第9話 世界で初めての小説家、その2
斯々然々ってこういう時に使うのかな。斯々然々で、小生達はアウスヴァイスさんに連れられ、貴族の元へと向かうこととなりましたとさ。
「なんだ緊張しているのか」
「だってアウちゃ……じゃなくてアウスヴァイスさん。貴族ですよ?」
「アウちゃんでよいぞ。この見た目ならそのほうが似合うでしょ」
斯々然々で省略してしまいましたが、小生は結構苦労してこの旅を開始したんですよ! まず、アウスヴァイス……アウちゃんでいいのかな? アウちゃんがほぼ全裸であることに気がついたこと。まぁ、小生のスキルが発動した結果小さくなっちゃったので、服とか脱げますもんね。なのでおばあさんに約束の薬草を届けるついでに、アウちゃんの服を買いに。(約束の薬草って韻を踏んでる感あるね。)そして洞窟まで再び戻って、服を渡す。いざ出発と思いきや、魔族は奴隷首輪がないと町を歩きづらいからという話になり、また町へと戻り奴隷首輪屋さんの脇の木材の影で『小説家になりたい』を発動。上手いこと書き換えて魔力束縛効果を消した、不良品の奴隷首輪を入手……。
「それに貴様は我のためにがんばってくれたからな。親しみを込めて我のことをアウちゃんと呼ぶがいい」
魔族の能力を制限する、奴隷首輪。この非人道的な道具は、魔力量が絶大すぎる魔族と、世界で最も勢力のある種族である人間との均衡を保つものであり、必ずしも悪の道具というわけではない――――とわかっていても、幼女の細首に分厚い金属の鍵付き首輪はくるのものがある。
「改めてよろしくね、アウちゃん」
「ああ、よろしく頼むルーリー」
「貴族パンがああああああ! 食べれるパアアアアアアアアアン!」
おい、うるせぇぞ妖精。今結構良いシーンだったからな。
「む、ちょうどいい岩を我が見つけたぞ。おりゃ!」
「うわっ!」
ドッカーン。アウちゃんがいきなり山道にあった岩を殴って……うわっ、バラッバラに砕けて吹っ飛んだのですが。え? 岩が砕けたのですが。
「ふむ、まだ力が全然戻らんな。あの光は厄介すぎるぞ、とんでもないものを生み出したな貴様は」
「あ……あはは」
これで力が戻ってないって……。
「控えたほうが良いかもしれんな」
「う、うん。ああいう派手な書き換えはこれからやめとくよ……」
アウちゃんが仲間にいるなら、なんとかなりそうだし。
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それから三日後、小生達はとんでもなく大きくて綺麗なお屋敷の前に立っていた。
「おい門番、エカチェリーナにアウスヴァイスが来たと伝えろ」
エカチェリーナ……ロシア語姓名一覧とかからとった名前っぽいな……。
「少々お待ち下さい」
それからしばらく待たされて、小生達は屋敷の中へと案内された。大きな門の脇にある小さな扉から。うわ、庭すごっ……これベルサイユ宮殿とか参考にした系?
「では、この部屋でお待ちください」
執事のおじいちゃんかっこいい! 天井たっか! 絨毯無駄にフッカフカ! 壺高そう! うわ、肖像画でか! なんだろこの夢のような世界、転生するならこういう立場が良かったよ。
「あら、アウスヴァイス。ずいぶん小さくなっちゃったんですわね」
で、出たーお嬢様! ピンクい髪は縦ロール、まつげは超長いし着てるものはドレス! 語彙がなくるほどのきらびやかさ! だってメイドさん! メイドさん五人も着いてきちゃったよ!
「エカチェリーナ、久しぶりだな。今日は我が貴様に面白い相談を持ってきてやったんだよ」
ええっ! アウちゃん、いきなりプレゼンはじめるの!?
******
お嬢様……エカチェリーナさんはアウちゃんの話を聞き終えると、大きな欠伸をした。おお、欠伸まで高貴な感じする……。
「で。あなたが、ワタクシを小説とやらで楽しませてくれるのかしら? 黄色い瞳」
黄色い……小生のことか!
「え、その」
「おいエカチェリーナ、我の友達だぞ? ルーリーと名前で呼べ」
「嫌よ。ワタクシ、認めた相手しか名前で呼ばない主義なんですの。あなたの友人かどうかなんてどうでもいいことですわ、アウスヴァイス」
「なんだと?」
「け、喧嘩はやめませんかー」
ねぇ、帰りたい。帰るとこなんてないけど。
「で、あなたは面白い小説を書けるんですの? 書けないんですの?」
「その……」
「失敗することもあるかもしれんが、まぁそこは気長に付き合ってやってくれ。きっといいものを書くぞ、我が保証する」
「はぁ? どうしてワタクシが気を長く持たないといけないんですの? こんな小娘相手に」
「おい、なんだその態度は。人間に失敗はつきものだろう? まして世界初の挑戦だぞ?」
だ、だから喧嘩はやめよって!
「失敗は成功の母。確かにそういうことわざは聞いたことありますわ――――」
この世界にもあるんだそのことわざ!
「――でも、失敗よりも成功のほうがずっとずっと尊いものですわよ? それに、領民の血税を失敗するかもなんてものに、出せると思いまして? 娯楽屋のくせに、随分上からものを言いますわね」
う…………。
「おい、ものを言っているのは我だ。ルーリーを責めるな」
「でもまぁ、本当に面白いものができれば、他の貴族からたくさん金を取れますわね。で、あなた面白い小説とやらが書けるんですの?」
だめだ……この人小生の方しか見てない。
「そ、そもそも紙が無いですし……」
そうだ。小生は小説を書ける状況になんて……。
「はぁ? 吟遊詩人は何篇もの神話を暗記していますわよ? そんな当たり前も出来ない癖に、貴重な紙の上に物語を書かせてくれですって? はっ! 呆れましたわね。それとも、紙は自分のためにあるとでも言いたいのかしら?」
アウちゃんが小生を見た。申し訳無さそうな瞳で。ごめんね、謝らないといけないのは小生の方だよ。
「帰ってくださいまし、ワタクシつまらないことに時間を使うのは嫌な――――ああ。いい考えがありますわ。ちょっと準備させますので、明日まで待っててくださいまし」
一方的に言い放ち、メイドを引き連れ部屋を出ていくお嬢様。その後入室してきたのは、一人の大人しそうな女の子だった。