魔王の過去、そして走る
なつかしい魔力を感じ取ったエビリスはふと過去のことを思い出したのであった。
俺が”ニヒル”を崩壊させ、眠りにつく数年前。人間の一つの王国マンドレイア王国に進軍していた。
「魔王様、どうしますか?」
俺はマンドレイア王国の宮廷を見下ろすことができる丘に立っていた。
もちろん、人間もこちらを警戒している。
「俺が先陣を切る。勇者級がいるのは知っていたが、三人もいるとはな」
「危険ではないですか?」
そう補佐は言う。
流石に俺でも勇者級の人間に囲まれれば一溜まりもない。だが、それは魔法を使わない場合に限る。
「そう心配するな。俺の魔法は特別だ」
「まさか、あの魔法を使うのですか?」
「俺をなんだと思っている? 魔王だぞ。人間相手だろうと手加減はしない。今は戦争状態なのだからな」
「……切り札を相手に見せることになります」
「それでもいい。いつまでも隠しているのももったいない。練習相手となってもらおうか」
俺は音速を超える速度で宮廷に向かっていく。
「魔王様!」
補佐は甲高い声を出しているが、気にしない。
魔族だが、女性だ。保守的な性格のため思い切った戦いはしたくないのだろう。
しかし、ここでいつまでも待っていては何も始まらない。
切り札を使うなら今しかない。
宮廷の壁を魔法で破壊し、魔族が進軍しやすいようにした。
さらに兵士の頭数を減らしながら、宮廷の中に侵入する。
わずか、三十秒の間でだ。
宮廷の中には女、子供が多数いた。兵士はそれらを守るように配置しているようだ。
俺は相手が人間ながら関心した。
子孫を残す、それが彼ら人間にとってどれほど大事なものかはよく知っている。
「すまんな……」
そう俺は兵士に声をかける。
すると、彼らは窒息死したかのようにゆっくりと倒れていく。
兵士が倒れ、女と子供は部屋の隅に隠れるように散っていった。だが、俺は彼女らを攻撃しない。これは俺が作ったルールだ。
抵抗するものには容赦しないが、無抵抗な子供や女は見逃す。
なにも人間の全滅を望んでいるわけでもないからな。
「隠れておけ、身のためだ」
「………」
女性の声は小さく、うまく聞き取れない。だが、じっと動きを止めている。
俺は抵抗がないと判断し、さらに宮廷の奥を進んだ。
兵士は壁のように立っていたが、俺の進軍を抑えることはできないようだ。
宮廷の奥には大広間がある。そこに一国の王が立っていた。
もちろん、勇者級も三人、王を守るように身構えている。
「ユリゼイア・エンリッタ。お前の悪行はよく知っている」
「こ、殺せ! 奴は魔王だぞ!」
ユリゼイアは勇者級の男たちに命令する。
この男たちは強いが、本物の勇者ではない。まぁ手抜きをするわけがないがな。
「邪魔だ」
「うわぁ!」
なんとも間抜けな声をあげるものだ。紫の煙には即死系の呪いが付与されている。
その煙を吸い込んだ男たちはあっさりと倒れていく。
「くっ……」
ユリゼイアは宝剣を引き抜く。魔石がいくつか埋め込まれており、魔法を伝えやすい金属で刃を構成している。
厄介だが、これも破壊できないことはない。
俺はその宝剣を素手で掴むと砂塵と化して消えていった。
魔王の高濃度の魔力で崩壊したのだ。
「ヒイッ!」
ユリゼイアは尻を地につけて、倒れる。
圧倒的な力を見せつけられ怖気付いたのだろう。
「お前の悪行はどう責任を取るんだ」
俺はユリゼイアを問いただす。
「あ、アレがなければ人類は滅亡する! お前のような奴がいる限り人間に勝機はないからな!」
確かに人間に勝機はない。与えるつもりもない。だが、俺も無敵ではないのもまた事実だ。
倒せる確率は極めてゼロに近いが、決してゼロではない。
「お前がもう少し人間の力を信じれば、俺に勝てたのだがな」
俺はそういうが、もちろん死ぬつもりはない。
「何を言う! 勇者級の能力者三人をいとも容易く殺しておきながら!」
「そもそも、自分の部下を信じていないのだろう。だからアレに頼ることにした、そうだろ?」
「ぬぬ……」
ユリゼイアは反論しない。
部下を信用しないのは王として失格だ。
人間の力を信じず、何が勝利だ。
アレに頼った時点でユリゼイアは敗北していたも同然なのだ。
「おとーさん?」
大広間の奥から一人のピンク髪の少女が歩いてきた。どうやらユリゼイアの娘のようだ。
彼はあまり怖がらせないよう笑顔を作っていたが、俺から見れば怯えている顔だ。
「まぁ無理もない。最後の時間だ。話すといい」
俺は威嚇をやめ、ユリゼイアに時間をやることにした。
魔王といえど、自分の子供を愛することは知っている。これぐらいは許してやろう。
