第6話 洞窟モンスター、その2
小生、死を覚悟ス。なんてね。小生、なんだかんだこの世界はそこそこ長いんです。こんなヤバそうな魔族が出てくるなんて初めてですけど、伊達にドラゴンに名前もらっていません。(特にドラゴンから恩恵を受けたことはないけど。)
「あの、殺す前におしっこさせてください、そこの影で」
この世界の住人は、こうした唐突な展開を受け入れてくれる性質がある。(無い時もあるけど。)
「死を覚悟したパンね」
パンスターこの野郎。はぁ、こいつって本当の意味では小生の仲間じゃないんだろうな。なんか人並みの感情とか、無さそうだし……。
「あの……ダメですか? 小生命がけで戦うんで、ビビって漏らしたくないんで」
「我は別に構わないぞ。そこの影で、こそこそ能力を使ってくれてもね」
読まれてる! あれ? でも承諾してくれたよね今。
「つかぬことをお聞き致しますが、どうしてそのような許可を、小生にお出していただけたのでしょうか?」
おお、小生声震えてるー! 小生ビビってるー! ヘイヘーイ。はぁ……。
「人間相手に余裕を見せれなくなっちゃったら、魔族も終わりだ。そんな無様を晒したら、我は首輪をつけられてしまう」
はいきた! はいきました、小生の予想通り。それにしてもやっぱりこの魔族さんの話し方、いまいちビシッとしないなぁ。
「じゃあ、お言葉に甘えて使わせていただきますね」
これ以上の長話は無駄無駄です。小生の能力で、この場を〆させていただきます。
「よし、ここなら向こうからは見えないね」
「いまさらどうするつもりパン?」
「どうするつもりって、能力でなんとかするしかないでしょ……」
キリッとね。さて、発動させていただきますか。
「小説家になりたい……新規小説作成……」
小声で呼び出したキーボードを、小生はカタカタと叩く。中空に浮かび上がる文字は、これから起こりうる未来の予測を元にした小説風の文。うん、座って書けるってやりやすいな。できれば手首を支えるやつがほしいところだけど……おっと、雑念は捨てろ捨てろ。集中集中。
「はぁ、はぁ」
緊張のせいか息が上がる。だめだ、落ち着け。小生は何度もこの能力を試してきて、この世界での未来予測力を高めてきたじゃないか。落ち着いて――――落ち着いて――――――――ここから先の展開を書き上げるんだ。
「よし、新規保存。パンスターお願い!」
「任せるパン! 審査開始パン!」
読んでもらわなければならないという、発動までのタイムラグ。うう、絶対「我は気が変わった」とか言って、攻撃してこないでね!
「審査完了パン! 未来一致率89%パン! 書き換え時間49秒パン!」
「よし! 小説家になりたい、書き換え!」
「今回は読みやすかったパン!」
褒められて、ちょっと嬉しい自分が悔しい。しかも、今は喜んでいる場合ではない。書き換えねば、小生の安全を確保できる未来へと。
「書き換え時間終了、上書き保存・投稿パン!」
「人間、悪あがきは終わったか?」
「あはは、どうも。おかげさまで」
危なかった。書き換え中に覗かれてたら、発動できなかったよ……。
「とても残念だ、貴様がどんな能力を使ったかを知ることが出来なくて」
「へ?」
「魔法を使われた時に魔力量に差がありすぎると、どんな魔法でも魔力の量でねじ伏せることができるのだよ。上級魔族なら当然の魔力量だがな」
いや、魔族さんもう少し落ち着いて喋ろう。そんなに魔って言葉使わなくていいから。威厳台無しだから。
「そ、そんな反則みたいな――うぐっ! げほっ! うえっ!」
あれ、なんで小生吐いて――――。か、体が冷たい――――――――。
「序列上位者、二十八番目の悪魔アウスヴァイス・レルム・ミットシューラー。残念だ、我じゃなきゃなんとかなったかもしれないのに」
出た、適当に検索して出てきた響きのいいドイツ語をくっつけただけの雰囲気系名前……。っていうかヤバい、死にそう……。小生の能力は世界の魔力を利用するタイプだからどんな相手にも効くって、だいぶ前にパンスター言ってた気がするんだけどなぁ……。
「そうそう、質問がある、人間よ。小説とはなんだ? さっき貴様、言ってただろう」
小生の能力は『小説家になりたい』と書いてアイ・ワナ・ビーって読むのに、なんでルビ振られた元のほうをこの悪魔は認識してるのか……。それはっ――――――――――――――――それこそが、小生がさっき書き換えた、時間稼ぎのための展開だからである! よし、能力は発動してる!
「小説ってのは……げほっ」
「ああ、すまないな、圧をゆるめてあげないと喋れないのだな……ふえ?」
喋りの下手な悪魔の足元に、突然現れたひび割れ、そこから目が眩みそうな光が吹き出す! あれ、今この人ふえって言ったよね! 可愛い声で「ふえ」って言ったよね!
「なっ、なんだこれはぁあああああああああああああああああああああああああああああ」
ああああああああ――――と続いていく声が、どんどん幼くなっていく。もちろんこれも、小生が書き換えた未来通りの展開だ。よし、今回は本当に上手く書けたぞ!
「古代兵器、魔力を喰う光。世界中の地下深く封印されてるって、聞いたこと無い?」
魔族さんは今、小生のような小娘に「聞いたこと無い?」と偉そうに聞かれて、さぞかし困っていることでしょう。だってこの光は小生がこの世に書き加えたばかりの、ついさっきまでありもしなかったものなのですから。はい。
ちなみに『魔力を喰う光』にかっこいいルビを振れかなったのは、考える余裕がなかったからである。
「このっ、人間め!」
光が消えた瞬間ペチンと、悪魔の小さな拳が小生を叩いた。弱すぎて、痛くも痒くもない。
「わ、我の体が……なんだこの非力な腕は!」
強さの象徴である赤黒い模様も、今やその柔らかそうな下腹部の上にちょこんとあるだけ。というわけで、小生はなんか強い魔族に勝ったのだ! 勝ったのだぁあああああああ!