魔王、力試しをする
翌日、俺は生温かい感触に目が覚めた。それはミリア先生の太ももに腕が挟まっていたのだ。
ミリア先生はショートパンツのため、俺の手に直に肌の感触が伝わる。温もりと柔らかさに包まれて気持ちのいいものだった。
俺は起こすと悪いと思い、しばらくそのままにしていた。
「あ、おはよう。起きてたのね」
「腕を抜いてもいいか?」
ミリア先生は掛け布団をめくり、俺の腕を確認する。するとびっくりしたのかすぐに足を開いて俺の腕を解放した。
「ごめんね。寝相悪かったかな」
これが原因で彼女のプライドが傷付くかもしれない。俺の方からなんか言うべきだろうな。
「いや、俺の方から入れたのかもしれない」
「エビリスくんが? 意外と積極的なのね」
ミリア先生は少し赤面しながら返答する。
ん? 変に誤解されてないか、これ。まぁ今は別に問題なさそうだ。
「昨日ご飯食べなかったけれど、お腹空いてない?」
しばらくの沈黙が続いたが、ミリア先生が口を開いた。
「そうだな。疲れてしまってすぐ寝てしまったからな」
「じゃあ、朝ごはん作ってくるね」
ミリア先生は楽しそうにリビングの方へ向かう。それを俺は目で追う。
俺が寝た時間といえばまだ夕方だ。あれから朝までだいぶ寝てしまったようだ。永い眠りから覚めた直後のためか、疲れやすくなっているようだ。
俺はベッドから出て、服を整えると朝食のいい香りが漂い始める。
その匂いをたどり、リビングの方に向かうとミリア先生が大きな箱の前に立っていた。
「何をしている」
「昨日の残りだけど野菜があるの。それを温めてるから座って待ってて」
俺は言われた通りに椅子に座る。それとほぼ同時に甲高い音が部屋に鳴り響く。
「ごめんね、びっくりした?」
「聞き慣れない音に驚いただけだ」
ミリア先生は大きな箱の中に手を伸ばし、何かをしているようだ。
「まさか温めていたのか?」
「うん。冷めたものだと美味しくないでしょ?」
肌寒い朝は温かいものが食べたくなるものだ。
そう渡された料理は温野菜のようだ。体を保つ栄養が少なくなっている今の俺にとってはちょうどいいものだろう。
もしかしてミリア先生が俺のことを考えて作ってくれたのか。これには流石の俺でも感謝しきれないかもしれないな。
温野菜を俺はフォークでまとめ、口に運ぶ。
程よく温められた野菜は口の中で解けるように崩れ、野菜そのものの味がしっかりと残っていた。
「おいしい……」
「でしょ? 昨日新鮮な野菜が取れたから譲ってもらったの」
ただ新鮮でおいしいというわけではなさそうだ。これを温めたあの大きな箱、人間界では味の劣化を最小限に抑えて温める方法があるのだろう。一体どんな魔法具だろうか。
「その箱はなんだ?」
「これは電子レンジっていうの。初めて見る?」
「この魔導具は初めてだ」
ミリア先生は首を傾げて疑問符を浮かべていた。
「魔導具? これは調理器具で、魔力で扱う兵器じゃないよ」
「魔力を使わない、だと」
魔力を使わずにこれができるはずがない。現に温められているものがここにある以上なんらかの現象が起きたのだ。
「電気で動いているの。電子を照射して水分子を振動させて温めているから簡単に温野菜を作れるのよ」
「ふむ、よくわからん」
何を言っているのだ。電子やら分子やら、俺の知らない単語だ。このミリア先生という女性は一体どんな人間なんだ。
さすがは先生と呼ばれるだけのことはある。俺もゆっくりとそれを理解していく必要がありそうだな。
「そうね。まだ子供だからね」
ミリア先生は優しく俺の頭を撫でる。俺はそれをくすぐったく感じながら、温野菜を口に運ぶ。
食事を食べ終えると、ミリア先生は数字の書かれた円盤を見る。
「もうこんな時間ね。そろそろ学院にいこうか」
「学院か?」
「エビリスくんのこと、調べてくれてるから」
昨日、話していた男のことか。行くのは気がひけるが、今の俺に居場所がない以上付いて行くしかないな。
「ちょっと準備するから待っててね」
「ああ」
ミリア先生は寝室とは違う部屋の扉を開ける。そこには大量の本が並べられていた。どれも俺の知らない単語が書かれており、とてもすぐに理解できるものではなさそうだ。
「ミリア先生はどんな職業なんだ?」
職業を聞けばある程度わかるだろう。先生と呼ばれるぐらいだ。とても地位の高い職なのだろう。
「え? 私はこの国の教師。魔法学院で科学を教えているのだけれど、生徒はあまり興味なさそうなのよね」
魔法学院とは名前通りだろう。”かがく”という単語に引っかかりを覚えるが、これも追って勉強するとしよう。
「じゃ、行きましょうか」
本を詰めたカバンを手に、ミリア先生が玄関を開ける。