すると、ユリゼイアは少女に話しかける。
「ど、どうした? 眠れないのか?」
「お外がうるさくて……そのひとは?」
「あ、ああ。この人はね。私の友人でな」
まぁ甲冑を着ているため、顔まではわからないだろう。さすがに素顔を見れば友達とは言い難いからな。
「ゆうじん?」
「お友達だ。心配することはないよ」
少女は眠たそうに目を擦っている。
「おともだち?」
「そうだ。大事な話があるから奥の部屋で待ってなさい」
「うん。わかった」
ピンク髪の少女、おそらくアレの影響だろう。その少女は奥の部屋に行った。
無理に子供を怖がらせる必要はない。
「そろそろ時間だ。もうすぐ俺の軍が到着する」
「ああ、殺すなら殺せ」
ユリゼイアはそう答えた。
「大事そうにしていたな。娘のことを」
「あの娘が最後の希望だったんだ」
「だが、その娘を利用したんだな。”魔法で勇者を作る計画”に」
「それしかなかったんだ!」
「それ以外にも方法はあっただろ。神獣の力を借りてまでやることではない」
神獣、つまり妖精族のことだ。普通の人間には彼らは獣のように見えるため神獣と呼ぶようだ。俺には人のように見えるがな。
「勇者を作ることができれば、俺たちは勝てる」
「お前に力を貸した神獣も悪いが、一番はお前が悪い。世界が滅ぶかもしれない計画だ」
「平和な世界になれないなら、滅べばいい」
不覚にもそれは俺も同感だ。こうして人殺しをしなくてもいいのだからな。
そうしていると、外で魔族軍と人間の戦闘が始まった。
「もう時間だ」
「ああ、そのようだな」
俺はユリゼイアに魔法で発生した紫の煙を吸わせ、殺すことにした。
やがて体温は冷たくなり、動かなくなった。
その死体をベッドで寝かせていると、後ろの扉から魔族軍の隊長が入ってきた。
「大魔王、無事なんかい」
「ああ、このような雑魚に手古摺ることはない」
「さすが、大魔王様で」
すると隊長の大きな腕に女を二人抱えていた。
女は暴れているが、強い腕力で抑え込まれて逃げ出せずにいた。
「その女はどうした?」
「いい女ですぜ。ほら、こんなにも色っぽい体してるんだぜ?」
隊長は大きな手で女の服を破り捨てる。
女の豊かな胸が大きく揺れ、綺麗な肌が露わとなった。
「きゃあ!」
隊長はその胸を握り潰すように揉みしだく。女は痛そうにしていた。
当然だ。人間の力ではないのだからな。
「い、痛い!」
痛々しく女の叫び声が大広間を響かせた。
それでも隊長は楽しそうに、欲情した目で女の胸を弄んだ。
「俺たちのルールはどうした」
俺は隊長に聞く。このようなことは俺は許していない。
女や子供に手を出さないのがルールだ。
「存分に楽しむ、ですかい?」
「ああ、楽しむのはいいがな。人間の女には手を出してはならない」
「別にいいじゃないですかい。俺たちもいつ死ぬかわからない。今だけは自由にしてもっ!!」
俺は魔力の腕で隊長の首元を掴み上げた。
首の太さが著しく細くなり、隊長は息苦しそうにした。
腕の力がなくなり、女が解放される。
半裸の女に俺は声をかける。
「逃げるなら今のうちだぞ」
「は、はい!!」
女たちは奥に逃げていった。
「……まさかと思いますが、人間の味方に?」
「お前からしたら誰の味方でもないな」
もともと俺は魔族の王などするつもりはなかったのだ。俺からすれば目の前にいる隊長や魔族の軍勢などただの兵士、使い捨ての兵士だ。
「な、なぜ俺たちを……」
俺は隊長の太い首を握り潰した。
隊長の首は再生されることなく、死亡した。こうして魔族を殺すのも何回目だろうか。
その隊長の体を見ていると、背後に気配を感じた。
振り向くとピンク髪の少女がいた。
「ねぇ起きて! 起きてよ!」
少女はユリゼイアの体を揺らして起こそうとしている。もちろん眠っているわけではない。すでに死んでいるからだ。
しかし少女は懸命に彼を起こそうとしている。
「どうした?」
「おとーさんのおともだち……」
「ああ、おともだち、だ」
「トイレに行きたいの。でもおとーさん起きなくて」
「今日は疲れているそうでな。ぐっすりと眠ったのだ」
「トイレに行きたいの!」
少女は駄々をこねるように叫んだ。
あいにく俺にはこの宮廷のトイレの場所を知らない。どうしたものか。
「魔王様?」
「きゃ……」
隊長の体がある場所に俺の補佐が立っていた。
すかさず、俺はピンク髪の少女を魔法で覆って隠した。
「どうした」
「レイドーマ隊長のことですが」
「ああ、そいつはここの勇者級の男に殺された、と報告してくれ」
「またですか」
