魔王と勇者は決闘する
今朝、私は決闘場を借りた。昼頃にはエビリスが来るからだ。
決闘場の手配は教員がしてくれた。以前使用した時の後片付けがあるからとフィールドを入念に掃除していた。
「フィーレ様、準備はできました。ご確認を」
教頭がそう言う。
私はフィールドを確認するため入ることにした。綺麗に整地された場所は戦闘をする際に態勢を崩しにくい。
さらに地面がしっかりと固められており、足が縺れることもないだろう。
「大丈夫です。ありがとうございました」
「決闘の相手ですが、エビリス・アークフェリアですよね」
「今朝も言いましたが、その通りです」
「わかりました。では、ご武運を」
私はエビリスに対して命を取ることはしない。昨日の一件で分かったが、どうやら人間になりたいのは本心のようだからだ。
しかし、人間にはなれない。いくら望んでも人間には絶対になれはしないのだ。
そう思考していると、エビリスが来た。
以前のような魔杖はない。手ぶらのようだ。いや、手ぶらではないか。
「また隠し武器ですか。決闘に小細工は無しですよ」
「これも無理か。鋭い直感を持っているな」
エビリスが手元から剣が姿を現す。
「それはなんですか?」
「魔剣エルセルスだ。人間で言うなれば聖剣だな」
「聖剣の一種ということですね」
相手も聖剣、もしくはそれに準ずる力を持った剣を持ってきた。
予想していたが、ここまで細身の剣だとは思っていなかった。
漆黒の刀身を持った長剣は何も反射していない。金属のような感じでもない。
凹凸すらも感じさせないほどに何も反射していない刀身はどこか不気味とさえ思える。私も見たことがない剣だ。
「変わった刀身ですね」
「光を吸収している。吸収した光は魔力に変換したりといろいろできる」
「それほどの聖剣でしたら、エビリスはとても強い魔族ということですね」
そんな光を魔力に変換することができる剣など聞いたこともない。それにしてもハイスペックすぎる能力だ。
使い手の魔力を温存ができる。誰もが欲しがるだろう。
「ところで、決闘場は誰にも見られないんだな?」
「ええ、普段でも使われることがほとんどない場所です。人の殺し合いなんて誰も見たくないですしね」
「なるほど」
そういうとエビリスは何か安心したかのように一息つく。そして、エビリスは口を開く。
「そろそろ、始めるか?」
「そうしましょう。時間をかけていては面倒ですし」
私たちはそのまま決闘場に入る。
先ほど点検を済ませた後だ。何も異常はない。しかし、何か嫌な予感がするのは事実だ。
だが、それは今考えないようにしよう。
エビリスとの勝負が重要だ。
「立ち位置についたら始めます」
私がそういうと、エビリスは剣を構えて立ち位置に立った。
「いつでもいいぞ」
「では、始めます」
私も立ち位置に入ると、装置が動き出し開始の合図を鳴らした。
エビリスは前回よりも一段速い速度で私に接近してきた。真っ黒に染まり、凹凸が見えないほど光を吸収している刀身はこの私でも恐怖を感じさせた。
私はそれをうまく躱し切り、次の攻撃に備える。
数回、攻撃を見ているが、誰かの動きに似ている。しかし、それが誰かを考えている暇はない。
反撃する隙をエビリスはなかなか見せない。
序盤から使いたくなかったが、聖剣の力を頼ることにしよう。
「疾風の刃か」
エビリスが言ったように、剣の周囲には疾風の刃が発生している。それは自由に操ることができる。
単純に剣が複数ある状態だ。
五本の疾風の刃を一人に容赦なく降りかかる。そして、さらに私の攻撃も加わっている。
エビリスの攻撃はそれ以降止まった。防衛の方で手がいっぱいのようだ。
しかし、一向にエビリスに疲れが現れていないように思える。
エビリスの表情は何か楽しそうにも思えた。
「疲れないのですか?」
「流石に疲れる。ここまで激しい運動はしたことがないからな」
疲れていると言っているが、私にはそのようには見えない。
疾風の刃を丁寧に、正確に受け止めて効率よく次の攻撃に備えているだけでもかなり神経を使っているはずだ。
「なかなかの攻撃だが、これ以上はないのか?」
「挑発が上手ですね。いいでしょう。この聖剣の最大火力です」
私は全身の力をこの一撃に込めることにした。
◆◆◆
フィーレという女性は勇者に匹敵するほどの力だ。これほどの生徒は逸材だろう。純粋な身体能力だけでは俺は勝てないかもしれないな。
しかし、彼女の弱点は魔力が見えない点だ。つまり魔法が見えない。勇者に近いデメリットがあるが、金色の目をしていないのは妙だ。
そうなれば強力な魔法攻撃は行えないと言うことになる。
身体能力に関しては魔力で強化することができる。あとは脳の処理が追いつくかどうかだ。
幸い、思考能力も判断能力も魔王時代から衰えていないようだ。
フィーレの攻撃を防ぐことができた。だが、こう何回もされては疲れてしまうものだ。
次の一撃は彼女の最大火力の技だ。
魔力を見ることはできなくとも出力することはできる。
果たして今の俺にその攻撃を受け止めることができるだろうか。
俺の持っている魔剣は光を魔力に変換する。その変換した魔力を身体強化に使っているのだ。
さらにこの魔剣は俺が作ったものだ。俺の魔力に共鳴し、あらゆる魔法に派生することができる。つまり俺専用ということだ。
昨日の晩はこれを大地から引っ張り出すのに苦労したものだ。
さて、どんな攻撃が来るのだろうか。
すると、俺の地面がかすかに揺れ始めた。
攻撃の予兆か?
