勇者は戻り、魔王は休む
試験の日から数日経った。
勇者である私、フィーレ・エリシーズは特例の任務があり、試験を免除されていた。
「フィーレ様、おかえりなさい」
学生寮の一際大きい部屋が私の部屋だ。他の人よりも広く、そして使用人も居る。
使用人の名はレイアという名前だ。魔法は使えないが軍で戦闘経験がある人だ。私と同じく生まれた時から兵士として育てられてきたのだ。
「お留守番、ありがとう」
「いえ、フィーレ様のお役に立てるだけで光栄ですから」
レイアは私より少し年上の方だ。長年付き合っている仲なのか自然と会話できる。
私は重い戦闘服を脱ぎ、レイアに渡す。
レイアはそれを奥の部屋へと持っていった。
「そういえば、試験では一般学院の生徒がご活躍されていましたよ」
奥の部屋からレイアが話しかけてくる。
はっきり言って一般学院の生徒にはあまり興味がない。
実力は知れていることだ。
「模擬戦であのオービスに勝っていたんですから」
それは意外だ。おそらく作戦で負けたのだろうか。
まぁ考えるだけ無駄か。
「ですが、フィーレ様がいらっしゃれば問題なかったのでしょうけど」
レイアは薄笑いで言う。
そう言う私は学院での模擬戦で未だ無敗だ。
魔力を感じられないと言う勇者特有の弱点があるものの、授かった人間離れした身体能力と勇者独自の魔力でなんとか切り抜けてきた。
魔法と言えど、当たらなければどうと言うことはない。
「先にお風呂に入るね」
「はい」
レイアは戦闘服を洗っていた。手は薄汚れてしまっている。
特例の任務というのは魔族の討伐だ。
首都の周辺で魔族が発生したということでそれの応援をしてきたということだ。
下着を脱ぎ、そして、金色の目を隠すためのカラーコンタクトを外してから私は風呂場に入る。
扉を開けると風呂場から漂う柚子の香りが私を包むように癒してくれる。
「今回は柚子の香りにしました」
脱衣所で新しい下着と服を持ってきてくれたのかレイアが話しかけてくる。
「ええ、匂いだけで体が癒されるわ」
「それなら良かったです」
レイアは軽やかな足取りで脱衣所から出て行った。
私は体を柚子の香りがするお湯で流し、そして湯船に浸かる。
目の前の鏡には私の金色の目が映っている。金色の目は勇者である証、しかしそのせいで私のことを色眼鏡で見つめる人も多い。
それが嫌なのだ。勇者でも一人の人間としてみて欲しい。
この程度なら勇者は大丈夫、勇者なら勝てると信じ込んで欲しくないのだ。
実際魔族に殺された勇者も多いからだ。
私も歴代の勇者には負けるところもある。事実勇者ではないエスタ隊長に模擬戦で負けているからそう言える。
「はぁ……」
思わず声に出てしまうほど深いため息を吐いてしまった。
弱音は言わない性格だが、こう落ち着いた場所ではいつもこうなってしまう。
周りの重圧にいつまで耐えられるだろうか。
「そう言えば、一般学院に見学なさいますか?」
「っ!!」
唐突に声をかけられて驚いてしまった。
「どうかなさいましたか?」
「いいえ、なんでも。見学?」
「ええ、今年の一般学院は凄いと噂です。上級生でも話題になっていますよ」
確かに話題にはなるか。しかし、わざわざ見学するほどのことでもないだろう。
「一ヶ月はお暇でしょう。少しは知っておいても良いのではないでしょうか」
それもそうだが、すぐに知りたいわけでもない。どうするべきだろうか。
「そうね、暇潰しにはちょうど良いかも知れないね」
「わかりました。先生方にはこちらで連絡致します」
「よろしくね」
そう言えば一般学院がオービスを模擬戦で倒したということを思い出した。
彼は注意深く作戦を立てる人だ。そんな簡単に弱点を見せるような人ではない。
そんな男にどんな策で勝ったのかは気になる。
相手のことを知るにも良い機会だろう。
明日からは一般学院に立ち入ることができる。ちょっとした期待感に胸が踊った。
◆◆◆
試験から数日経った。俺は学院の図書室にいた。
この時代のことを調べるためにここに足を運んでいたのだ。
知らないことが多く、戸惑うことがあったがなんとかここで知識を得れるはずだ。
「あの、エビリスくん?」
そこにはリーシャがいた。
図書室は食堂と同様に共有スペースだから偶然バッタリと会う可能性は十分に高い。
「奇遇だな」
「えへへ、実は待ってたの」
共有スペースに入る時に誰かに見られていたのはわかっていた。どうやらその正体は彼女だったのだろう。
「ここに来るのを見ていたのか?」
「そうだよ」
嬉しそうにリーシャは俺の腕に擦り寄ってきた。
「もしかして勉強?」
「いや、ちょっとした調べ物だ。勉強というわけでもない」