俺はそれに続くようにアパートから出ることにした。
ミリア先生の手を握り、離れないように後を付いて行く。
街の喧騒は昨日に比べ騒がしくなっていた。聞き慣れない音が上空を駆け抜け、金属の塊が高速で射出されている。
「あれはなんだ?」
俺は街の中で一際大きな建物を指差した。その大きな建物には文字が書かれており、この地のシンボル的な雰囲気を漂わしていた。
「ここから都市部に向かう人がいるの。その人を運ぶための駅ね」
轟音が鳴り響く建物に大勢の人が入り込んでいく。
大掛かりな転送装置があるのだろうか。
「朝と夕方に数本、電車が走るの。それに乗るためにこの時間帯はよく混むの」
「……そうか」
”でんしゃ”という単語は初めて聞く。おそらく転送装置か何かだろうな。
しばらく歩いていると、街の喧騒から外れて静かな場所に出た。
「あの建物が魔法学院よ」
ミリア先生が指差す場所を見ると、二つの大きな建物が見えた。
俺から見て右の建物は装飾が彫られた壁があり、左の建物は右と比べシンプルな建物になっている。何階層あるのかわからないが、どちらもかなり大きい建物だ。
「学生寮も兼ねているから普通の学校よりも大きいでしょ?」
その建物は近づくとその大きさに圧倒される。ここまでの建物は俺がいた世界では存在しなかった。
ミリア先生と俺は二つの建物のちょうど間にある建物に向かった。
中に入ると綺麗に磨かれた廊下やガラスを使った窓など、どれも一級品のような品々に満ち溢れていた。
俺の時代でもガラスをここまでふんだんに使った建物は見たことがない。
大きな扉の前に立つと、背後から声をかけられた。
「ミーリア、今日も早いね」
「いつもの時間よ」
後ろから話しかけてきたのは眼鏡をかけた女性だ。ミリア先生の知り合いだろうか。
「ところで、その子は?」
俺と目線が合う。鋭い眼差しでまるで俺の心を覗き込むように俺を見つめる。
「昨日言ってたエビリスくんよ」
「あぁ電話で言ってたね。聞いていたよりもかっこいい」
鋭い視線は俺の体を隅々に痛いほどに伝う。
「そんなに見つめてもエリーナには関係ないでしょ」
「きついこと言われた。じゃあ保健室に戻るからね」
凛々しい女性は俺をじっくりと観察した後、踵を返して廊下の奥へと歩き始めた。
「ごめんね。エリーナが変なこと言って」
「別に気にしてなどいない。それで、どう言った関係なんだ」
「うーん、学生の頃から知り合いなの。エリーナはこの学院の保健医で一般学院の生徒の健康を管理してるの」
「そうなのか」
「あ、それと一般学院の学生寮の監督もしてるよ」
学生の安全のためにそうしているのだろう。
ミリア先生が大きな扉に手をかける。扉を開くと中には数人の男性がいた。その中には昨日の男もいた。ミリア先生はその男に近づいて話しかける。
「あの子の情報は調べてくれました?」
ミリア先生がその男に尋ねる。
「それがね。どこの戸籍にもエビリス・アークフェリアなんて存在しなかったんだよ」
「そうなんですか」
千七百年前の俺がこの時代には存在しないものだ。当然のことだろう。
「孤児院に連絡してるから、そっちの管轄に任せておけば……」
「他に方法はないですか?」
ミリア先生は男に頼み込むように話す。どうやら俺の処遇について話してくれているようだ。
このように俺を気遣ってくれているミリア先生は本当に恩人だ。
「そう言われてもねぇ」
すると男は腕を組んで深く考え込むフリをする。
俺にはその男が何も考えていないのがすぐわかった。同じくミリア先生もわかっているのだろう。あの男のよううな単純なやつは簡単に魔法で心をのぞくことができるからな。
そうしていると男が口を開く。
「その子に魔力があるなら、この学院に編入させることができるかもしれないな」
「そうですね。ここの寮なら安全そうですし」
どうやらミリア先生の説得に応じてくれたようだ。
「だけど、その子に魔力があればの話、ないならそのまま孤児院に連れて行くよ」
「わかりました」
その男は俺に視線を送り、話しかけてくる。俺としてはあまり話したくないが、仕方ない。
「エ、エビリスくんだったか……ちょっと奥の部屋まで来てくれるかい?」
男は俺の視線に怯えながらも話しかけてきた。小心者だが、仕事はしっかりとこなすようだ。
「ああ」
「ミリア先生は授業の方に、この子は私がテストするから」
「そうね。時間なさそうですし。エビリスくん、大丈夫よね?」
「問題ない」
ミリア先生は心配そうに俺を見つめてくる。確かにこの人間界に来て二日だが、魔王である俺には問題ない。
「一応、エリーナさんを呼んでみますね」
「……わかった」
男は少し複雑そうな顔をした。何か企んでいるようだな。
