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かつて最強であった魔王は人間として生きていけるのか  作者: 結坂有
第二章 魔王は昇格試験を乗り越えたい
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魔王は生徒に期待する

 試験当日、晴れた日差しに包まれながら登校する。

 緊張はもちろんしていないが、周りはそうでもなかった。

 今回で負ければ進級できない、そういった重荷が生徒たちの足取りを重くしている。

 そうして、教室に着くとミリア先生はみんなを勇気付けるように言葉を投げかけた。


「いよいよ試験当日ね。今まで一ヶ月、真剣に頑張ったんだから大丈夫だよ。ほら、えいえいおー!!」


 ミリア先生が拳を大きく突き上げるが、生徒たちはあまり盛り上がらなかった。それもそうだろう。皆、圧倒的な敵を相手にした兵士のような目をしているのだから。

 訓練中は無我夢中になり、これなら勝てると自信に溢れている。しかし、いざその日になると腰が引けるのもよくあることだ。


「……それじゃ、一時間後に会場に向かってね」


 ミリア先生はこの重々しい空気を変えることができずに教室を出て行った。

 いくら偉大な先生だろうと、この空気を一変させることは容易ではなかったのだ。

 実際戦時中でもこのような場面は多々あった。勇者を目の前にすると下級魔族は逃げ出すのだ。それでも俺が前線に立ち、自ら戦果を上げることで部隊の士気を上げたのだ。

 今のミリア先生にはそのような荒技を使う術はない。仕方がないのだろう。


「みんな、できるだけのことはしよう。勝てるところは勝つ。当初の目的を忘れないで」


 マーフィンは一言、皆に向かって発言する。

 もちろん、声は届いている。しかし、反応できるほど皆の余裕はなかったのだろう。


 一時間後、俺たちは会場に向かった。

 競技内容の説明の後、順番が発表された。

『魔法射撃』『形成魔法』『擬態魔法』『魔術解析』『模擬戦』の順で開始されるようだ。

 運よく魔法射撃が最初だ。ここで最高得点を叩き出すことで一般学院の生徒にも士気が少し上がる、といいのだがな。

 競技内容の説明でも雷撃系の魔法の禁止はなかった。これなら行けるだろうか。不安要素は多いが、こればかりは変えようがない。

 俺が全競技に出れば問題ないのだが、厳しいだろう。擬態魔法で別人に成り済ますことだってできないことでもない。

 いや、それは考えるだけ無駄か。今は成り行きに任せることにしよう。

 魔王である俺がここにいる人間の成長を妨げることだけは避けたい。


「では、『魔法射撃』から始めることとする。出場者は前へ」


 すぐに会場の壁が変形し、射撃訓練場と同等の設備が出現した。

 この会場には複数の魔法陣が複雑に配置されている。それらは会場をこのように変化させるためのもののようだ。人間もなかなかに進化したものだな。

 高度な魔法により変形した会場はすぐに競技会場へと変化した。

 そして、貴族学院から五人、一般学院からも五人射撃位置に着く。


「それでは、貴族学院から始めてください」


 そうアナウンスがなると同時に、貴族学院側の的が動き始めた。

 すると勢いよく、素早い手つきで拳銃型の魔法具から空気弾が発射され、的を正確に撃ち落としていく。

 一人目のポイントは一七八二ポイントだ。普通にやるなら最高得点とも言えるその点差に一般学院の生徒はため息をついた。

 この点については俺も予想していなかった。いくら多くても人間なら五〇〇ポイントほどだろうと思っていたが、予想を大きく上回っていた。

 二人目以降も一五〇〇ポイント以上の高得点を叩き出し、正攻法で挑むのは絶望的だ。


 すると突然、客席にいたマーフィンが立ち上がりこう叫んだ。


「訓練を思い出せ! 訓練通りなら問題ない!」


 もちろん、マーフィンは射撃訓練にはいなかった。しかし、こう呼びかけるしかなかったのだ。

 空気を変えるためにも必要な行為だ。

 貴族学院はそのマーフィンの声援をバカにするように嘲笑っていた。

 これから起きるであろう”ありえない光景”を見た後どう反応するだろうか、そう考えるだけで喜劇を見ているようである。

 魔王ながら、これからが楽しみになっていた。


「一般学院の番です」

「はい……」


 そう言って、一人の女性、ベラは弱々しく射撃位置についた。手には拳銃型の魔法具はない。あるのは魔力を安定させるための魔法具だけだ。