「エビリスくんは勤勉なんだね」
リーシャは俺が言った言葉を無視するかのように俺の肩を叩いた
「別に勤勉ということでもない」
「そうかなぁ」
そう言うリーシャは「えへへ」と可愛らしい笑顔を漏らして呟いた。
そんな会話をしている中、周りからの視線が痛い。
リーシャはマーフィンの情報によると貴族学院でも一位二位を争う美少女のようだ。
そのため一般学院の俺が馴れ馴れしく会話しているのを悪く思うのも無理もないだろうな。
それにしても視線が痛いほどに伝わってくるのは地味にきつい。
リーシャはそんなことはお構い無しに俺に近寄ってくるが、正直俺にはその対応に困る。
「どうしたの?」
「周りの目が気になってな。別にリーシャが良いなら我慢する」
すると、リーシャは振り返って俺を睨んでいる人を見つけると「ダメだよ」と指を立てる。すると、先ほどまで痛い視線がなくなった。
「もう大丈夫だよ」
「そんなことして変な噂にならないか?」
「エビリスくんとなら、変な噂になっても平気だよ」
「まぁそれでも良いなら好きにしてくれ」
俺は本を捲る。しかし、いくら調べてもやはりわからないことがあるものだ。ここは一旦外に出ることにしよう。
「どこに行くの?」
俺が席を立つとリーシャが呼び止める。先ほどまで同じように本を読んでいたが、その本を机に置いた。
「ちょっと休憩だ。昼食もまだだしな」
「じゃ、食堂に行くの?」
「食堂もいいが、街に出ようと思う」
「ついていってもいいかな?」
やはりついてくるようだ。まぁ今回は別に問題ない。この時代を生きている人が一緒にいると何かと心強い。
「別にいいが、変な噂とかっ……」
リーシャが俺の口に指を当てて、言葉を遮る。
「別に気にしないの。さ、行こ?」
すると、リーシャは本を棚に直して、俺の腕を引っ張るようにして図書室から出た。
こんなに強引にされたら、余計変な噂が広がる。俺としては迷惑なのだが、リーシャは全く気にしていないようだ。それに何か楽しそうにしている様子でもあったから俺は連れられるがままに彼女に従うのであった。
街に出た俺たちは近くのカフェに足を運んだ。
「ここ、私のよく行くお店なんだよ」
リーシャがそういうと、店員がやって来た。
「いらっしゃいませ。お二人で?」
「うん、……」
リーシャは俺にわからないよう店員に合図を出した。
「あ、そうですか。わかりました」
すると店員は何かを察したのか、俺たちを奥の個室へと案内した。
その個室は小さな机を挟んで小綺麗な椅子が並んでいて、外の街並みがよく見える場所だった。
「なんかいいでしょ」
いい場所だが、机が狭い気がする。
リーシャとはかなり近い。
これでは二つも食事が並べないのではないだろうか。
「いい場所だな。店内も綺麗にしているようだし」
「そういうところ見るんだ」
リーシャは頬を少し膨らませ、不満そうに言う。
しばらくすると、店員が個室の扉をノックして入って来た。
「お待たせしました」
一つの料理が運ばれて来た。
大きなカップに色取り取りのフルーツやクリームが大量に盛り付けられている。
さらにハート形のチョコレートまでもが添えられていて、いかにもカップル用のものに見える。
実物を見るのは初めてだが、ここ最近調べた文献に載っていたのだ。
恋人関係の人同士で食べるもののようだ。
この時代ではこれを二人で食べさせ合うのだそうだ。
「では、ごゆっくりと」
店員は邪魔をしまいと、テーブルにそれを置くとすぐに個室から出ていった。
「……まさかと思うが、カップル用だよな」
「そうだね」
「流石にここまで来たら擁護できないか」
俺は小さく呟いた。
「うーん? 何のことかな?」
リーシャはとぼけ顔でそう言う。
いや、絶対わかっているはずだ。そうなのだ、そう思いたい。
「そんなことより……はい、あーん」
そう言うとリーシャがスプーンでクリームとイチゴをすくい、俺に差し向けてくる。
超の付く美少女にこうされては流石の魔王でも拒否することはできなかった。
それからのこと、俺はリーシャにされるがままの時間を過ごした。俺にはこの現場を誰かに見られていないことを願うようなことしかできなかった。
恋人同然のような行為をした後俺たちは店を後にした。
変に緊張したのは初めてだ。
魔王時代と違って、堂々とできないのだからな。仕方ないことだろう。うん、そうなのだ。
こんにちは、結坂有です。
ついに登場したフィーレは勇者の力を持っています。
魔王と勇者は世代を超えて邂逅することになりそうですね。これから面白いことになりそうですね。
次回もお楽しみに。