俺は男についていくと、大きな部屋に辿り着いた。
部屋には机が並んでおり、そこには丸い水晶が取り付けられている。おそらくこの水晶は魔力に反応するものだろう。
同じようなものは千七百年前にもあった。
「ここは試験場といってね。ここで君の”実力”を測るんだ」
そういって男が戸棚から透明な水晶を取り出した。机に設置されているものよりも質が低い。魔力の呼応に乏しい劣悪な水晶といったところか。
少し遅れてエリーナという女性が部屋に現れた。
「ミリア先生から呼ばれてきましたけど、ここでエビリスくんをテストするのですか?」
「え……ええ」
「まぁいいです。始めましょうか」
男は水晶に何かを取り付けて準備をしている。
「エビリスくんよね? 緊張してるの?」
「緊張などしてない」
俺はそう言うとエリーナはどこは少し驚いていた。俺の対応がおかしかったのか。いや、問題ないはずだ。
「私、そう言うの嫌いじゃないよ」
「なんのことだ」
「あ、二人の時はエリーナでいいわよ。ミリアとの仲なんだから」
そう言ってエリーナの肩が当たる。少し距離感が近いと思うが、これが普通なのかもしれない。人間の世界は知らないことだらけだからな。ここで変に抵抗すると変人扱いされそうだ。
ふと、男の方を見るとこちらを恨めしそうな目でこちらを見ていた。俺にそのような視線を送るとはいい度胸ではないか。
俺は魔力の込もった視線を男に送る。
「ヒィ!!」
俺の殺気のこもった視線に背筋が凍ったのか、滑稽な声をあげた。
「教頭、どうかなさいました?」
「な、なんでもない」
脅かしておくのもこれぐらいにしておこうか。これ以上、小物に関わっているのも馬鹿らしいからな。
すると準備ができたのか、男がこちらに向いて装置の前に立つ。
「準備ができたから、し……試験を始めよう」
「はーい」
エリーナの返事が部屋に響いた。
男とエリーナは水晶に繋がった何かを見ている。おそらくあれで計測するのだろうか。
「じゃあ、エビリスくん。そこの水晶の前に立ってね」
エリーナに言われ、俺は水晶の前に立つ。ここで俺が魔力を水晶に込めて計測が始まるのだろう。
「いつでもいいよ。エビリスくんなら大丈夫!」
俺は人間のレベルに魔力を調節して放出してみせる。しかし、水晶は光り始めない。
やはり、質の低い水晶はこの程度か。
「やっぱりね。この子には魔力なんてないんだよ。試験は終わりだ」
「教頭、ここは他の生徒と公平にしないと。隠れた逸材を探し出すのがこの学院の務めですよね?」
「そ、それもそうか。では、あと二回やってもらおうか」
あの男が企んでいたこと、それは俺をここに編入させないということだろうな。せっかくミリア先生が作り上げたチャンスだ。こんな男に邪魔はさせない。
エリーナの仲介のおかげで再度俺は魔力の試験を続けることができた。
「エビリスくん、遠慮しないでいいよ。この水晶、壊しちゃう勢いでね」
「魔法水晶が壊れることないでしょう」
エリーナに言われた通りに遠慮しないでおこう。この男がどのような仕掛けを施しているかわからない以上、全力でやってみるか。
俺は再度魔力を込め始める。久しぶりの力試しだ。この人間の体の限界も知りたいからな。ここは今できる全力で挑んでみよう。
「こ、これは!」
男が驚く。エリーナも同様に驚いていた。
水晶は眩しいくらいに光り始め、しばらくすると光が消える。
どうやら水晶にヒビが入ったようだ。
「本当に壊しちゃった」
「ありえない……抵抗装置を貫通しただと!」
「??」
エリーナが男の方を向く。
「抵抗装置?」
「い、いや、これは……」
男に額に汗が染み出し始める。それは
「このことは後でミリアに話しておきますから」
「そ、それはどうかやめてくれ」
「あー、ミリアの教頭に対する評価がガクッと落ちますね」
エリーナは凛々しく、そして冷たい目で男を見る。
「すまない」
「私ではなくて、エビリスくんに言ってください」
男は俺の方を向き、深く頭を下げる。
「本当に申し訳ない」
「ちょうどいい力試しができた。気にするな」
俺の心は寛大だ。謝る相手に深く追求するようなことはしない。
「それにしてもエビリスくんはすごいね。水晶を壊すなんて学院に来て初めて見たよ?」
「そ、そうなのか」
明らかに人間のレベルではないからな。上級魔族程度の力は出ていただろう。
「隠れた逸材、見つけたって感じね」
「逸材……」
エリーナは飛び跳ねるように喜び、男は深く残念そうな顔をしていた。
こんにちは、結坂有です。
今回は魔王の力試しができた回です。
これから学院の生徒としてどのような活躍をしていくのでしょうか。
次回もお楽しみに