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かつて最強であった魔王は人間として生きていけるのか  作者: 結坂有
第二章 魔王は昇格試験を乗り越えたい
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貴族姫の回想と一般学院の作戦会議

 一般学院に試験内容が発表される前日。


 私、リーシャ・エンリッタは商店街を歩いていた。普段は滅多に来ないけど、今日は特別だ。

 この時期にしか食べられない大好物の果物があった。それは大粒の葡萄だ。

 それを求めて商店街にやってきた。

 そして、私は誰かわからないように深くフードを被って目立つ髪の色を隠している。


「お! リーシャじゃね?」


 運悪く、同級生のマリークに会ってしまった。目付きが悪く、あまり関わりたくない人だった。


「すみません、人違いです」


 ここは逃げる方がいい。彼には学院でも付き纏われているから。


「逃げるなって、誰もいないからさ」

「やめてください」


 すると、マリークは私の手を強く掴んで私を引き止めた。


「ちょっと、やめて」

「そう言うなって、好きなフルーツがあるんだろ?」

「違うの」


 私は強く掴まれた手を振り解こうとするが、なかなか離してくれない。


「叫ぶとどうなるか、わかってるよな」


 脅迫まがいな言葉で私は抵抗するのをやめた。ここには武器となる魔法具を持ってきていないため、抵抗できないからだ。


「ずっといいなと思ってたんだよ」


 すると、魔力を持った人が通りかかった。


「いつの時代も人攫ひとさらいがいるもんだな」

「なんだてめぇ」


 一般学院の制服を着た生徒だった。

 私は思わず逃げて、と言いたくなった。


「一般学院のエビリス・アークフェリアだ。貴族学院の生徒だな?」

「それがどうした?」

「その人を離してやったらどうだ」


 一般学院の生徒は無防備にも近づいてくる。


「うるせぇ!」


 マリークは左手を振り上げ魔法を発動した。しかし、一般学院の生徒、エビリスは動じない。


「あれ……」


 すると、気の抜けた声が聞こえた。マリークの魔法は発動しなかったのだ。


「魔法の初歩、条件が揃っていなかったみたいだな」

「そんなはずは!」

「それでも貴族学院か? もう一度確認してみたらどうだ?」

「な、なんで?!」


 確かに魔法が発動する条件を満たしていなかった。魔法は魔力以外にも複数条件を魔法陣に組み込む。

 マリークが発動しようとしたのは空気を弾丸にして飛ばす基本魔法の類だ。

 空気を圧縮するためには熱系統の術式を魔法陣に組み込む必要があるのだが、マリークの魔法陣にはそれがなかった。

 そのため、マリークの魔法はうまく作用しなかったのだ。


「そのようだと、国は守れないな」


 エビリスは隙を突いて私をマリークから引き剥がす。

 そして、空気の魔法でマリークを押し飛ばす。


「ふざけやがって!」

「魔法もろくに使えないなら、意味がない」

「ふふ……」


 私は思わず笑ってしまった。マリークがあまりにも小物のように見えてしまったからだ。


「そこを動くなよ! 次はぜってぇ成功させてやる」


 マリークが魔法の準備をするが、エビリスの魔法が先に発動した。

 空間全体が闇に包まれる。そして身体が浮いて高速で移動しているのを感じた。


 しばらくすると、視界が晴れてさっきの場所から離れた場所にいた。


「な、何をしたの?」

「闇系統の魔法だ。大した魔法ではない」

「うそ、移動系も使ったでしょ?」

「移動系はまだ習っていなくてな。抱き上げて運んだ」


 抱き上げてってそれはそれですごいけど……


「助けてくれたんだよね。ありがと」

「よく狙われるのか」

「ううん。今日は初めて、かな」


 嘘ではない。確かに商店街では初めてなのだ。でも、学院ならいくつかあるかな。学院では魔法具持ってるからあまり近付いて来ないけど。


「なら、送って行く。どこかで待ち伏せてるかもしれないしな」

「そこまでしなくていいのに」

「もうすぐ日も暮れるし、送ってやる」

「……わかった。でも、買い物させてくれる?」


 私の本来の買い物はこの時期限定で販売されるサーリエ平原の葡萄が目当てだ。それを買うまでは帰れない。


「別に問題はない。ちょうど俺も行こうとしていたからな」

「うん。ありがと」


 それからエビリスと買い物を一緒にすることにした。