そう思っていたが違うようだ。地面から伸びてきた魔力は腕のように変化し、俺の足を固定しようとする。俺は魔力で振り解き、空中に逃げる。だが、空中にも強力な魔力の障壁が張り巡らされており、これ以上は上に行けない。
そうしている間にも地面からは魔力の腕が俺の足にしがみついてくる。
それに気を取られていると、フィーレが疾風の刃を纏って俺に突進してくる。
「懐かしい結界だな。また見られるとはな」
俺は結界に嵌まってしまったのだ。逃げれないことはないが、この決闘場が崩壊してしまうことになる。
そうなれば否応でも目立ってしまう。
「……仕方ないか」
俺はフィーレの一撃を受けることにした。人間の体で耐えられるのかはわからない。魔力を幾重にも重ね、防御に当てる。
彼女の剣先が何重にも重ねられた魔法障壁を紙を貫くようにいとも簡単に貫通してくる。
そして、その剣先は俺の胸元を突き刺した。
運よく心臓部分は外れている。いや、外してくれたと言った方が正確か。
どちらにしろ生きていれば問題ない。
「……どうしてですか」
フィーレが意外そうな顔をする。
「何がだ?」
胸元の激痛に耐えつつ、俺は応える。
「この一撃は防げたはず、でもどうして」
「さぁ、どうだろうな。俺の限界とでも言っておこうか?」
「嘘ですね、あの祠のことは忘れていません」
気付かれているなら話しても変わらないか。
「俺が防がずともフィーレなら心臓を外してくれると信じてた」
「どうして信じれたのですか?」
「簡単なことだ。いつでも俺を殺せたはずだからな。リーシャと一緒にいた時、昨日学院で図書室にいた時にな。だが、殺さなかった。そもそも殺す意思がないからだろう」
「昨日のことは気付いていたのですね……魔族なのにどうして人間をそこまで信じれるのですか?」
「人間だと言ったはずだが?」
フィーレは深く考え込む。その間にわずかに魔力の流れが見えた。その流れはどこか懐かしさをも感じさせた。
「……わかりました。人間と認めます」
この勝負には負けたが、駆け引きには勝ったと言ったところか。
人間だと認識してもらえただけでも嬉しいものだ。目覚めた直後の下級魔族よりかは話が通じてよかった。
フィーレが俺に突き刺した剣先を引き抜く。すると、大量の鮮血が俺の前後に飛び散る。
心臓は無事だが、致命傷を受けた。膝には力が入らない。そのまま膝をついた俺はフィーレに受け止められた。
傷口をフィーレが手で塞いでいる。そして魔法でそれを癒している。
いくら魔力が見えないと言えど、簡単な応急処置程度の魔法であれば習得しているようだ。問題なく止血を行なっている。
「封魔の魔法を付与しましたけど、あなたは死にませんでした」
「封魔?」
確か、勇者にしか使えない魔法だったな。なぜフィーレが使える?
「魔族であれば封魔の魔法で死にますから、それも判断材料ですよ。直感だけで決めていません」
フィーレは瀕死になった俺を胸元に抱き寄せる。
「疑うようなことをして申し訳ありません」
「別に構わん。魔族の力を持っている人間はいないのだろうからな」
「そうですね。初めて見ましたし、聞きました」
フィーレは俺の頭を優しく撫でている。それはとても優しく温かいものだった。
「あなたは人間です。認めます」
見上げるとフィーレの目には涙が浮かんでいた。重傷を負わせたと悔やんでるのだろうか。
こんにちは、結坂有です。
厳しい決闘で勇者フィーレに認められた魔王ですが、色々と課題も見つかりました。
そして、あの男はどこまでも追いかけ回してきますね。
また、活動報告にも書きましたが、来月以降も投稿することが決まりました。
来週から土曜と日曜、祝日は朝の九時投稿となり、月〜金は今まで通りです。
それでは次回もお楽しみに。




