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4の話

 


 「探しましたよ」


 その時私は、人生において初めて諦めるという言葉を知った。


 「旦那様がお待ちになっております。さ、一緒に………おや?」


 コツッ、コツッと暗闇の向こうから、その年季が入った渋い声の持ち主が姿を現す。私が今いる場所はちょうど灯りが照らしていない場所だったため、もしかしたら気づかれないのかもしれない、と思ったのだが、流石に近づかれるとどうしようもない。

 灯りが照らしたその者の顔と、見事に視線が交差してしまった。

 白の長い髪に、白の口髭。老人とは思えない程に背筋が伸びており、黒のタキシードからは細い体つきが想像できる。恐らく、この貴族の家の使用人。

 穏便、そして柔和。見る者にはそういった類の心情を与えるだろう。


 しかし私にはそれよりも先に、諦めるという感情が走った。


 何故かはわからない。気のせいといったらそこまでなのだが、確かに私はその者の周りに、オーラのような何かが纏っているのが一瞬だけ見えたんだ。

 このおじさんとは関わらない方が良い。そう判断した。

何かが起こる前にさっさとこの場を離れよう。

今もなお、私の伏せている頭の上にその者の視線が集まっているのが尋常じゃないほど伝わる。

 それはもう蛇に睨まれている状態に近かったが、蛙の私は視線に気が付いていないふりをして、歩みを始めた。


 少年貴族の横を通り、そして使用人の横に差し掛かる。

 全てが止まっている。時間も空間も、止まっている気がする。無理やり動いているのは私だけ。

 この世の理に反している気がしてならない。ただ歩いているのに、息が詰まりそうだった。

 そして心臓の鼓動を最大限に響かせながら、黒のタキシードとすれ違った。

 油断せずに、はやる気持ちを抑えてその後も歩き続ける。


 「なぁ、フォードハム」


 その声は少年貴族。

 今までも十分うるさかった心臓の鼓動が、そのタイミングでひときわ大きな音を放ち、そして静かになる。

 息を飲んだ。


 「あまりこういう場では、控えて頂きたいのですが……」

 「ちょっといいか?」


 振り返るとそこには、こっちに来いとジェスチャーをしている少年貴族の姿が見えた。もちろんその相手は、私ではない。


 「? はい」


 しかし私では無かろうが、呼吸がしづらくなることに変わりは無かった。

 そんな私を余所に、タキシードの老人は少しの間を置いた後、少年に近づく。


 「……て欲しい……」

 「……………です……」

 「俺………」

 「…………が…………ました」


 何を話しているのか、全くわからない。

 わかるのは、少年貴族がほとんど表情を変えないというか真剣な顔をしていることと、それに対して老人が少々驚いたり難しい顔をしたりすることくらいだ。


 何を話しているのだろうか。

 他人同士の話など興味も持たないのが普通だが、もしかしたら私の事を話しているのかも。その可能性が捨てきれなかった。

 少年とはいえ、貴族。貴族相手に声を荒げたり、不敬も十分に働いたりした。

 思い当たる節の多さに、少女の顔はどんどん暗くなる。

 見て見ぬふり。

 その結論に達した私は、首の向きを進行方向に戻した。


 「待て!」


 いつも私の悪い予感は的中するのだ。




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