魔王は特訓する
翌朝、何事もなく俺は目を覚ました。あの訓練の後は三人で夕食を作ったりしたが、俺はある一つのことをずっと考えていた。それは力の制御法である。
通常の上級魔族程度の力であれば問題ないのだが、どうしても魔王としての力を開放すると今の人間の体ではすぐに限界が来るようだ。
「おはようございます。エビリス様」
いつも通りにアイスが朝の挨拶をしてくれるが、昨日のことのせいか少し気落ちしているようだ。
「おはよう。とりあえず、普通に登校してまた訓練を始める」
「そのことなのですが、私のせいで……」
「何も気にする必要はない。本来であれば不要な力だからな」
俺はアイスの言葉を遮るように話す。
「私は悪くないのですか」
「ああ」
「……わかりました」
アイスは小さく頭を下げた。
「そうか、朝食を作るとしよう」
俺がそう言うと、横に寝ているメライアは寝返りを打った。
「ちょうしょく、おいしい……」
三千年と生きている妖精だとしてもこう言った部分はまだ純粋な少女のようだな。全く可愛らしい寝言を言うものだ。
「そうですね。大妖精様も食べたがっているようです」
基本的に妖精は食事をしなくても生きていくことができるが、味はわかるため何かを食べることがある。
アイスやメライアは食事を楽しいと感じており、味もしっかりと楽しんでいるようだ。
「そうだな。早く作らないとな」
それからアイスと一緒に朝食を作った。
いつも通り商店街で取り置きを頼んだ後は学院に向かう。
今日もコリンとレナは楽しそうに談話をしているようだ。
「昨日の魔法実技難しかったね」
「そうだね。三つも同時に扱うのって案外神経使うから」
どうやら授業のことを話しているようだ。全盛期の頃はよく七つ以上の魔法を同時に行使していたことがあったな。それと比べれば、さして難しいことではないのだが、人間にとっては相当難しいようだ。
人類は少ない魔力量を補うため複数魔法を使うのではなく、魔法陣の中にあらゆる術式を組み込んで複雑で高度な魔法を作り上げていった。対する魔族は魔力が豊富であるため、単純に魔法を重ねて強力な魔法を繰り出していたのだ。
それは昔から変わっていないようだ。
しかし、単純な魔法を組み合わせる方が成功率が高いのもまた事実。複雑に高度化した魔法陣は覚えることが難しく、ちょっとした間違いで発動しなくなったりするものだからな。
「おはよう、昨日のことか」
「あ、おはよ。エビリスも難しいと思うよね」
「確かに難しいな」
正直な話、三つ程度であれば簡単だが、俺とて二〇〇以上となれば難しいと感じることがある。実際に超高等魔法を操る以上に難しいのだからな。
「でも成功しかけていたと思うんだけど」
すると、俺の言葉にレナが控えめに反応する。
「魔力の分散に失敗していた」
もちろんわざと失敗したわけだが、鋭い人であれば成功に近いと感じるだろう。
「そうなんだ」
「ほら、人間って二つしか目がないわけで、三つとか無理じゃん」
そうコリンが複数魔法を扱うことに対して無理難題だと言う。
「目で確認するから難しいのだと思う。目を閉じてできるようになれば自然とできるようになるのだろうな」
「おー」
コリンが少し納得したようだ。目で見てやるのではなく、感覚で行使すると可能になる。
そんなコリンを見ていると、レナがこちらをじっと見つめる。
「どうした?」
「なんでそんなこと知ってるのかなって」
今思い返してみれば、教師もこのようなことを言っていなかったな。部下の面倒を見ているようだったからつい口が滑ってしまったようだ。
「図書館の指南書に載っていた」
「やっぱり休みの時でも勉強していたら、もう少し上手くなれたのかも」
俺の言葉を聞いてコリンは意気込んでいるが、いくら勉強したからと言ってすぐにできるようになるわけではないからな。こう言った魔法に関しては数をこなして身体に覚えさせることが大切だ。
「私も家で本とか読んでいたけど、エビリスくんには負けるね」
「いや、俺だってわからないところがある。昨日で言えば原子と分子の違いとかだな」
魔法であればなんでも答えられる自信はあるが、こと科学においてはわからないことだらけだ。その点で言えば俺はレナに勝てない。
「そう言うのは勉強すれば誰でも理解できるよ。でも魔法とかってセンスいるでしょ?」
「あー わかる」
レナの言葉にコリンが反応する。どうやら彼女の同様の意見のようだ。
「まぁそうかもな」
その辺りは俺も同じ意見である。才能ある者が魔法を極めることができるのだ。