 店に入ると、サーリエ平原の葡萄が売り切れていたのだ。時間も遅いため仕方ないか。

 そう小さくため息を吐いて、店を出ようとするとエビリスが引き止める。


「サーリエの葡萄が欲しいのか?」

「うん。でも売り切れちゃったからね」


 すると、エビリスが店員を呼び止める。


「取り置きのを頼む」

「エビリス様ですね。わかりました」

「え、取り置き?」

「この時間じゃ売り切れになりやすい。朝、商店街に顔を出して取り置きしてもらってるんだ」


 商店街にあまり行かない私からすれば、そんなこと考えたこともなかった。


「こちらが商品になります」


 店員が持ってきた取り置きのカゴの中には確かにサーリエ平原の葡萄が入っていた。

 エビリスがその葡萄を私に渡す。


「持って行くといい」

「お金は私が……」

「災難にあったんだ。お金はいらない」


 こんなに優しい人がいるなんて思ってもいなかった。

 いつまでも姿を隠している私が少し申し訳なく思ってしまう。

 ここは遠慮しないでいただいた方が良さそうだ。


 私たちは店から出て、学院寮の方へ歩いている。

 日はすっかり暮れてしまい、空はプルシアンブルーに染まっている。

 そんな鮮やかで美しい空を見ながら私はエビリスに声をかけた。


「でも、どうしてサーリエ平原の葡萄なんて?」

「昔にもらったことがあるんだ。もう一度食べて見たいと思ってな」

「そうなんだ。これって、古くからあるんでしょ?」


 サーリエ平原の葡萄は千年以上も前から親しまれていたそうだ。近年は収穫量も減り、価格が上がっているらしいが……


「確かにそうだな。でもだいぶ変わったみたいだが」


 そんなエビリスの表情を見て私は少し申し訳なくなった。私は葡萄の一粒を取り、エビリスの口元に持っていった。


「はい、いただいたものを返すわけじゃないけど。一応、ね」


 エビリスはそのまま食べた。


「味は変わらないな」

「そうでしょ」


 そして、貴族学院の学生寮まで着いた。


「ありがと。お礼をいつかしたいけど」

「礼はいらない。善意でやったんだ」

「ううん。お返ししたいから。これも私の善意よ」


 そう反論して私は学生寮の方へ歩いて行く。


「では、いつか受け取ろう」


 エビリスはそういって一般学院の学生寮に向かった。


 あんなカッコいい一般学院の生徒がいるのは初めて知った。

 入学式で一度交流会があったけど、いなかったような気がする。いや、気付かなかっただけかな。

 次の試験終わりにも交流会があったし、すぐに会いたいな。

 色々思考が張り巡らされる。

 部屋に着いてからも落ち着きが取り戻せない。でも、なぜか幸福感だけは感じる。


 なぜだろう。これが恋なのか?

 私はエビリスから頂いた大粒の葡萄を一粒ずつ味を確かめるように、じっくりとその幸せな時間を過ごした。


   ◆◆◆


 試験発表を受けた俺たちは絶望の中にいた。次の進級試験はとてもじゃないが合格できる気がしない。

 最初から負けが確定しているような試験内容だったのだ。

 すると、マーフィンが立ち上がり黒板を見る。

 試験の競技内容を見ているようだ。


「みんな! 聞いてくれないか?」


 マーフィンが教卓に手をついて注目を集める。


「今日の午後から一ヶ月は試験に備える日だ。授業もないし、十分時間はある。作戦を立てて、分野を絞れば勝てる可能性が生まれる」


 すると、ユリスがだるそうに手を挙げた。


「相手は貴族学院だぞ。どれを取っても負ける。運よく勝てても一つだろうよ」

「確かにそうかもしれないが、足掻いてみるのもいいんじゃないか? 一般学院の意地ってものを」

「負け試合には挑まねぇよ。なんか策でもあんのか?」


 マーフィンが顔を上げ、口を開く


「競技数は全部で五つ、『擬態魔法、五人』『魔法射撃、五人』『形成魔法、十人』『魔術解析、五人』そして、

『模擬戦、五人』だ」


 どれも今の一年生では難しいものだろう。しかし、適切な人を選んで配置させれば勝てる可能性はある。


「この五つから勝てる分野を絞り込む」


 マーフィンが競技の名前に丸を付けていく。


「『擬態魔法』や『魔法射撃』は同じ魔法でも魔法の精度が重要だ。ここには知識より練度がいるもの、一ヶ月も練習すれば精度はぐっと上がる」


 確かにマーフィンの言う通りだ。それらの魔法は皆で協力してしっかりと練習すれば貴族学院にも匹敵する実力を手に入れることだってできそうだ。だが、問題はどこまで精度を上げられるかだ。

