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3の話


 「ふざけないでよ!」


 幼かった日の私は、感情をコントロールするのが苦手だった。いや、コントロールすることを知らなかった、と言う方がしっくりくる。

 何故なら今まで暮らしてきたスラムに、そんな技術などいらなかったからだ。別に感情を荒げたことが初めて、というわけでは無い。泣きたいときには泣いていたし、嬉しいことがあれば喜ぶ、そしていじわるだった同郷の人にも怒ったことはあった。

 しかし私は、誰かのために怒ったことは無かったんだ。

 前髪の隙間から、その少年に全ての責任を押し付けるかのような目を向けた。


 「逃げるから気になった、ってなによ……」


 許せなかった。無能に見えるそいつが、私達の上に立っているという現実が。最初は肉をもらうつもりだったのだが、いつの間にかその怒りは、違うものへと変化していた。


 「私は必死なの! 頑張って生きてるんだよ? それをあなたみたいな貴族がいるから……うぅっ……」


 何かを言いたくても、言葉が喉から出てこない。代わりに出てくるのは嗚咽と涙。

 何故自分がこんなに泣いているのかも分からない。分かるのは、言葉を出そうとすると涙が自然と出てくることだけ。

 こんな涙なんか。

 私は出てくる涙が、まるで自分のスラム産まれという事実を惨めに物語っているように思え、かき消すように両の手で目元をごしごしと拭った。


 「お前が、お前らがのうのうと暮らしていても私には関係無い。だって他人なんだから。だから私は、その間に死にそうになっても生きてやる。どんな手を使ってでも生きる」


 赤くなった少女の目が、少年を捕まえて逃がさない。


 「だから忘れないでね。私のこと」


 いつか復讐してやる。少年の目にはそう映っただろう。

 それほどまでに、今の少女の顔からは底知れぬ圧がうかがえた。

 今ここでとやかく言っても意味が無い。利己的な思想を若くして備えていた少女は、少年貴族の記憶に悪夢として刻まれるように、あえて優しく言った。

 意識をその貴族から、今しがたあった出来事から完全にそむける。


 「お腹空いた」


 そしてお腹が空いていたことを思いだした。

 それはもう、過去の事だった。

 今まで通り前髪で視界を遮り、お腹に手を当てて、よたよたと今来た道を戻り始めた。その途中に誰かが棒のように立っているのが前髪の隙間から分かるが、気にも留めない。これ以上話すことも無いし、何せ立場上、関わらない方が普通だ。

 あと数歩ですれ違うというところで、横目で様子をうかがう。

 少年は先ほどまで私がいたところを眺めながら、ただ立っていただけだった。

 何を考えているのか。少し気になるところではあったのだが、もちろん声をかけるつもりは毛頭無かった。

 少女は前に視線を戻して、そしてピタっと止まった。


 「探しましたよ」


 その時私は、人生において初めて諦めるという言葉を知った。




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