 それを見て貴族学院の生徒はまたバカにするように笑い始めた。

 貴族なのだろうが、単純な奴らばかりだ。


「あんなもの、射撃に使えるわけがあるか」「拳銃型の魔法具でなければ当たるものも当たらんよ」「四百ポイントの壁は甘くないぞ〜」


 そのような言葉を一般学院の生徒、ベラに投げかける。しかし、ベラはすでに集中しきっているようだ。周りの言葉はほとんど聞こえていないようでもある。

 ベラの合図で競技が始まる。すると、ベラは手を合わせ、魔法陣を編み出す。

 もちろん、俺が考案した魔法陣だ。戦場では機能しないものだが、この競技においては例外だ。


「なんだあれは」「派手なもので場を紛らわそうとしているのか」「時間がないぞ!」


 そう言った声が貴族、一般学院から溢れでてきた。しかし、ベラは止めない。

 魔法陣を生成し始めて六秒、緊張からか少し遅い。だが、問題ないだろう。


 そして、魔法陣が完成し、大量の雷撃が一直線に空中の的に降りかかる。

 目にも留まらぬ速さで次々に的を射抜いていく。ベラは魔力を出しているだけ、狙っているわけではない。

 大量のポイントが加算されていく。ものの十秒で一万ものポイントを稼いだ。

 一般学院を含めた全ての生徒、教師が勢いよく膨れ上がるポイントをただ呆然と見ているだけであった。

 結果は三六七二〇ポイントだった。


「嘘だろ!!」「ありえない」「ズルをしたな!」


 教師たちも不正がないか、再度ベラの生成した魔法陣を調べる。しかし、問題はなかったようだ。

 得点表に数値が記録される。正式にベラの得点が決まったのだ。

 一般学院はその光景を見て奮起に湧いた。


「「おおー!」」


 世界記録とやらを軽々と超えた得点に皆が湧き上がったのだ。

 対する貴族学院は何が起きたのかさっぱりわかっていない様子であった。

 肩の力が抜け、安堵についたベラは膝を折るがすぐに立ち直った。

 そして、他の四人に抱きつき、喜びを分かち合っていた。


「……つ、次の人。前へ」

「はい!」


 ベラと同じように一人の女性が射撃位置についた。そして、同じ魔法陣を用いて再度耳を劈くような雷鳴を鳴らし、雷撃の雨を的に降り注ぐ。

 ベラのおかげか、緊張が解けて素早い展開が可能となっていた。

 それからのこと、四万ポイント代に突入し、最終的には四七九〇二ポイントが最高得点となった。

 もちろん、世界記録を大きく上回っている点数のようだ。

 教師陣もこのような出来事になるとは思ってもなかっただろう。


「改めて確認したところ現状のルールにおいて、不正はなかった!」


 教師陣は生徒たちにそう発言する。勝利は確定だ。

 一般学院はさらに盛り上がった。対して、貴族学院はこの異常な敗北に誰一人反応できなかったようだ。

 さらに続けて教師はこう発言する。


「魔法射撃協会にこの件を掛け合うつもりだ。今後ルールが追加されることとなるかもしれない」


 それはわかっていたことだ。射撃という面だけで言えば、これはこれでズルをしている。しかし、ルールにはそう書かれていなかったから使用しただけだ。これから追加で何か加わることになるだろう。

 もともと貴族学院を打倒するために編み出した策、一回きりだろうと成功したのだから気にすることはない。

 こうして、初陣である魔法射撃では勝利を勝ち取ることができた。


 次に『形成魔法』だ。これは限られた土から壁を作り上げ、順々に強化されていく攻撃魔法にどこまで耐えられるかを競うものだ。

 建築技能を要するほか、土を固めるための強い魔力も必要だ。

 十人が皆、魔力を出し合って壁が形成されていく。貴族学院は膨大な魔力量から巨大な壁を作り上げた。厚さも十分だ。

 対する一般学院は貴族学院と比べ小さい、そして厚さもない。

 それぞれ保有している魔力量が違い過ぎるのだ。


 『形成魔法』は呆気なく敗北した。

 いや、最終段階一歩手前まで耐えた貴族学院が不思議に思えるほどだ。何か策でもあったに違いないが、負けは負けだ。

 それでも一般学院の士気は多少下がった程度で対して影響は出ていない。初戦の活躍が大きいようだ。


 続いて『擬態魔法』の競技が始まった。これは擬態の完成度を複数の観点から数値化し、評価するそうだ。

 五人全てが擬態を終え、完成度を測る。

 僅差ではあるが、貴族学院の生徒が魔力切れを起こし失格となったため一般学院が勝利した。

 これに関しても魔力切れが起きなければ貴族学院が勝っていただろう。運に助けられたのだろうか。それとも、貴族学院の策が原因なのか?