 その問題を解決できなければ、擬態魔法も魔法射撃も点を落としてしまうことになる。


「次に『魔術解析』だ。これは複雑な高等魔術を解析して意味を読み取る競技だ。これも重点的に練習すれば問題ない。幸いにも解析が得意な人もいる」


 魔術解析は確かに高度な知識を要するかもしれないが、少なくとも読み解く力さえあれば術式など知らなくてもどんな魔法なのか答えることができるだろう。それにちょうどその分野に強い人がいるのも確かだ。

 俺の横にいるレナ・ネイリウス。ネイリウス一族は俺の時代でも相当な実力者だった。新しい魔法をどんなに作ったところで彼らには見破られてしまったからな。当時の魔族軍も苦戦を強いられていたな。

 その力がどれだけ受け継がれているのか、それは気になるところだな。


「そして、『形成魔法』だ。これもまた精度が必要だが、強度も必要だ。強力な魔力を持っている人がちょうどいる。ユリス、君だよ」

「そんな策が通じるのか……」


 ユリスは一般学院でもかなり強い魔力を持っている。

 魔術解析が得意なのはレナだ。彼女は実技では若干劣るものの、知識力と頭の回転の速さで解析に向いている。他にも得意な者もいるだろう。


「ただ、『模擬戦』だけは勝てる保証はない。魔法の数も魔力量も貴族学院は圧倒的だ」

「知識や練習で確実にものになるものを重点的にやれば勝てる可能性が上がるってか」

「その通りだ」


 皆進学したい気持ちは同じだ。マーフィンの策は今出せる完璧な策に違いない。


「エビリス、君も賛同してくれるか?」

「勝てるものを絞るのは問題ないだろう」


 俺も賛同してみる。この流れを潰す必要はないだろう。


「良かった。それなら今日の午後から練習だ」


 そう、マーフィンが切り上げるとチャイムが時間通りになった。


 午前は通常の授業が行われたが、午後からは自由時間だ。明日から自分たちで自主的に訓練をするなり、勉強することとなる。

 昼休み、俺はマーフィンとコリン、レナの四人で食堂に向かっていた。食堂は貴族学院と共有のスペースになっているが、個室もあるため俺たちは個室に向かった。


 昼食を受け取り俺たちは個室に入る。

 四人が座ると少し狭い感じだが、機密を守るためには仕方ない。

 食事を始めるとすぐに正面に座ったマーフィンが話しかけてきた。


「エビリス、君はどの種目に出たい?」

「出たいかどうかはみんなの意見だな。俺は空いた場所で大丈夫だ」

「それなら模擬戦に参加してくれないか?」


 模擬戦か、防御魔石があるなら参加しても問題ないだろう。あとはどのように手加減をするかが重要だな。人並みに合わせる必要もある。

 しかし、俺を模擬戦に参加させる理由はなんだ?


「問題ないが、どうしてだ? 適任の人は他にもいるだろう。例えばユリスとか」

「ユリスは『形成魔法』に割り当てる。防壁を作り上げるには強力な魔力持ちが必要だからな。君が欲しい理由は単純に戦力になると思ったからだ」


 確かに、以前ユリスと模擬戦をした際に実戦は慣れていると思われたのだろう。

 その他に”人喰いの森”の生存者と言う点からも判断しているかもしれない。どちらにしろ、負けてもいいのであれば模擬戦も悪くはないな。


「わかった。五対五の模擬戦なら作戦次第では勝てるかもしれないしな」


 そう、承諾してみる。


「それとコリン、君にも参加して欲しい」

「ど、どうして?」

「単純に俺がよく知っているからだ。能力を知っている方が指示しやすい」

「そうね。それでもいいなら引き受けるよ」


 俺の横に座るコリンは大きく頷いた。


「わ、私はどうすればいいかな?」


 不安そうにレナが聞く。


「レナには『魔術解析』を頼む。君の知識力があればおそらく大丈夫だろう」

「わかった」

「それなら問題ないだろうな。十分勝てる可能性が上がる」


 今回は個人戦ではない、団体戦だ。そうなればチームで協力すれば問題ないはずだろう。

 そうして、俺たちは昼食を終えたのであった。

こんにちは、結坂有です。

今回から新しい貴族学院の生徒が現れましたね。リーシャと魔王はこれからどのような関係になるのでしょうか、楽しみです。


それでは次回またお会いしましょう。

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