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かつて最強であった魔王は人間として生きていけるのか  作者: 結坂有
第三章 魔王は未来の勇者と邂逅する
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安堵とリンゴの想い

 初冬に発表された進級試験に何とか合格することができた一般学院の生徒たちは安堵に浸っていた。

 無事に進級し、魔法師としての品格を磨くことができるからだ。

 ここを卒業しないと魔法師になれない。しかし、魔法師になることが義務付けられているのもまた事実。

 進級できないと魔法師への道は遠くなる。学院は移り、別の場所にて再度勉強し直す必要があるのだ。

 教室のみんなもそうならずに済んで良かったと喜んでいる。


「俺たちも進級することができた。みんなのおかげだ」

「お前が最後、頑張ったからだろ」


 マーフィンが皆に感謝を伝えているが、皆は最後は模擬戦を制した俺たちのグループが優秀だと盛り上げていた。


「俺も頑張れたし、みんなも頑張ったんだ。それでいいんじゃないか?」


 俺もマーフィンに同意するように呟く。


「そう言えば、エビリスくんもすごかったよね」


 ふとレナがそう答える。


「どういうことだ?」

「モニターで見てたけど、寸前でライフルの弾丸避けるんだもん」

「あーそれ見てたー」


 レナを含めた魔術解析グループが俺の方を見た。

 いまいちよくわからん。どこからも見られていなかったはずだ。

 観客席があったとしても、俺が戦っていたのは森の中だ。普通なら目視することはできないはず。


「実際どうやったの?」


 レナが不思議そうな目をして質問してくる。

 見ていたというのは事実だろう。しかし、どういった手段で見たのかはわからない。わからないことを色々と推測するのは時間の無駄だ。


「弾丸を避けたのではない。当たりどころが良かっただけだ。実際、俺の防御障壁は削れていたからな」

「リーシャの狙撃は確実なはずだ。誘導魔法を付与された弾丸はそう簡単に外れないよ」


 マーフィンもそのように答える。


「弾丸を曲げるにしても慣性の法則などがある。誘導するには近すぎたんだ」


 誘導魔法といえど、近いから外れるということはない。

 が、ここは科学に助けてもらうことにした。


「うーん、そうなのかな」


 引っかかるところもあるが、納得してくれたようだ。


「まぁとりあえず、勝てて良かったよ。無事に進級することもできた」


 そうマーフィンが締めくくると、教室中は歓喜の声に溢れた。

 そんな中、扉の前で誰かが入りづらそうに待っていた。


「ごめんね。盛り上がってるところ」


 入りづらそうに扉を開けたのはミリア先生だ。

 今回の試験ではミリア先生は何もできなかったのは仕方ないことだ。


「いいよ、先生。無事に試験が終了したんだもん」


 コリンが誇りを持って言う。


「そ、そうね。私がこんなんじゃダメだよね」

「そうですよ」


 そうマーフィンも言う。


「じゃ、これから冬休みに入るわけだけど。盛り上がって変なことしないように」


 ミリア先生は指を立てて、生徒に注意を促した。

 そう、試験が終了すると冬休みが始まる。

 学院内は自由に出入りできるが、授業がない。

 その時期に勉強するのも、ゆっくり休むのも自由ということだ。

 もちろん、俺は何の予定も入っていない。


「一ヶ月後にまた会いましょう」


 と言っても、俺はこの休み期間にも会うことになっているが。


「「はい!」」


 生徒一同はそう返事をして帰り支度をする。

 ミリア先生も教室を出た。すると、横に座っていたレナが俺に声をかける。


「あ、あの。一緒に帰っても大丈夫かな?」


 急なことだったので理由を聞くことにした。


「どうしてだ?」

「え、いや。そんな深い意味はなくて、あの、その……」

「レナったらエビリスくんのこと好きなんでしょ?」


 コリンが悪戯めいた顔でレナに言う。


「そんなんじゃないよ」


 レナは顔を赤くして否定する。おそらく図星を突かれたのだろう。


