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かつて最強であった魔王は人間として生きていけるのか  作者: 結坂有
第三章 魔王は未来の勇者と邂逅する
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それでも魔王は人間でいたい

 俺は剣を向けているフードの女性に向かって高速で移動し、聖剣をはたき落した。

 警戒していない方向からの攻撃で怯んだが、相手はすぐに態勢を整えた。そして、もう一つの鞘から細身の剣を取り出す。


「ようやく出てきましたね。エビリスくん」


 やはりフィーレ・エリシーズだったか。


「まさか気付いていたのか」


 剣を構えたフィーレは間合いを維持しつつ、俺に話しかける。


「いいえ、全く気付いていませんでした。ですが、この妖精とは知り合いなのでしょう。魔族とは言え、知り合いを守ろうとするはず。そう見込んでいました」


 アイスに危機が迫れば俺が現れる。そう考えての行動なのだろう。


「以前から貴族学院の近くを気配を隠して通り抜ける誰かがいるのは気付いていました。行き先はいつもこの祠。そして、リーシャと一緒に街に出ている魔族、簡単にわかりました」


 いつかはこうなると予想していたが、時期が早過ぎた。今の俺には何の準備もしていない。

 しかし、ここは俺の場所だ。ここには俺の魔導具も収められていることだろう。魔力を周囲に走らせ、俺の魔導具を探す。

 その間にもフィーレが攻撃を仕掛けてこないよう、彼女の間合いに入らないよう注意しながら周囲を見渡す。


「ほう、そこまでわかってていてなぜ攻撃しない」

「あなたに攻撃の意思が見えないからです」

「攻撃しても勝ち目はないからな。まさか聖剣を二本も持っているとは思っていなかった」

「レイヴィンは大きい刀身なので飾りです。今持っているような細身のを主に使っているのですよ」


 フィーレは大きな剣を使わないようだ。それにしても聖剣を二本も持っていると言うことは聖騎士の中でも最上位なのだろうな。

 そうしていると魔力に反応があった。しかし、その場所はフィーレの奥だ。仕方ない、強行突破するとしようか。

 俺は素早く身を低くして、相手の足元をめがけ走り抜ける。魔力で強化された脚力で常人では不可能な速度で駆け抜ける。


「っ!!」


 急に身を低くしたおかげでフィーレには視界から消えたように見えたのだろう。この暗さだ。常人なら無理もない。

 俺はフィーレの足元を過ぎる直前に左方向から聖剣の刃が迫っていることに気付いた。この速度で対応してくるとは相当な熟練者だろう。これほどの剣士は勇者を除けば俺の時代でもいなかった。

