしまったようです。そして急に強くなってしまったマリークに一体何があったのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
お知らせ:
明日からの『伝説の魔王は未来の人間と生きる』は朝6時半投稿になります。土曜と日曜、祝日は変わらず朝9時となります。
色々と変更ばかりで申し訳ありません。




