第3話 小説の町、その2
宿を出て歩いてみると、ここがなかなか悪くない町であるということがよくわかった。人当たりはいいし、程よくにぎやかだし。まぁ、この平和が、ドラゴンだとかゴブリンだとかに焼かれる前フリとして考えられたものだったら…………最悪だけど。
「おいしそうなパンの匂いが……しないパーン! 酒と肉の匂いしかしないパーン! パンが食べたいパーン!」
パンへの愛を叫ぶパンダハムスターを、当たり前とする世界。当然、誰一人ここが小説として作られた世界だなんて気がついていない。もちろんパンスターもだ。
「ハムはいらんかね! ハムはいらんかね! 燻したてのウマウマハムだよ!」
「ハムかぁ」
「ハムパンが食べたいパン! 特にパンの部分が食べたいパン!」
パンスターがハムって言うと、ハムスターのことなのかハムのことなのかわからなくなるのも、小生だけなんだろうな。この世界にハムスターっぽいものはいても、ハムスターはいないだろうし。っていうか、ハムって燻したてが美味しいものだっけ?
「うわ、720ルビアだって。高すぎるよ……」
「食べたいパン! ハムパン食べたいパン! 特にパンの部分が! パンが食べたいパン!」
この町、金額設定が相場より高い……。これ、なんか嫌な予感がするぞ……。ちなみに、1ルビアは1円と変わらないくらいの価値観である。いや、ハムパン720円ってぼったくりすぎでしょ。ハム薄いし。上等なハムでも使ってるのかな? うん、そう考えるとなんか食べたくなってきたぞ、特にハムの部分が。でもお金あんまりないからな……。
「ヒッヒッヒ、金にお困りかね?」
「え、えっと。まぁ」
うわぁ出たぁ。超ベタなローブをかぶった老婆。周囲からめっちゃ浮いてるのに、なぜか誰も気にしない老婆。
「金が欲しけりゃついてくるのじゃ」
「うーん」
「おい、ほしくないのか」
「うーん」
イベント発生、って感じなんだろうね今。ゲームだったら『ついていく』『ついていかない』って選択肢が画面に出てるような。いや、小生ゲームやってた記憶ほとんどないからよくわかんないけど。
「ついてきたら、うまいパンを食わせてやろう」
「パン! 行くパン! ほら! 行くパン! パンパンパン!」
妖精が飯につられたせいでトラブルを避けられなくなるパターン来た! でも小生は、そんなベタな展開には屈しない。屈しないよ!
「行かないよ」
「ついてこんのか!」
小生のドライな反応に、老婆もびっくり。いや、知らない人にホイホイついていかないのは普通だからね?
「行くパン! パンを食べるパン!」
「え、めっちゃ怪しいし」
「ついていかないなら、出会ったばかりの頃の恥ずかしい話を大声で喋るパン!」
「あーもう。えっと、おばあさん。とりあえずここで詳細聞かせてくれませんか?」
「チッ、最近の若いもんは。老人に立ち話をさせるのかい」
すいません、シナリオ通りに行かなくて。でも小生もいろいろ必死なんです。トラブルには巻き込まれたくないんです。
「お話されないなら、それはそれでいいのですが……」
「実は、探してほしいものがあるんじゃ」
切り替え早いねおばあちゃん。
「それ、危ない所行きますか?」
「人に質問するなら名を名乗れ!」
えー唐突ぅー。でもまぁ、きっとこのおばあちゃんは、小生に名乗らせることで読者に名前を教える役目も兼ねてたりするんだろうね……。ここから、新章開幕って感じなのかな?
「はよ名乗らんか!」
では、お言葉に甘えて名乗らせていただきましょう! 小生がこの世界に来たばかりのあの頃、前世の名前を思い出せず苦しんでいたあの頃、たまたま罠に捕まってるところを見つけて助けてあげた小さなドラゴンがくれた、かっこいい名前を!
「ルーリー・ドラゴニン・アルデンテです。ルーリーと呼んでください」
いや、ダサいよ! ドラゴニンってなんだよ! 栄養ドリンクの成分かよ! あとなんでアルデンテ! ドラゴンってパスタ茹でるのかよ! どんな思いを込めてこの名前つけたんだよ!