いつもと変わらない、新しい一日
翌日、意外と早く朝が来たような感覚だ。
「エビリスくん、起きて」
優しい声が右耳をくすぐる。
ミリア先生が起こしているようだ。俺はもう少しこの優しい空間で眠りたい気分なのだが、時間は有限だ。
仕方ない。起きるとするか。
ゆっくりと目を覚ますと、朝日に照らされた部屋で彼女がこちらを向いていた。
まだ薄暗いが、そのおかげか表情に色気が混じっているように見える。
「おはよう」
「もう朝か……」
「ええ、流石に二日もズル休みできないからね。準備を始めて」
ベッドから起き上がり、制服に着替える。
魔法で綺麗にした制服はやはり心地が良いのだが、石鹸のほのかな香りが残っているのも好きだ。
「それにしても今日の朝はよく冷えるな」
ベッドから出てわかったことなのだが、季節が急に変わってきたように感じた。
「うん。夏になるんだけどね。まだ寒さが残ってるのかな」
季節的にもそろそろ暑い季節に入る予定なのだが、今日はやけに冷える。
と言ってもその原因はわかっている。大妖精アイスのせいだ。
「だが、そのうち暑さがくるだろう」
「そうだといいね」
そう言いながら、ミリア先生は服を着替えて軽く朝食の準備を始める。
彼女の朝食はいつにも増しておいしいものばかりだ。
いや、彼女が特別上手いわけではないのだろうが、やはり調理器具を使いこなしているからこそここまで美味しく作れるのだろうな。
俺もこれからもっと人間の料理とやらに触れていく必要がある。
それから俺たちは一緒に部屋を出て、そのまま学院に向かった。
レイはしっかり者だから当然のように商店街で取り置きを済ませてくれているのだろう。
「エビリスくん、ちょっといい?」
「なんだ」
学院が見えてくる直前の道中で、ミリア先生が話しかけてきた。
「この前もらった首飾り」
そう言って彼女が髪をたくし上げて、首飾りを見せる。
それは買った時と変わらず、綺麗なままで特に何も問題はないように思える。
いや、これは……
「別に妙な意味はないけど、一応ね」
そう言って笑顔ではぐらかした彼女はどこか嬉しそうであった。
彼女の首飾りはよく見てみると特殊な魔石が収められていた。
ここでは魔石というより宝石と言った方がいいか。
「妙な意味はなくとも美しいものだな」
「うん」
嬉しそうな表情で彼女は前を向いた。
「エビリスくんは私の教え子、これは永遠だからね」
「ふむ、俺の教師はミリア先生だけだ」
その木組みの首飾りにある宝石を埋めるとそれは永遠の誓いになるようだ。
美しく光を放っているその宝石は確かに永遠に光を絶やさないであろう。
「それは、永遠の誓いと受け取っていいのかな?」
「好きにするといい」
「何それ……じゃ、そうだと受け取っておくね」
そう言って自分で解決した彼女はいつにも増して嬉しそうな表情をしていた。
確か俺がその首飾りを褒めた時も同じく嬉しそうで、そして幸せそうな顔をしていたな。
「それじゃまた教室でね」
そう言って彼女は職員室へと向かった。
あれから教頭が変わったそうだが、特に問題はなさそうだな。
ただ問題があるとすれば、クラスメイトの方だ。
若干の緊張は変わらず、俺はそのまま教室に向かうことにした。
「おはよー」
俺の不安を他所に扉を開けた途端にコリンが挨拶をしてきた。
「おはよう。急にどうした」
「どうしたってまた活躍したんだって? いやーマリンから聞いたよ」
「何を聞いたんだ?」
「教頭の悪巧みを暴いたんだってね」
それは事実なのだが、悪巧みと一言で片付けられるものではないのだがな。
まぁあの惨状を知らなければ、当然と言えるか。
「ああ、そんなところだな」
すると、マリンがこちらに抱きついてきた。
「エビリス先生!」
「ん? 先生?」
「うん! だってかっこよくて強くて……先生だったらいいなって」
「ちょっとマリン! 先生に失礼でしょ?」
コリンがムッとした表情でこちらを覗いてきている。
待て、いつから俺は先生になったのだ……
「皆さん、エビリス様から離れてはどうですか?」
すると、鋭い目でレイが俺のことを見つめてきた。
「いいじゃない。エビリス先生はみんなの先生よ」
「一体なんのことなんだ」
流石の俺でもこの事態の流れには追いつけなかった。
俺は強いのかもしれないが、先生と呼ばれるほどではない気がする。
皆に俺が教えられることなど、魔法のことだけだ。
「あ、あの。エビリスくんはまた私のこと教えてくれる……かな?」
「ああ、魔法理論のことならな」
レナがそう控えめにそう聞いてきた。
すると、マリンに続きコリンや他の生徒たちも俺の周りに集まってきた。
「ねぇ今度私にも教えてよ」「レナばかりずるい」「先生はもっとみんなのこと見てよね」
いくらなんでもみんなが同時に話し出すと俺でも聞き取ることは難しい。
だが、ある程度のことならだいたいわかった。
どうやら俺に教えて欲しい何かがあるようだ。
「それなら要件を言ってくれ。でないと何ができて何ができないのかわからない」
すると、みんなが一斉に声をあげた。
「「魔法理論!」」
ふむ、そこで躓いているのだな。
確かに言葉で聞けば難しいことだが、やってみると簡単なことだってある。
「それなら放課後、訓練場を借りよう。そこで一人ずつ教えるとしよう」
「まじまじ!」「あのエビリス先生が直接!」「これはもう一生に一度しかない機会……」
そこまで大袈裟に言われると気恥ずかしいではないか。
俺は魔王だぞ。こんなことで気恥ずかしいなどと言っている場合ではないな。
「それはそうと、皆は用事とかないのか?」
「用事なんてないよ」
まぁそれなら問題はないか。
「なら少し力を入れるか」
すると、皆はゴクリと息を飲んだ。
「いや、何も気構える必要など……」
「あのエビリス様が!」「まさかの本気で?」「やばい、見てるだけで溶ける……」
どうやら俺の話は聞いていないようだな。
これで皆が少しでも魔法が得意になってくれるのなら嬉しいことだ。
俺が教えれることなど魔法だけだと思っていたが、それだけだとしても十分なのかもしれないな。
それから俺は少しだけ放課後が楽しくなってきた。
「みんな席についてー」
そんなことを考えていると、扉が開きミリア先生が入ってきた。
これからホームルームだ。
そして、科学の授業も本日はある。
楽しい一日が始まりそうだ。
こんにちは、結坂有です。
魔王はどうやら人間にだいぶ馴染んできたようですね。
そして、日常をこれからも味わっていくみたいです。
それにしても生徒たちは面白い人ばかりで、楽しいクラスです。
それでは次回もお楽しみに。
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