「でも顔赤いよ?」

「気のせいだよ」


 顔を隠して反論する。無理があるのは周囲から見てもわかる。


「じゃあ、私が一緒に帰ろうかな」

「え……」


 レナは思考が止まったかのように目から光が失った。


「私、エビリスくんのこと気になるし」


 コリンが俺の腕に抱きついて挑発するかのようにレナにそう言った。


「気になるってどう言う意味だ?」


 俺もすかさず理由を聞いた。もしかしてコリンは俺が魔族の力を持っているのだと見抜いたのだろうか。そう言ったことを考えてしまう。


「エビリスくんに言ってないの」


 コリンは俺の口元に指を当てて、発言を止める。


「……コリンばかりズルイよ」


 レナは切なそうに俺を見つめる。今までクールだった表情はどこか色っぽい。


「レナにそんな顔されたら私の負けね」


 コリンは負けを認めたようだ。一体何の会話だったのだろうか。あまり気にするのは野暮なのだろう。


「もうっ、さ、行こ?」


 レナは少し強引に俺の腕を引っ張る。

 いつもより強情なレナに俺は驚いた。まるで人が変わったかのようだったからだ。

 学院を出て、しばらく歩いているとレナが話しかけてくる。


「あの、急にごめんね。一緒に帰ろって誘ったのに強引に連れ出しちゃって」

「別に気にしていない。マーフィンも友達と帰ってしまって一人で帰ることになってたからな」

「そうなんだ」


 いつもはマーフィンと帰っていたりしていたが、今回は違う。先にマーフィンは友達と帰ってしまったのだ。

 まぁ、誘いがなければ俺はいつも一人なんだがな。

 一つ気になっていたことがあった。それはなぜ俺を誘ったかだ。いつもは遠慮していたレナがこう話しかけてきたのは理由があるのだろう。

 ただ単に一緒に帰りたいだけではなさそうだ。


「何か話すことでもあるのか?」

「それは……」


 レナは少し考え込む。

 何か言いたくないことなのだろうか、そう思っていたがすぐにレナは口を開いた。


「私の試合、負けた理由がわからなくてね」


 魔術解析のことだろう。

 確かに貴族学院のあの速度は異常だ。魔王時代でも人間であそこまで早く解析できるものはそういない。


「理由を知って何になる?」


 最初は何をどうすればあの速度に達するのかわからなかったが、今はわかる。貴族学院がどうやって最速とも言える解析速度を維持できたのかを。


「私たちに足りなかったものを知りたいから」


 相手の戦略を知って自分をさらに強化する、それはいい心得だ。しかし今回の件に関しては実力を上げると言うものでもない。


「徳になるかわからないが、それでもいいなら教えてもいい」

「それでもいいよ」


 レナは即答した。

 もう何を聞いても大丈夫だと目で訴えてきている。


「……貴族学院は五人で一つの脳を作り上げた。魔力を使って情報を共有させたんだ」

「でもそれだけであの速度が出せるの?」

「みんなで暗記したんだ。基本魔法の魔法陣をな」


 もちろん魔力で強化されている間だけだが、十分に暗記できる容量だ。

 貴族学院は基本魔法が出題される確率が高いと踏んで、基本魔法を暗記する方法をとった。

 事実、あの試合で答えたのは一人だったからな。他の人は情報をためておくための引き出しだったのだ。

 他にも応用系の魔法陣などは答えることはしなかった。基本魔法陣を四秒で答えた人があのような応用問題で五十秒近くかかるはずもない。


「そんなことってできるの?」

「試験が始まる直前で暗記した。それを魔力などを使って無理矢理覚えさせたんだろうな」


 もちろんその魔力が切れれば、暗記したものは忘れるがな。


「控え室の段階で覚えたってこと?」

「基本魔法の魔法陣の量ぐらいなら暗記することは不可能ではないのだろう」

「そうなのね。なんか変な戦略ね」


 確かに変だが、実際に効果が現れた。


「実力を伸ばすのではなく、戦略を使って勝負に挑んだんだ。その点では相手の方が上だったってことだ」


 実力だけで戦えばおそらく五分五分の勝負だったに違いない。


「それもアリなんだね」


 魔法射撃も実力では負けていたが、ルールの抜け道を見つけて戦略で勝った。やり方次第ではどうにかなるのだ。