 そして、『魔術解析』が始まる。レナの他に五人が解析に当たる。高等魔術士が編み出した魔法陣を読み解くと言った簡単なものだ。

 いや、生徒にしてみれば難解なものだろう。事実、席についている生徒は黙り込んでいたからな。


「第一問!」


 そうアナウンスが鳴り、床一面に魔法陣が浮かび上がる。


「ふむ、なかなか難しいものだな」


 古代の世界でも出題されれば誰もが引っかかるであろう魔法陣だ。実用性はないにしろ、複雑な魔法陣のため俺も練習で使っていたほどだ。

 海水から不純物を取り出し、真水を生成する魔法だ。

 海水には塩分の他にも複数の不純物が混じっている。それを一つ一つ取り除いていくという単純な魔法だが、真水に至るまでの過程が難しい。

 何も知らない状態でこの魔法陣を出されては流石の俺でも長考してしまいそうだ。

 人間である彼らなら早くて十秒と言ったところか。


「はい!」


 始まって五秒もしないうちに貴族学院が手を挙げた。

 教師陣は彼らの元に向かい、回答を見る。


「正解!」


 第一問は貴族学院の即答で終わった。

 分析をしていたのかすらわからなかった。きっと何か裏があるのか。

 まぁこの魔法陣は俺の時代でも有名だったからな。知っている人が一人や二人いてもおかしくないのだろうが。


「第二問」


 これもまた複雑に記号や呪文が入り混じった魔法陣だ。

 自分の分身を作り出す魔法陣だが、少しアレンジが加わっている。どうやら分身が踊り出すようだ。

 全く戦争で実用性はないが、娯楽には向いているだろう。

 すると、またすぐに手が上がる。


「はい!」


 貴族学院が七秒で手を上げたのだ。あまりにも早過ぎる。これに関してはアレンジが加わっている分、読み解くのに時間がかかるはずだろう。


「正解!」


 これもまた正解のようだ。こればかりは俺も疑い深くなる。ここまで魔法陣の読み解きが速いのは異常だ。魔王の目がなければ、俺ですら追いつけない速度だ。


「第三問」


 今までより少し大きい魔法陣が描かれた。

 今回は今までの単純魔法ではなく、応用魔法のようだ。

 追尾型の竜巻を発生させ、敵の退路を断つための大規模魔法だ。

 竜巻を発生させる条件と、追尾性を持たせるための呪文の配置が鬼門となっている。

 これを読み間違えると、竜巻ではなく雨を降らせるだけの魔法になってしまうのだ。


「はい!」


 お互い長考していたが、四十秒後一般学院から手が上がった。回答していたのはレナのようだ。


「正解!」


 速いな。正確に読み解いたのだろう。読み解きの引っ掛けにもどうやらうまく対応できたようだ。


「第四問」


 続いて問題が出題される。

 しかし、この魔法陣は俺でも知らない魔法陣だ。

 少し距離はあるが、読み解いてみる。

 しかし、何の魔法かわからない。

 これは効果をなさない魔法陣のようだ。

 一見、水魔法のようにも見えるが、水を操る絶対条件の一つ”温度設定”が伴っていない。

 これでは魔法行使の副作用による高温で水が蒸発してしまう。

 つまりこれは意味をなさない魔法となる。

 俺でも一秒はかかったか、距離があるとはいえ解析に時間をかけ過ぎだ。

 戦場なら死んでいてもおかしくない時間だ。

 そして、三秒後。


「はい!」


 貴族学院が手を上げる。

 外れるか……そう思ったのも束の間、教師陣から「正解!」と宣言された。

 勝利を勝ち取るつもりであった魔術解析がこうもあっさり負けたのだ。

 レナは号泣している。周りの人もそれを慰めるように背中をさすったりしていた。

 あれほど複雑なものから正確に導き出せたのは驚いた。一年生とまだ未熟ながらここまで即座に解析できるのは魔族でもそういない。

 一体何者なんだ。全て一人が手を挙げていた。あいつが異常なのか? 何か策があってのことなのか?

 そんなことが脳裏を駆け巡るが、確証はない。それよりこれからの立ち回りが重要になってくる。


 次は模擬戦だ。負ければ進級できない。

 俺としては進級できなくとも問題はないが、他の生徒が問題だ。しかし、俺の本気を見せるわけにはいかない。となれば、実力を隠しつつ勝利を取る。だが、そんなにリスクは冒せないのも現実だ。避けるべきは避ける方がいい。

 模擬戦の前は昼食の時間が挟む。それは当然だろう。腹が減っては軍は出来ぬ、というではないか。その間に考えるとしよう。

こんにちは、結坂有です。

一般学院は知識、技能ともに卓越している貴族学院に善戦しているようです。

次回は模擬戦となります。魔王とリーシャの両方の視点で描いていきます。


それでは次回もお楽しみに。

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