魔王は呆れ、そして暗殺依頼
短くも長かったカップル席から立ち上がり、店を後にした俺たちは街道を歩いていた。
「これからどうするの?」
しばらく歩いているとリーシャが話しかけてくる。
「このまま街を歩こうと思う。知らないことが多いから」
「そういえばエビリスくんってここに来るの初めてだもんね」
普段こういった場所には来ない。せっかくの長期休暇なんだ。この時代のことを知るためにちょうどいいだろう。
街を歩いていると急にリーシャが俺に隠れるように身を預けた。リーシャの目線の先にはマリークがいた。
「お、お前……」
マリークが俺たちの方へ近寄ってくる。
リーシャは気まずそうにしていた。
「マリークくんは普段ここには来ないでしょ?」
「図書室で噂していたのを聞いてな。もしやと思ってここに来た」
どうやら俺たちを追って来たようだ。マリークは俺を見るなり睨みつけて来た。
「お前、リーシャを誑かして何しようって言うんだ?」
「そんなことはしてないよ」
「リーシャには聞いてない。俺はこいつに聞いてるんだ」
「マリークくんには関係ないでしょ?」
リーシャは俺の前に出る。
「一般学院の生徒なんかがリーシャと一緒にいていいはずがない。俺みたいな強い奴が一緒にいるべきなんだ」
いかにも小物臭漂わせるような発言をした。現実にこのような発言をする奴は初めて見た。俺は思わず笑ってしまった。
「何がおかしい!」
「一般学院でも実力がある奴はいる。貴族学院と言う盾を使うな」
「所詮は一般学院の生徒だ。実力で競えば俺が負けるはずがない!」
「マリークくんには勝てないよ!」
リーシャがそう強く言う。
まぁ貴族学院ならそこまで一般学院と交流があるわけでもない。俺の実力が知られたところでそこまで害はないだろう。
「嘘つけ! この前の模擬戦だってあの後方支援がなければこいつなんか一撃で!」
「それでも無理だよ」
「やってみなきゃわかんねぇだろ!」
するとマリークは魔法の行使を始めた。衝撃を増幅させる魔法陣とともに俺に殴りかかって来た。
常人なら骨が砕けるような威力だ。
「なっ!」
俺はそれを素手で受け止めた。
単純に力だけで止めたわけではない。魔法で強化された衝撃を俺の魔力で相殺したのだ。
「これぐらいの防衛ならマーフィンやコリンでもできる」
マリークは俺から離れて距離を取る。どうやら魔法の種類を変えるようだ。
周りには野次馬が集まって来ているようだ。一般人からすれば魔法の戦いは物珍しいらしい。
「これが貴族の力だ!」
すると大きな魔法陣が描き出される。
「軍用魔法!?」
リーシャがそう言う。軍用魔法といった高度な魔法を防ぐ術はまだ教わっていない。どうするべきか考える。しかし、解決は難しい。
ここは学院で習っていない防衛魔法を出すしかないか。
すると、強力で独特な魔力を放っている女性が俺の前に立ち塞がった。
「そこまでよ!」
「ちっ、フィーレかよ」
「市街地での軍用魔法は禁止行為。今なら見逃してあげるわ」
「こんなところでもヒーロー気取りかよ。所詮魔法なんて見えてないんだろ?」
「私にも魔力は見えてるのよ」
突然現れたフィーレという女性はリーシャに勝るとも劣らないほどに彼女の容姿が淡麗であった。
後ろ姿だけで美しいと思ったのは俺の横にいるリーシャと目の前のフィーレという女性だけだ。その綺麗な金髪から漂う柚子の香りは俺の鼻腔をくすぐる。
「軍用魔法なんかで威圧してもかっこよくないよ!」
「ぐっ……」
リーシャの強烈な言葉にマリークは言葉を失った。さっきの言葉は彼にとって鋭利な刃物で刺された気分だろう。
「わかったのなら帰ってくれるかしら。今回は……っ!!」
フィーレの目の前からマリークが消える。
闇系統の魔法で彼女の視界から消えたのだ。そして瞬間的に俺の目の前に現れる。
「かかったな! これで力の差を見せつけてやる!」
「!!」
フィーレが俺たちを守ろうと走り出すが、間に合わない。
このままでは横にいるリーシャも危ないため、ここは少し魔族の力を出すことにした。
「うっそ……」
マリークの放った軍用魔法は空気を圧縮し爆発させる魔法だ。
圧縮された空気は大気を押し出し、強力な衝撃波を発生させる。もちろん直撃すればただでは済まない。
皮膚は引き裂かれ、衝撃により骨は粉砕されることもある。
だが、俺は魔族の力を解放し、それを防いだ。
「これを防げる人なんて……」