 それを直前で躱すが、態勢を維持できず膝をついてしまう。


「惜しかったですね」


 俺の左腕から鮮血が溢れている。溢れ出る鮮血の量は尋常ではなく、おそらくは動脈あたりを切られたのだろうか。


「回避行動を取らなかったら腕を持って行かれたな」

「威勢を張っているようですが、戦闘経験は少なそうですね」


 確かに人間としての戦闘経験で言えば雲泥の差だろう。しかし、俺には魔王時代の力や知識が備わっている。


「それはどうだろうな。ここは俺の元拠点だ。必要な道具は揃っている」


 俺は洞窟の壁に手を当てる。すると、その壁が渋紫色に輝き出す。


「顕現せよ、魔杖まじょうエンゾナー」


 壁を破壊し浮かび上がってきたのは魔杖エンゾナーだ。魔王時代には隠しツールとして使っていた。

 もちろんメインではないが、今の時代ならこれでも十分武器にはなる。


「隠し武器、用意周到ですね。それでも左腕の傷はすぐには治りませんよ?」


 フィーレは挑発するように言う。

 剣の構えは崩していない。相手が深傷を負っていても警戒を緩めていないところを見ると、いかにも戦闘慣れしているようだ。


「魔杖と言っても剣の代わりにはなるからな。左腕がなくても勝てる」


 エンゾナーは俺の身長より少し低い程度の大きさだ。魔力を伝えやすい素材のため魔力の刃を作ることも可能で、長剣としての代用ができる。

 俺は右腕だけで、魔杖を構える。背筋を真っ直ぐにして剣の構えを取る。

 人間の体であれば、この構えが一番しっくりくるのだ。


「剣士の真似事ですか。見様見真似でできることではないですよ」

「ああ、そうだろうな」


 すると、フィーレは左右に揺れながら高速で近づいてくる。その不規則な動きは相手を惑わす動きだ。

 しかし、俺の目にはしっかりと相手の動きが見えている。見失ってはいない。

 フィーレの頭上から振り下ろされた聖剣を俺が魔杖で受け止める。


「よく見切りましたね」

「遅いな。俺の目にははっきりと見えていた」

「通常の魔族より強いようです」

「魔族ではない。これでも人間だ」


 フィーレが俺の間合いから離れる。


「人間であればその魔力量は異常です。さらに魔力の質も根本から違うと思います。明らかに人間ではない力です」


 フィーレは冷静に言葉を言う。しかし、これはハッタリだろう。

 おそらく彼女には魔力を感じ取れていない。前回、マリークの軍用魔法を直前まで気付いていなかったのが証拠だ。

 魔力が見えている状態で、さらにここまで戦闘慣れしている人があのようなわかりやすい軍用魔法を見抜けないわけがない。


「ふむ、魔力が見えていないように見えるが?」

「!?」


 すると、フィーレの周囲が光り始める。

 戦闘をしながら俺がしっかりと罠を張っていた。


「くっ!」


 流石に戦闘慣れしているフィーレでも食い止めることはできないだろう。そう思っていた。

 彼女は力強く持っている聖剣を地面に突き刺し、俺の魔力で作られた魔法陣を破壊した。

 魔法の直撃は免れたものの、フィーレの聖剣も砂のように崩れていった。


「……認めます。私に魔力は見えていません」


 証拠を提示され、反論できないようだ。


「しかし、あなたは魔族です。魔族の気配があるからです!」


 魔力は見えないが、魔族と同じ気配がする。おそらくそれには自信があるのだろう。

 魔族と戦闘を何回もしている動きだ。直感として体に刻み込まれているに違いない。そういったものは高い確率で当たる。

 数々の戦闘や経験による最適化された思考は理論を超えるものがある。


「そこまで言うのなら俺は魔族なのだろう。しかし、今は人間だ。人間として生活したいと思っている」

「できるのですか? そんな力を持っていて」

「普通ではないな。人並み以上の力、魔法の知識はいずれ俺の枷となる」

「ではなぜ、そこまで人間になりたいのですか?」

「そこのアイスが与えてくれたせっかくの機会だから、かな」


 正直人間になりたい理由はまだ見つけていない。魔族で生活できるならとっくにそうしている。

 今できることは人間の世界に慣れて、人間として過ごすことぐらいだ。


「わかりました。では、学院で再試合しましょう。”決闘”という形で」

「剣で語るということか?」

「むさ苦しい言い方ですが、そういうことです」


 誠意を見せろということなのか、これには俺でも理解に苦しむ。しかし、相手がそれで納得するなら挑んでもいいだろう。


「わかった。受けよう」

「愛剣も壊されてしまいましたが、いいでしょう」


 そういうとフィーレは落ちているレイヴィンを拾い上げ、鞘に収める。


「明後日、貴族学院の決闘場を借りておきます。そこでお会いしましょう」

「そうしようか」


 俺に戦闘意思がないことを目で確認して、背を向ける。そして、フィーレはそのまま洞窟を後にしたようだ。


「ごめんなさい。うまく隠れていたつもりでしたけど」

「フィーレも手練れだからな。仕方あるまい」


 俺はアイスに左腕の傷を癒してもらっている。先ほどまで脈打つように溢れていた血は綺麗に止血され、傷も塞がりつつあった。


「先ほどのエビリス様は魔王様のようでした」

「言葉が変か?」

「戦い方がです。大胆かつ計画的、まさに私が惚れていた魔王様でした」


 アイスはどこか嬉しそうにそう話している。以前の俺ならこうした戦い方をしていたのかもしれないな。

 魔王時代には全力を出した戦闘など少なかったが、今思えばアイスの言う通りなのだろうな。


「そうか。それでアイスはこのままこの祠でいるのか?」


 アイスはそのまま周囲を見渡す。

 今まで置かれていた神具などは先の戦闘で破壊され、壁には大きな穴が空いていた。俺が魔杖エンゾナーを取り出したところだ。

 さらに洞窟湖はかつての澄んでいて綺麗だった面影はなく、黒く濁っていた。最後の魔法を破壊され、地面から何かが溢れたのだろう。


「ここまで破壊されてしまっては流石に移転も考えたくなります」


 アイスはムッとした表情でそう言う。

 自分の住まいを滅茶苦茶にされてはそうなるだろう。


「この際だ。俺の寮に来るか?」

「いいのですか?」

「いいに決まっているだろ。祠をこの有様にしたのは俺だ。償いは受けるつもりだ」


 アイスは少し考えて俺に抱きつく。


「では、エビリス様に移転します。罪を償ってください」

「俺を苗床にするのは流石に人間として不自然だろ」

「私はいいのですよ?」

「妖精に憑かれた人間なんて余計目立つではないか」


 俺はアイスを引き離す。


「わかりました。エビリス様のお部屋で我慢します」

「頼むからそうしてくれ」


 アイスは残念そうにしていたが、それでもどこか嬉しそうに口元が緩んでいた。


「それにしてもエビリス様のお部屋は気になりますね。年頃の人間ですし、もちろんありますよね。エビリス様がどのような趣向をお持ちでも付き添い続けますよ」

「変な想像もなしだ」

「想像でしたか?」

「少なくともアイスが思っているようなものは俺の部屋にはない。安心しろ」

「そ、そうでしたか」


 意外そうな顔をしていたアイスだが、こう言った会話をするのはどこか新鮮だった。

 そのまま俺たちは洞窟を出た。出た場所で待ち構えている人はいない。フィーレはすでに帰ったようだ。


 明後日にはフィーレとの決闘がある。死に至ることはないと思うが、もしもの時のために何か手を打っておくべきだろうか。以前の考え方が戻りつつある。それはいいことなのか、悪いことなのかはわからないが生きる上では必要なことだ。

 そう心を決めながら俺は自分の寮へと戻る。

こんにちは、結坂有です。


なんとか事態を収めることができましたが、次は勇者との決闘に参加するようです。一体どんな決闘になるのでしょうか。


それでは次回もお楽しみに。

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