「それより、なんでエビリスくんがそんなこと知ってるの?」


 知っているのではない。推測したんだ。

 あらゆる情報をまとめただけに過ぎない。しかし、ここでどう答えるべきか俺にはわからなかったのだ。

 しばらく沈黙を続けていると、レナが口を開いた。


「観客席からすればそう感じたのかもね」


 第三者から見れば簡単にわかることもある。


「そうでもない。周りの人の感想なんかも考慮してるからな。俺一人で気付いた訳ではない」

「そう思っておくね」


 ここはなんとか誤魔化すことができたのだろうか。不安が残るが、一部の人になら実力を知られても大丈夫だろう。

 何かあればレナの記憶を消すまでだ。


「ところで、商店街で何か買っていく?」

「そうだな、夕食の食材を取りに行かないとな」


 朝に店員に取り置きを頼んでいたので、それを取りに行く必要がある。


「意外とそう言うところはしっかりしてるんだね」


 いくら魔王といえど、この人間の体では買い物はしなくてはいけない。食べなくては体や思考力を維持できないからな。

 魔王時代では一ヶ月食事をしなくても生きていけたが、人間の体ではそうはいかない。

 すぐに身体が弱ってくるからな。


「食事を食べないと学院生活に支障が出るからな。そのためにも質がいいものを仕入れる必要がある」

「家庭的なんだ」


 そういったレナは商店街の果物屋で足を止めた。

 見ているのはリンゴだ。

 俺が目覚めた時にアイスからもらったものと同じだろう。

 この時代のリンゴは大きく甘みがあるものだ。目覚めた直後の腹の満たしには十分すぎるものだった。


「リンゴが好きなのか?」

「うん。実家の近くでリンゴ農園があってね。見てると故郷を思い出すなって」


 こうして故郷を思い出すと言うのはいいことである。田舎育ちだと言うレナにとってここは不慣れな場所だろう。それでもこのリンゴを見ると少し心が落ち着くようだ。


「ごめんね。買い物しよっか」


 それからレナと一緒に夕食の食材を買っていた。

 レナは野菜を中心に食べるようだ。

 魔王時代では肉を主に食べていた。何の肉かはあえて答えないでおくが、ごく一般的なものではある。


「あ、これ茹でるよりも焼く方が美味しいよ」


 野菜を指差して豆知識を披露するように話す。

 こういったことは俺にはわからない。本で読んだことでしか料理を知らないからな。こういった生きた知識を持っている人から聞く方が何十倍も為になると言うことだ。


 そうして買い物を終えると、レナはなぜか満足そうにしていた。


「俺と買い物がそんなに楽しいか?」

「うん、男の人とこんな買い物するの初めてだから」


 レナにとって新鮮な経験だったのだろう。いや、好きな人と買い物しているからでもあるか。まぁ本人が楽しかったのなら俺としても嬉しいことだ。


「いい思い出になったのなら俺も嬉しい」

「うん。でも、これからもたくさん作ろうね」


 そうレナは満面の笑みで答えた。


 学生寮に着くと、レナはどこか寂しそうな顔をしていた。


「もうここまで来ちゃった」

「案外早かったな」


 ここはレナに合わせることにしよう。もっと一緒に居たいと思っているのだろうからな。


「まぁ、学生寮に居るんだ。たまに顔を合わせることになりそうだ」

「一緒の寮だもんね。じゃその時は一緒に買い物とかしようね」

「ああ、俺もレナと商店街を歩くのは楽しいからな」


 俺としてもこうした料理のことを色々学ぶことができるしな。彼女と一緒に買い物をするのは楽しいのだ。

 すると、レナは「約束ね」と手を振って学生寮の奥へ行った。

 男の寮は手前の建物になっている。奥が女子の寮だ。


 俺は食材を手に自分の部屋へ向かうことにした。試験で疲れた体を癒すことが最優先だ。

 そして、明日はアイスのもとに向かうことにするとしよう。

こんにちは、結坂有です。


第三章が始まりました。これから新しい登場人物が出てきますが、一体どんな人なのでしょうか。


それでは次回もお楽しみに。

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