すると、フィーレがマリークの背後から攻撃をした。
マリークはその衝撃に倒れ気絶する。
「あ、ありがと! フィーレ」
「街の平和のためよ」
「街中で軍用魔法なんてやり過ぎだよね」
戦闘が終わると、野次馬たちはぞろぞろと解散していった。
いつの時代もこのようなものはいるのだな。下級魔族として扮し、人間にわざと捕まった時も村では魔族を一目見ようと集まってきたな。危険なものを知りたいと言うのは人間の本能なのかもしれない。
「ところであなたは?」
フィーレは俺の方を見た。
「エビリス・アークフェリアだ」
「エビリス……」
フィーレは鋭い目線で俺を見た。フィーレから感じる魔力、それに俺は驚いた。妖精から力を授かったものだと気付いたからだ。
勇者と名乗るフィーレからそのような力が感じられた。しかし、勇者である金色の目ではない。
勇者に近い存在なのだろうか。
「あなたには後々話を聞くことになりそうですね」
フィーレは俺にそういう。
「ちょっとそれ、どういうこと?」
リーシャがフィーレに質問する。少し不安そうだ。
「彼は危険な匂いがする」
「匂い?」
リーシャはまるで俺の体臭を嗅ぐように顔を近付けてくる。
「今は害はなさそうだけど、警戒するわ」
「なにそれ」
そして、フィーレはマリークを連れて行くよう集まった学院の同級生に指示をした。
「それでは、エビリス。また後で連絡しますね」
フィーレはそう言い残し、立ち去った。
「フィーレもエビリスくんのこと気に入ったのかな。それなら友達だけど勝負しないとね」
リーシャはそう何か張り切ったように言う。
恋愛とか、そういったことではない。明らかな敵意を感じた。
後ほど、連絡があるといったがどうなるのかわからない。
「リーシャが思っているようなことではないような気がするがな」
「ほんとかなぁ」
リーシャはフィーレの後ろ姿をじっと見つめて警戒していた。まるで、獲物を見つめる虎のように……いや、猫のようにと言ったほうがいいだろう。
◆◆◆
勇者である私は今日、驚愕すべき事実を知ってしまった。この学院に入ってからすぐに友達になったリーシャの知り合いが魔族であると言うことを知ってしまったのだ。
そして彼は一般学院の生徒であると言うことも知った。
どういった経緯でリーシャと知り合ったのかは知らないが、きっと悪いことでも企んでいるのだろう。魔族が人間に変装すると言うことは聞いたことがないけど、きっと彼は何かを企んでいると想像できる。
私はそういった危機感を持っていた。
見学すると言う口実にあのエビリスという人間、いや魔族を研究する必要がありそうだ。
「どうなさいましたか?」
部屋に戻ると使用人のレイアが話しかけてきた。
「いや、少し変な人を見かけてね」
「フィーレ様がそんなにお怒りになるのは初めてですね」
「怒ってる?」
どうやら周りから見たら怒っているように見えたのだろうか。これは気をつけなければいけないな。
「怒ってないよ。安心して」
「そうですか」
レイアは私のコートを受け取る。
「見学をしても大丈夫だと先ほど連絡を受けましたよ」
「ありがと」
コートを服掛けに綺麗にかけるとレイアは手紙を渡してきた。
「これは?」
「学院の職員にフィーレ様に渡してとだけ言われました。中身は見ていません」
私は手紙を開けてみる。
内容は先ほど懸念していたエビリスに対してのことだった。
「これは誰から?」
「差出人は書かれていなかったのでなんとも……」
「そう。内容を見たけど、一個人を暗殺しろなんて依頼は初めて」
勇者に依頼するような内容ではない。まずこういった内容は学院がするべきことではない。
「そんな物騒な内容でしたか」
「これを渡した職員はどんな人なの?」
「フードを深く被っていたので素性まではわかりません」
それならこの依頼は無視してもいいだろう。もちろんエビリスを暗殺するなんてことはしない。
街にいる間はそこまで悪さはしないからだ。
それよりも、学院がこのような依頼をするのは何か変だ。学院は公平に市民を見るべき機関だ。一個人をこのような形で殺させようとはしないはず。
私は何か変なことに巻き込まれていると思ったが、今日は寝ることにした。
明日からエビリスを観察することにしよう。
こんにちは、結坂有です。
勇者フィーレに届いた依頼は誰が送ってきたものなのでしょうか。大体検討がついている人もいると思います。
それでは次回もお楽しみに。