補佐は俺の殺した部下たちのことを知っている。
「規則に従わない奴に用はない」
「さっき半裸の女性が走っていたのもこの隊長のことですね」
「その通りだ。その女はどうした」
補佐は規則に従順だ。人間の女の処遇はよく知っているはずだ。
「保護しました。ですが、気を失っていますけど」
「それでいい。近くの王国に保護させてやれ」
「はい、そのように手配しておきます」
「そうしてくれ」
「魔王様は?」
「もう少し用がある。ユリゼイアの後始末があるからな」
「人工勇者のことですか」
「そうだな」
人工勇者とは、あのピンク髪の少女だ。
髪がピンクなのは魔力による干渉が原因だろう。
補佐が立ち去ると、俺は覆っていた魔力を解放した。
「大丈夫か?」
「お……」
「お?」
「オモラシした」
よく見ると少女の下半身はひどく濡れていた。
「すまんな」
俺は魔法で服を綺麗にする。
「まほう?」
「ああ、俺は魔法使いでな」
「でもヨロイ着てる」
「ああ、魔法騎士って感じだ」
「カッコイイ」
少女は何か嬉しそうに飛び跳ねた。
だが、いつまでもこうして話しているわけにはいかない。
「すまないが、そろそろ帰らないとな」
「どこいくの?」
「遠いところだ」
「ヤダ!」
少女は俺の足元に抱き付いた。
「でも行かないとな」
「ヤダヤダ!」
それでも少女は離れない。仕方ないな。
「お守りをあげる。これだ」
俺は魔法でネックレスを作った。小さな魔石が埋め込まれたペンダントだ。
「おまもり?」
「そうだ。お前がどうしても会いたい時、俺の助けが欲しい時、このペンダントに念じれば俺はいつでも駆けつけてやる」
「ほんと?」
薄っすらと涙を浮かべていた瞳が再び輝き始めた。
俺はそのペンダントを少女の首に掛ける。
「キレイ」
少女はそのペンダントを見ている。
「強い思いがあれば、俺は駆けつける」
「うん! ちょっと待ってて」
すると少女は奥の部屋に向かった。
しばらくすると、少女が一つの葡萄を持ってきた。
「これ、あげる」
「これは?」
「おまもりのお返し、おとーさんに言われたの。お礼はちゃんと言いなさいって」
ふむ、なるほど。まぁ受け取らないわけにもいかないだろう。
俺はそう渡された葡萄を受け取る。
「じゃまたきてね!」
少女はどこか嬉しそうに、そして目は物悲しそうにこちらを見つめていた。
こうなれば眠らせることは簡単だな。俺は満足そうにペンダントを見ている少女に魔法をかけた。
興奮状態の人間はそう簡単に眠らせることができないからな。
そして、眠った少女のピンク髪を魔法で黒い色に着色する。
深い眠りについた少女を抱き上げ、補佐の元に向かう。
「魔王様、人工勇者はどうしました?」
「ああ、始末した」
殺してもいないし、確実に始末もしていないがな。あの少女なら普通に過ごしていても問題ないだろう。少女の魔力が普通と違うが、生きていく分には大丈夫だ。
「それは良かったです。これでしばらくは平和ですね。ところで、その葡萄はサーリエの葡萄ですね」
「有名なのか?」
俺は少女から受け取った葡萄を見た。
「とても美味しいと聞きます」
「ふむ、いただくとしようか」
俺は葡萄を一房丸ごと口に含んだ。その葡萄の優しい甘さはなぜかあの純粋な少女を象徴しているようにも思えた。
その優しい甘さを堪能していると、戦場に出ていた魔族軍が戻ってきた。
「この宮廷も終わりですね」
そう言って補佐が魔族軍に向かって声をかける。
「これにて作戦終了! 死者は1名! 以上だ!」
そう言うと魔族軍は勝利に喜んだ。
少女を黒髪に染めたのは、一般の子供に紛れさせるためだ。もちろん生え変われば元の美しいピンク色の髪に戻るのだが、一時凌ぎには十分だ。
そして、俺は少女の胸元に一通の手紙を差し込んでおく。
『この少女の名前は、エリスバーグ・エンリッタ。マンドレイア王国国王の娘である』
そう書かれている。
これのお陰で、保護先の王国が丁重に扱うことだろう。
そうして、俺の宮廷への攻撃は終わった。
〜〜〜
あの時のペンダントの魔石の魔力だ。
誰かが強く念じている。つまりエリスバーグ・エンリッタなのか? あれから千年以上経っているぞ。
さすがに千年も一族が続いているとは考え難いが、実際起きている。
俺はその魔力の発信源に向かうことにした。
こんにちは、結坂有です。
魔王の過去は色々と事情があったようです。
そして、怪しい男たちに挑む魔王ですが、これからどうなるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。




