第1話 小説を書くのはお好きですか?
拝啓、読者の皆々様。
寒くなってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか? 小生の姿は、いかなるように貴方様の目に映っておりますでしょうか?
「うわあああああ」
小生は今、いわゆる異世界という場所で…………と、現実逃避気取ってる場合じゃない! 今の状況を端的に説明すると、二足歩行の豚、追う、小生、逃げる、もう、だいぶ、走ってる、なんだから!
「向こうに岩陰があるパン!」
そんな小生を見かねてか、肩の上のパンダハムスターが指示を出す。改めて見るとこいつ、本当にただのハムスターにしか見えないな……っていうか、そんな小さい体でよく振り落とされないね。流石は異世界生物だ。
「お嬢ちゃん! オデといいことしようデ!」
小生を追いかける喋る豚が興奮するのも、無理はない。なにを隠そう小生は、見事な金髪、黄色のような黄金のようななんか綺麗な瞳、長いまつげに白い肌エトセトラと……とにかく見た目だけは素晴らしいので……森を歩いていたら一目惚れされてしまったというわけで…………。
「はぁっ、はぁっ、あ! あそこなら!」
そんな可愛らしい小生、藪に飛び込んで豚の視界から消えることに大成功!
「はぁ、はぁっ!」
藪を抜けた先に良い感じの大木発見。あの裏ならしばらく人目……じゃなくて豚目を避けられる。やった! やっと休めるよ! はぁ、ここまで来るのに、小生どれだけ走ったことか。ああ、もうめっちゃ疲れた。めっちゃ疲れた。美少女だけど汗だくだよ。
「腋汗嗅いでる場合じゃないパン! さっさと能力発動するんだパン!」
はい、体臭から体の調子を推測している場合じゃないですね。さっさと能力使って、豚という厄災から逃れねば。
「よしっ! 小説家になりたい、新規小説作成!!!!」
驚かれたかもしれませんが『小説家になりたい』こそが、小生の能力名であります。以後、お見知りおきを。
「隠れてるくせに声がでかいパン」
「う、そうだね。久々に能力使ったから気合い入れすぎたよ」
小生の目の前に現れたのは、この世界には存在しないはずのもの……中空に浮かぶ黒いキーボード。各キーにはアルファベッドとひらがなが斜めに位置するようにプリントされている、ごく普通のキーボードだ。
「早くそれ使えパン」
「あ、はい」
これのことは妙に覚えてる。780円で山積みされていた特売品――でもなんかフィーリングが良くて気に入っていた、小生が前世で愛用していたキーボード――――。叩くとまるで目の前にモニターがあるかのように中空に文字が現れていくという、不思議機能つきだけど。
「……………………」
時間に追われてのタイピングはなかなか難しい。ああ、もうミスった! 誤字脱字だらけだな。でも、あんまり時間はかけていられない。豚が小生を見つけて物語が進んでしまったら、能力が発動できなくなってしまう。うう、妥協妥協! 大事なのは内容! 内容だよ!
「できた! よし! 新規保存!」
書き終えたという気持ちを込めてエンターキーを力強く叩けば、キーボードは消える。この瞬間は、何回経験しても好きになれない。
「審査開始パン!」
黒かった文字が発光をはじめ、青色と赤色に分かれていく。合否を判別されているかのごとく。いや、ごとくでもなんでもなく、合否を判別されている。なぜなら小生が書いたのは、これからおきるであろう未来を予測した創作なのだから。
「はやくしてよ!」
「文章ガタガタで読むのに時間がかかるパン」
パンスターが審査しているのは、小生の描いた未来と本当の未来の一致率。その一致率により、結果が変わるというわけだ。めんどくさい上に待たされるなんて…………我ながら嫌な能力だ。
「ああ、もう、まだ?」
「気が散るパンから読んでる時に話しかけるんじゃないパン!」
お、今のパンの入り方、変則的だったな。いやいやいや、今そんなこと考えてる場合じゃないから。急いで、急いでパンスター。
「ねぇパンスター、上手くいきそう?」
「うーん、微妙なラインパン。って、だから話しかけるんじゃないって言ってんだろパン!」
あ、パンスターというのは、さっきからパンパンうるさいこいつのあだ名です。ちなみに名付けたのは小生ではなく、自称なので誤解なきようお願いいたします。
「はやく! 追いつかれるって!」
妙に焦ってしまうのは、豚族の評判が非常に良くないから。たくさんの美少女が被害にあったとか……。ねぇ、なんで豚なのに好みのタイプが豚範囲から逸脱してるの? 好きになるなら美少女じゃなくて美豚でしょ? そんなんだったら豚族の家庭は、どこも問題だらけだよね?
「お嬢ちゃんどこデ~!」
「パンスター、近づいてきてる、近づいてきてるから早く!」
「急かすならちゃんとした文章を書くパン!」
小生の能力『小説家になりたい』は、文字通り小説を書くという行為を強いられる。その分、こうした感想が心にグッサリと突き刺さってくるのが、本当に辛い。箇条書きとかで済むなら、作業も心も楽なのに……。
「だって、焦りながら書いたんだよ!」
「読者にそんなことは関係ないパン!」
「お嬢ちゃんどこにいるデ~! 出てくるデ~!」
うわ、声近っ! このままだと、異種間のスキンシップとりたがってる豚に見つかって小生めちゃくちゃにされちゃう!
「審査完了パン! 未来一致率72%、書き換え時間、32秒パン!」
「短っ! 小説家になりたい、書き換え!」
キーボードをまた呼び出して――――30秒ちょっと。この時間では、書き直せる文字数は少ない。だから小生は、さっき予測した、豚に●されるくだりだけを、豚が転ぶ展開に書きなおし……。
「書き換え時間終了、上書き保存・投稿パン!」
ああ! 時間切れ! 大丈夫かな、あんな中途半端な書き直しで……。
「見着けたデ~! こんなところに隠れていたのかデ!」
「うわっ!」
うわ! 見つかった!
「お嬢ちゃん待つデ……っとお!」
書ききれなかった一文、前後の文とのつながりの悪さなどなど、質の悪い書き換えとなったせいか――――豚は転ばず躓いただけだった。だが、小生はチャンスを無駄にしない! その間に、一気に森を駆け抜ける!
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ! あと少し」
豚は少女を追う。少女は豚から逃げる。そしてその距離はどんどんと詰まっていき……。
「おらああああっ!」
「ああ、待ってくれデ!」
大きくジャンプ! 転げる美少女! そして、集まる周囲の目線。
「いたた……」
「君、大丈夫かい?」
豚は森を抜けてまで追ってこない。だってここは人間の領土。手を貸してくれた紳士はイケメンだったけど、今の小生にそんな事を楽しむ余裕はありません。
「うえっ! ゲホッゲホッゲホッ」
「大丈夫かい?」
ああ神様、小生を美少女に創ってくださりありがとうございます。鼻水垂らして嗚咽を漏らしても優しくされるのは、あなた様のおかげです。
「はぁ、疲れた」
「よかったら水を飲むといい」
「あ、どうも」
「君は、旅人かい?」
「はい、小生は――――」
この世界の良いところは、小生という一人称を使っても誰も引かないことだと思う。