だが、ほとんどの場合極める必要はない。扱うことだけで言えば訓練次第で誰でも上手くなれるのだからな。
それからはミリア先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。
今日も学院はいつもと変わらず、授業が行われる。昨日の異変などまるでなかったかのようだ。
放課後、俺は商店街から食材を受け取り、そのまま学生寮へと帰宅する。もちろんメライアとの訓練をするためだ。この身体に魔王本来の魔力を馴染ませるためにはもう少し時間がかかりそうだ。
「今日も魔力を纏う防御魔法から訓練していく?」
「それもする予定だが、もう一つしてみたいことがある」
俺は今日の朝のことを思い出した。複数魔法を使うのは得意ではあったのだが、最近ではあまり使っていない。もちろん学院で一〇以上の魔法を複数使ったことなどないからな。
「何?」
「多重で魔法を行使してみようと思う」
「複数魔法を扱う訓練か。確か最高記録は二八五個だっけ、それも高等魔術の」
そんな記録もあったな。
あの時の戦争は非常に面倒であったから、流石に鬱陶しくなってそんな無茶をした覚えがある。
「まぁ当時はまだそれで限界と感じていなかったがな」
「そんなこともありましたね。エビリス様は大変お怒りでしたし」
「でもあれはやり過ぎだよ。大陸の形が変わったんだからね?」
あれほどの魔法大戦はそうそうなかった。二八五個同時魔法攻撃の衝撃波は地球を何周も駆け巡ったな。我ながらやり過ぎたと思っているが、あの国はあれほどやらねばわからないだろう。
「とりあえず、多重魔法を行使する」
「うん。じゃ簡単のからね」
俺は簡単な光源魔法、いわゆる光を灯す魔法だ。それを床一面に展開する。数はざっと四〇個程度。
「どれも安定してるね。これぐらいなら問題ないのかな」
それらは綺麗に光り輝いており、魔力の供給量も満遍なく行き渡っているようだ。
「ふむ、これぐらいなら問題ないか」
さらに俺はそれらを保護するように戦闘用の防衛魔法を展開する。これで下等魔法と高等魔法合わせて八〇個の魔法を展開していることになっている。
「おー 綺麗に光ってる」
防壁魔法は半透明で水色のため、それぞれがアクアマリンのように光り輝いている。
「規模は小さいが、問題ないようだな」
もう少し規模が大きく消費する魔力を大きくすれば、また変わった結果になっただろう。また三〇〇近い魔法を行使することができればいいのだがな。
「うーん、数の問題よね」
「エビリス様にとってこれはまだ遊び程度です」
「まぁそうなんだが、ここでやると近所迷惑だからな」
すると、メライアは何かを閃いたかのように手を叩いた。
「そうだ、魔法で仮想空間を作りましょう」
「そんなことができるのか」
「もちろん、妖精だもんね。空間を作るなんて余裕よ」
俺らの場合は元ある空間を広げたり縮めたりすることはできない。ましては追加で作るなどできるわけがないのだ。
だが、妖精族は違う。俺たちのような魔法は扱えなくても概念操作ができる。妖精族が本気になれば魂の情報を書き換えることが可能なぐらいだ。当然、空間程度なら簡単に作れるのだろうな。
「周りに迷惑がかからないようなら試してみたい」
「いいよ」
そう言ってメライアは大きく手を広げて、四角のゲートを作る。そのゲートの奥はどうやら仮想空間があるようで白い何もない世界が広がっていた。
「さ、入って入って」
そうメライアに催促されるように中に入ってみる。そこは無限に広がる空間であり、ここでなら思う存分に魔法を扱えるだろう。
「すごいな」
「あ、不干渉規定のことは気にしないでね。ニヒルのせいでその辺は変わりつつあるから」
妖精族はあまり人間や魔族に干渉したりすることはしてはいけないと自分たちで決めていたのだ。概念操作ができる妖精族は容易に世界秩序を破壊することができるからだ。
だが、今は高次元の存在が暴れているせいで、その辺りは許され始めているようだ。俺の魂情報を書き換えられたことからも変わっているのだろう。
「そうか、では思う存分試してみるとするか」
久しぶりに俺は魔王の力を全力で解放したのであった。
こんにちは、結坂有です。
これからは大妖精メライアの仮想空間で猛特訓することになった魔王ですが、魔王の力は人間の体に順応できるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
お知らせ:
七月から『伝説の魔王は未来の人間と生きる』は朝6時半投稿になります。土曜と日曜、祝日は9時となります。
色々と変更ばかりで申し訳ありません。